市政をひらく安中市民の会・市民オンブズマン群馬

1995年に群馬県安中市で起きた51億円詐欺横領事件に敢然と取組む市民団体と保守王国群馬県のオンブズマン組織の活動記録

秘密のヴェールに包まれていた閉鎖都市ウラジオストク・・・現在の実態(その3)

2009-12-09 23:36:00 | 国内外からのトピックス
■ウラジオストク市は沿海州の南部から日本海に突き出した長さ30キロ、幅12キロのムラヴィヨフ・アムールスキー半島の南端にあり、さらにその沖合には、東ボスポラス海峡をはさんで軍用地や保養所などのあるルースキー島が浮かんでいます。

 2012年11月に、このルースキー島でAPEC首脳会議の開催が決まっています。ルースキー島は、かつて閉鎖都市だったウラジオストクの軍港を警備するための砲台などの軍事施設やレンガ工場などがありましたが、APEC開催決定を契機に、先端技術研究のための産学構想や、リゾート開発計画が浮上しています。

■そのため、フェリーで往来するかわりに、本土側のウラジオストク市内との間に、大きな吊橋を架ける計画が進行中で、現在、日本の技術を使って、両岸でアンカーの基礎工事が始められています。


東ボスボラス海峡(中央)を隔てて、ウラジオ市街地(左)と沖合のルースキー島(右)を結ぶ吊橋の計画が、実施されようとしている。

 さらに、金角湾で二分されていて交通が不便な市街地にも、湾を跨ぐ大きな斜張橋の建設が計画され、既に、両岸で橋脚を建設中です。計画では、2011年3月に完成する予定です。これらの橋が完成すると、市街や空港からのアクセスが容易になり、経済効果が期待されます。しかし、旧市街地の上を横断する巨大な橋で、景観が一変するのでは、とする懸念の声もあります。


↑市内目抜き通りに、突然現れた巨大な構造物。2012年のAPEC開催に向けて、斜張橋用の橋脚を何本も建設中。↑

■いずれにしても、2012年のAPEC開催を契機に、ウラジオストクは、インフラ整備に力を入れています。現在、同市の下水道の普及率はわずか8%で、ほとんどは市の東側にあるアムールスキー湾に垂れ流しの状態ですが、APEC開催までに100%の整備を目指しているそうです。

 また、降水量で左右され水不足の不安を打開するため、遠方の水源から送水用のパイプラインを敷設する事業もAPEC開催までに間に合うように進行中とのことです。

【ひらく会海外取材班・この項つづく】

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秘密のヴェールに包まれていた閉鎖都市ウラジオストク・・・現在の実態(その2)

2009-12-08 22:09:00 | 国内外からのトピックス
■もともとウラジオストクは、「金角湾(きんかくわん)」と呼ばれるブーメラン形に湾曲した入江を挟んで、街並みは南北に分かれています。

 金角湾という名前の湾は、トルコのイスタンブールにもあります。キリスト教時代、コンスタンティノーブルと呼ばれた東ローマ帝国の中心地でしたが、東ローマ帝国の継承を自称するロシア帝国からソ連邦を経て、今またロシア連邦となったいまでも、東のコンスタンティノーブルとして、ウラジオストックにも金角湾という名前が付いていることは、ロシア人の想いと歴史の経緯を感じさせます。


ウラジオストク市中心部と金角湾を示す地図。
 ロシア語の発音では「ヴラジヴォストーク」で、「ヴォストーク」は「東」、「ヴラジ-」は「領有・支配する」を意味しています。名前の意味の通り、ロシアの東方政策の拠点となる軍事・商業都市でした。


金角湾を囲む岸辺には、無数のクレーンが立ち並び、軍港、商業港、漁港、船の修理ドック、フェリーターミナルなどが、びっしりと並ぶ。写真左の青いコンテナクレーン2台を最近中国から輸入したが、寒冷地仕様になっていないため、使用許可が取れないという。

 日本では明治時代に浦塩(潮)斯徳、略して浦塩(潮)と呼んでいました。ナマコが沢山獲れたことから、台湾では「ナマコの入り江」を意味する中国(清帝国)領時代の名称、海參崴(ハイシェンウェイ)と呼び、一方、中国ではロシア語のとおり符拉迪沃斯托克と呼びます。

■ウラジオストクは、日本の標準時のある明石市よりもずっと西の緯度にあるのに、時差は日本より1時間早く、夏時間(3月から10月)は2時間も早くなっています。従って、冬至に近い今頃では、午前8時でもまだ真っ暗です。

 年平均気温は+4.6℃ですが、大陸から冷たく乾いた風が吹きつける冬季の1月はマイナス12.6℃、モンスーンの影響で湿った空気の流れ込む夏季の8月はプラス19.6℃になります。この中間の季節は、大陸と海の温度が同じくらいになるため、風が治まり穏やかな気候になります。

 年間降水量は823.9mm(1971-2000年平均)ですが、年によって変動があり、雨量が少ないとすぐに水不足になるそうです。降雪は、山間部では10月末から、沿岸部では11月末から始りますが、ウラジオストク市内では降雪は少ないと言われています。しかし、先週末は、日本海を低気圧が通ったためか、風が強く大雪に見舞われています。


ウラジオストク市民によると、12年ぶりの大雪とのこと。空港も閉鎖され、ウラジオストク航空の機材のやりくりの不手際さで、結局45時間も空港に留め置かれた。写真は同航空が新規導入した6機のツポレフTu204-300型機のうちの1機。

■丘陵地帯のウラジオストクには坂道が多く、平坦な場所があまりありません。雪が降ると、除雪が間に合わず、あちこちで車が立ち往生し始めます。日本からの中古車で四輪駆動車がとりわけ人気がある理由は、坂道と雪道に強いことが、こちらにきてよくわかります。


この時期、ウラジオストクでは冬晴れの日が多いが、夜は風が強く、マイナス15度Cで風速20メートルの場合、体感温度はマイナス30度Cになる。写真は雪かきに精出す市民ら。

【ひらく会海外取材班・この項つづく】


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秘密のヴェールに包まれていた閉鎖都市ウラジオストク・・・現在の実態(その1)

2009-12-06 09:10:00 | 国内外からのトピックス
■大河ドラマ「天地人」がおわり、先週から司馬遼太郎の歴史大作である「坂の上の雲」がNHKで放送を開始しました。今後、3年間にわたり、年末にかけて順次放送されるようですが、この番組で、もっとも注目されるであろう日本海海戦で歴史的敗北を喫したロシアのバルチック艦隊が目指していたウラジオストクを、このほど訪問する機会がありましたので報告します。

 ウラジオストクは、日本海を隔てて日本の対岸にある人口70数万人といわれる都市です。半島の先端に位置しており、周囲三方向を海に囲まれた港町で、日本では「沿海州」と呼ばれるプリモレスク県の州都です。


ウラジオストク市内の目抜き通り。欧州的なたたずまいの建物が両側に並ぶ。↑ 

 人口70数万人にしては、規模が大きな感じがしますが、地元市民の話によると、ウラジオ市内に住民票がある場合、保有する自動車に課税される自動車税の金額がベラボーに高いため、わざと市外で自動車を登録して税負担を軽減しようと、住民票も市外に移している人が相当多いためだそうです。

■ウラジオストクに限りませんが、ロシアでの車の増加はすさまじいものがあります。故障が少なく、耐久性がよく、内装も丁寧に作られている日本車は、ロシア人のあこがれの的です。これらの車は、圧倒的に右ハンドルの日本車です。ウラジオストクでも、日本製の四輪駆動車を非常に多く見かけます。これらのほとんどは日本から輸入された中古車です。


ウラジオストクに入港しようとする日本からの貨物船。デッキには中古車が載っている。

 日本との間で、一大ビジネスに成長した中古車業界も、ロシア連邦政府の国産車奨励政策のため、高額な関税が課せられることになり、大きな波紋をハバロフスクの取扱業者や市民に及ぼしました。連邦政府は政策をさらに徹底すべく、右ハンドル車禁止令を出そうとしましたが、革命も辞さないとする市民らの抵抗に遭い、この法律は頓挫しているようです。


朝晩の通勤ラッシュ時の凄い混雑。ほとんど右ハンドルの日本車。もともと信号が少なく、立体交差も限られ、右折レーンもなく混雑に拍車がかかっている。道路横断にはひやりとさせられる。市街中心部には専用駐車場が全然ないため、道路わきにはずらりと駐車しており、歩道にまで車が溢れ、車両同士のすれ違いスペースもままならない。

【ひらく会海外取材班・この項つづく】

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