星新一YAセレクション/和田誠・絵/理論社/2008年
13日の金曜日、男は二つの鏡を平行にし、12時を待ちます。長針と短針が12時のところで重なりはじめると鏡の奥に、小さく遠く、黒い影がにじむように浮かび上がりました。
「やっぱり本当だった」。男は聖書をひらき、待ち構えます。近づいてくる黒い影を聖書をとじると、悪魔のしっぽをはさみました。彼は素早く鏡の向きを変え悪魔が逃げ込めないようにします。悪魔は形は人間に似ていたが、ネズミよりいくらか大きく、ネコよりはいくらか小さかった。顔つきは悪魔という名前に似つかわしくなく、なんとなく哀れなものさびしいものでした。
「助けてください。逃がしてください」そういう悪魔に「ひとつ、なにかやってみろ」と男がいいましたが、同じ答え。「悪魔に何もできないはずがない。なにかやるまで、絶対に帰さない」といっても、悪魔は悲しそうな顔をした。
男はそれを見ているうちに、なにかしらいじめたくなり、頭をこづいた。「本当に、何もできないのです。いじめないでください。」悪魔の表情はさらにおびえたものになり、からだをすくめた。彼は残虐な衝動がいっそうたかまり、しっぽをつかんで壁にぶつけたが、悪魔は無抵抗で、頭を下げるばかり。
声優の仕事をしていた妻が帰ってきて、話を聞くと、「ちょっと面白そうね。あたしにもやらせてよ」と、悪魔の大きな耳を指でひねった。それからは壺に悪魔を入れ、何も手向かいしない悪魔をひっぱりだしては いじめた二人。
悪魔をいじめることで、会社で部下にやつあたりしなくなり、評判がよくなった男は、部長まで出世。しかし、昇進すると仕事上の苦労がふえ、男はハンマーを持ち出し、ますます悪魔に八つ当たり。
妻も新番組のいい役がとれないと、太い針で悪魔のからだに力いっぱい突き刺したり、大きなハサミでしっぽを切りとったり。
悪魔は頭を砕かれても、壺の中で一晩過ごすと、次の朝には、もうもとどおりになってうずくまっています。
ところがある晩、妻が寝る前に鏡台にむかい、髪にブラシをかけ、かけおわった髪を見ようとして手鏡をかざすと、悪魔は突然飛び上がって、手鏡のなかにとびこんでしまいます。
うっぷんを晴らしてくれるものがなくなったふたりは、見にしみ込んだ習慣から、夫はハンマー、妻の手にはハサミ。血が床の上に流れつくします。
悪魔は自分では手をだしませんが、ちゃんと罰をあたえています。ゆめゆめ悪魔をよびだそうとしないことです。