オバマ大統領が、ノーベル平和賞を受賞したのは、多くの人たちの核兵器の脅威によるところが大きいように思える。オバマは喋った以外に何もやってはいない。しかしその発言内容は大 いに評価されるべきである。世界で唯一核兵器を使用した国家の最高責任者として、核廃絶を 訴えたからである。さて、それでは核なき社会は、実現されるのであろうか。
それには幾つもの大きなハードルがある。昨年中に締結されるはずだった、米ロの削減条約ですら、検証方法を巡って締結に至ってはいない。米ロの2国で、世界の核兵器の90%以上を占めている。この2国の動きが、今後の核廃絶に弾みをつける。
最も大きな障害になるであろうCTBT(包括的核実験禁止条約)に、アメリカ議会が3分の2同意するかが問題である。オバマは、ノーベル賞授賞式演説でも、平和のために必要な派兵もあると、アフガン増派を自ら正当化している。夏には、米印原子力協定を結び、インドの核開発を促すようなこともやっている。日本人の天野氏が事務局長に就任した、IAEA(国際原子力機構)はこの件に関してはだんまりである。
何よりも5年ごとに開催されるNPT(核不拡散条約)再検討委員会の内容が、拡散防止へ大きな動きとなるであろう。日本の被爆者たちの、オバマ演説への期待は大きいものがある。オバマはこれに応える義務がある。ちょっと類似したものに、地雷やクラスター爆弾や劣化ウラン弾の禁止条約があったが、これらはNGOの主導で世界の多くの国々が批准した。
核兵器は、これらに比べて格段に問題は大きい。非政府組織では動けない。何よりも核兵器には抑止力があるからである。日本は唯一の被爆国であり、またアメリカを同盟国とする最も従順な国家である。鳩山の唱えるような、対等な関係であるならばこんな時こそ、アメリカを主導しなければならない。そのためには、アメリカの核の傘のもとにあっては発言力も低下する。
核廃絶は遠い目標であっても、削減には今すぐでも動き出すことは可能である。今年がその動きを評価できる年になる。オバマにそれができないようだと、テロリストには核抑止力が効かないないから、口から出たデエタラメ発言と思われても仕方がない。ノーベル平和賞をその時は返却してもらいたいものである。