そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

加藤登紀子に「今日は帰れない」を歌ってもらう

2015-06-22 | 平尾昌晃
加藤登紀子と同じ年である。同時代を生きたものとして、彼女の歌への姿勢それと地元の知床旅情を歌っていることもあって、最も親しみのある歌手でもある。彼女のコンサートを聞きに、600キロ離れた小樽までやってきた。
どうしても彼女に歌ってもらいたい曲があった。ポーランドの第二次次世界大戦中のパルチザンの歌『今日は帰れない』である。リクエストが聞いたかどうか不明であるが、歌ってもらった。この歌を何となく聞いてはいたが、NHKのBS放送でこの歌の作者不詳の解明の旅の番組があった。長年この歌を歌ってきた加藤登紀子が二つのことを、この番組で知ることになる。
『今日は帰れない』は、若い男が今日は森に行く、敵と戦って帰れないかもしれないと、彼女に歌うのである。帰ってくるつもりだが、帰れないときには骨にして畑に播いてくれ、収穫した麦の穂が私となって、命を吹き返すといった内容が、落ち着いた綺麗な音階に乗せられた歌である。ポーランドでは、パルチザンの歌として、歌い継がれ誰でも知っている歌である。
彼女が知ることになった一つは、作者は戦時下で伏せられていたのであって、作者の息子に会うことが出来た。その息子さんの話で、この歌が1943年の12月に作られたことが解った。加藤登紀子が生まれた年であり月である。彼女は気になってい歌い続けてきたこの歌と、全く同じ年であったのである。

侵略者に立ち向かい戦う姿は、パルチザンあるいはレジスタンスとして民衆から支持され、戦った若者は祖国を救った英雄として温かく語り歌い継がれてきた。「地下水道」や「アルジェの戦い」や「ブーベの恋人」など映画になることも少なくなかった。歌も数多くある。

ところが現代では、こうした戦いは「テロ」という汚い言葉に置き換えられてしまった。政治的な背景も手段も当時とは格段に異なるが、そのために過去の戦いが色褪せてきたことも事実である。侵略者に立ち向かう姿が、いつしか異教徒との争うことになって自爆する姿となり、大量の血が流れ凄惨を極める。
それでもテロという言葉で一方的に括って悪行と評価することは、ブッシュの行為を支持することに繋がることにもなる。
戦いの意味を見いだせない侵略者の兵士たちは、帰国後PTDS(心的外傷後ストレス障害)に陥り、あるものは自死しあるものは路上を彷徨う。混乱が残され荒廃した国では自爆テロが繰り返され、戦争の無意味を語るものさえいなくなる。
戦争が人殺しである原点を見失わなければ、集団的自衛権だの国益のためだのという言葉は生まれてこないはずである。オトキさんの歌を聞いて今一度戦争を思い起こすものである。


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