これだ! これが日野日出志なのだ!
日野日出志「ホラー自選集」の第3話は「地獄の子守唄」です。この作品は、以前に紹介した「地獄変」のパイロット版とも言うべき作品で、作者を思わせる(どころか日野日出志を名乗っている)漫画家が主人公です。
この人物の造形に惚れ惚れします。ギャグのようなホラーのような絵柄でもって、なぜか読者に向かって語りかけてくるのが不気味です。家の二階からどこに話しかけているのを考えてしまいます。このカメラの引きも映画的です。コマをまたいで一つのセリフをしゃべっていたりもして、見事な間の表現です。よく見るとカメラの引きが加速していて、奇妙な遠近感も感じます。ドブ川や工場の煙突といったその後の日野日出志作品に多く現れる舞台設定もここで確立したのでしょう。
この後は日野日出志の少年期の出来事が語られていきます。母親が狂人でいつも地獄の子守唄を歌っており、いつしか自分も歌うようになったこと。その母は自分を嫌っていること。父も兄も女中も自分とはあまり関わらず、常に孤独であること。その孤独の中で怪奇趣味が高じたこと。
ある日、日野日出志は自分に特殊な能力があることに気がつきます。近所のいじめっ子三人組にいじめられた際に、その恨みを絵にしてみたところ、絵の通りにいじめっ子達が死んでしまったのです。そして自分の母親さえも地獄の絵に描いてしまうのでした。大人になった日野日出志は、金を持ち逃げした友達や、漫画のライバルや、自分の漫画をコケにした編集者を同様に殺していったのでした。
このように恐ろしい秘密を持っていることを読者に向かって告白してきた日野日出志は、さらにこう言います。
ここでもセリフの間と人物の動きがずらされていて、それがかえって連続性を生み出しているように感じられます。
さてこのように日野日出志の秘密を知ってしまった人が殺されることになりました。3日後にもっとも残酷な方法で死ぬことになるそうです。このブログを読んでしまった皆さんの無事をお祈り申し上げます。
強大なインパクトを持つ表紙。「蝶の家」「七色の毒蜘蛛」「白い世界」「博士の地下室」「泥人形」も収録。
日野日出志作品紹介のインデックス
私は例によって「地獄の子守唄」も「地獄変」も実際には読んでいないので、評論本等で知った範疇での意見となりますが…。これも半ば伝説と化した問題作ですね。何しろ読者に向かって「死ぬ」だの「死ね」だの言うんですから…。今まで第三者視点で飽くまで「他人事」として読んでいた物語の中に、いきなり自分自身が参加させられてしまう訳ですから、そりゃあ驚きますよ。似た様な内容で、同じ様にラストで読者に殺意を向ける展開でも、その殺意の表現方法は全く異なっていて、突然激しく殺人衝動が解放される「地獄変」に対し、こちら「地獄の子守唄」では、言わば「ここまで話したからには、どうなるか解っているだろうね?」的な、比較的静かな怖さがある様に感じました。
そして何と言っても最初の背景が良い。まともな人間なら余り近付きたくないと思って当然の場所、こんな所へ読者自ら進んで来た(この漫画のページを開いた)訳ですから、何が起こってもある意味自己責任。何かが起こる事を期待して行き、それが確かに叶えられたのだとも言えるでしょう。単に面白いかどうかと言うだけではなく、そうした「期待」にまで応えてくれる作品というのは、滅多にあるものではありません(不粋な事を言うと、手法として多用出来ないという事情もある)。
マイナーでありながら知名度の高い作品というのは、実際に作品を読む機会よりもまず内容を知ってしまう機会の方が多く、全く予備知識が無い状態で読んで、新鮮な驚きを感じる事が出来ない事がかなり残念ではありますが、ともかくも、この作品も何時か必ず読んでおかなければならない作品だと思っています。
「地獄変」との比較は面白いですね。「地獄変」では終盤での殺意の加速度がものすごく、その矛先は全世界(読者がその代表)に向けられています。一方、「地獄の子守唄」では日野日出志が最後のページまで表情をほとんど変えずに淡々と語ってきているだけに、最後の大ゴマでの殺意が読者に一点集中しています。こちらでは全てが筋書き通りで、ほとんど読者を殺すためだけに語っているように思えます。
読者を巻き込むというのは漫画にとって禁じ手であるようにも思われますが、趣向を凝らして読者を驚かせようとしているのが素晴らしいです。そしてこの異様な絵柄です。リアルな絵柄で同じ物を描かれても、それはよくできた作品になるだけで、狂気は感じられないでしょう。著者自身の資質、作風、サービス精神が見事に結実した作品です。
クラスの誰かが持っていたコミックスを回し読みして、皆で恐怖感を共有?していました。
あまりの怖さに(たぶん僕だったと思いますが)担任の先生に薦めたら、「全然怖くないよ」と言われて妙に尊敬してみたり。それでも、「学校に漫画本なんて持ってくるな」などと怒られたりはしませんでした。
その先生は、「どんな物にも『魂』があると思って大切にしなさい」などと、当時の僕の感受性にピッタリの話をするような人だったので、日野作品に流れる感受性の高さを感じ取ってくれたのかも、と今になって思います。
ともあれ、強烈なトラウマを頂戴したことは間違いなかったですねぇ。
それを克服すべく?表紙裏の日野先生の写真を見て、「本当はこんな顔してるんだ」などと思ってみたり。
一番効果的だったのは、タイトルは忘れましたが、日野先生のギャグ漫画でした。一家心中寸前の父親のウンコが一万円札になって…という下ネタ全開もの。何しろ、登場人物の顔は日野作品のまんまですから、効果抜群でした。
もちろん、トラウマを克服?したとはいっても、子供心に強烈な印象が残ったことは確かです。
このブログのお陰で、その頃の記憶を新たにするとともに、郷愁にも似た感覚を味わうことができました。
心より感謝申し上げます。どうもありがとうございました。
それにしても、担任の先生は素晴らしい方ですね。ぷにぷにさまも先生に漫画を薦めるものすごいです。なんか対等な人間同士のコミュニケーションのようなものを感じさせてくれるエピソードです。この作品にはそのように読者を素の状態にさせてしまう力があるのかもしれません。
父親のウンコが一万円札になるという作品は知りませんでした。私もかなりの作品数を手に入れ損ねているので探してみます。貴重な情報ありがとうございました。
古い日野日出志作品にはギャグ漫画がいくつかありますが、あの絵柄でやられるから余計におかしいですね。ただ、よく読んでみると笑えるだけではなくて狂気の要素があったりして、冷やっとしたりもしますが…。
また何か情報などございましたらお知らせくださると嬉しく思います。
その兄が、この「地獄の子守唄」のコミックスを持っていました。
兄の友達が強引に譲ってくれたのだそうです。
当時の私はこの本がとても不気味で恐ろしく見え、ある日兄の留守を見計らって、この本をこっそり近所の雑木林へ捨ててしまいました。
兄も本が無くなったことには気付いていない様子で、しばらく私にとって平和な日々が続いていたのですが、ある夜、何もないはずの天井から隣で寝ている兄の腹めがけてこの本が落ちてきたのです。
突然の出来事に兄もショックを受けたのか、翌日この本を学校の図書室にこっそり置き去りにしてきたと言っていました。
それ以来この本の存在はすっかり忘れていましたが、この記事を見てその当時の出来事を鮮明に思い出しました(笑)
恐ろしくて日野日出志作品を捨てたという話はしばしば聞きますが、その本が夜中に戻ってきたというのはまさしくホラーで、日野日出志作品か、つのだじろう作品か、というところですね。
しかもそれを学校の図書館に置いてきたというのも呪いを拡散しているようで、じわりとした恐怖を感じます。かぼすさまの家に戻ってこなかったのも、新たな持ち主が現れたからかもしれません……。
読んだ後にさらなる恐怖がおそってくるとは、この作品のテーマがそのまま降りかかってきたようで、貴重な恐怖体験でしたね。
それが夜中に偶然落ちてきたわけです。
でも、しっかり本棚に収めたはずなのに気が付くと本棚から半分飛び出していて表紙の視線を感じたりと、いろんな意味で怖い本でした。
ただ理由を聞いたとしても不可解な恐怖がありますね。なぜ2冊ももらったのか、なぜわざわざ蛍光灯の上に置いたのか……。初めからオチが仕込まれていたということに、抗えない運命的なものを感じます。
とにかく伝説と異様な存在感を持つ作品集で、本がなくなってもいろいろと語り継がれる一冊ですね。