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みなさん、おはようございます。
連載「イマジネーション・トレーニング法」の時間です。
よろしくお願い致します。
わたしのしていることは、
「イメージやパターンの勉強」で、
厳密には画家さんのやっていることと同じ作業なのか、わたしにもよくわからず、
わたしはいつも繰り返しているように、
言葉、主に「書きことばのレッスン(メモワール法)」などもしていますし、
また、画面の訓練と言葉の訓練の独自の結合がわたしの稽古の特色です。
しかし、かなりたくさんの時間をつかって絵(画面)を画いているのも事実で、
絵の先生には二人ほど師事してきましたし、
美術の共助団体さんにも参加していて、
気になる画家さんもいます。
たとえばカンディンスキーやクレーです。
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そこで今回、報告ですが、
渋谷の「Bunkamura」さんでやっている、
「ジュアン・ミロ展〜日本を夢みて」という展覧会にいってきました。
ミロの絵を見るのはわたしは初めてですが、
わくわくするほど愉快で、
すごくいい刺激をうけて、とても楽しかったという印象です。
「イマジネーション・トレーニング」の作業で、わたしの稽古にあらわれる
「イマジネーション・デッサン」と非常に似た作品もありました。
ミロは、「シュルレアリスム」などをしていた時期もあったそうで、
方法論的な類似性があるのかもしれません。
今回の展覧会は「日本とミロの関係」が大きなテーマとなっており、
ミロなりの「書」の試みもありました。
わたしも道楽で、「みやびふみ」という書をしており、
書には興味があります。
そういう条件もまた重なり、
非常に興味深い展覧会でした。
ここまでストレートに心に入る展覧会ははじめてです。
買ってきた「カタログ」を眺めながら、
この原稿を書いています。
ミロの人生もかなり波乱に満ちていたと知りました。
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ここで、なぜわたしはここまでミロに共感するか?
という課題をちょっと考えます。
優れた芸術家の作品を眺めたり、また聴くことは
むろん、嬉しく、また楽しい体験だと思いますが、
辛く、苦しい、重い印象を与えるようなタイプの芸術もあります。
それはそれで必要なときもたくさんありますが、
わたしは根本的に
陽気で、愉快で、楽しい世界をどこかで探しているようだと気づきます。
ミロの作品からわたしが感じるものは、
やはりユーモアにあふれた、陽気で、面白く、楽しい世界でした。
希望の絵だと思います。
ミロにとっても絵を画くことはハッピーだったのではないかと思います。
こういうものが「受ける」のは、現在の社会情勢が、
「陽気で、面白く、楽しい世界」とはまったく正反対の事件に満ちているからだと思います。
陰気で、深刻な問題に満ちた、悲惨な時代です。
そうしてみると、
芸術も、またわたしの「藝の稽古」も、
ある程度は、「人間精神を正常にとり戻す」という
重要な機能があるのかもしれないと思いました。
こういう価値観は非常に大事だと思います。
むしろこういう時代だからそれが必要なのだと思います。
「面白く楽しい」稽古の価値観です。
読者のみなさんも、
わたしと同じように、辛く暗い気持ちになることも、ままある日常だと思います。
そんなとき、「ミロ展」をみにゆくのは、とてもよいことだと
心よりおすすめします。
4月17日(日)までの開催です。
チケットは、予約などになるそうで、
インターネットで確認のうえ、
お越しください。
また、今回の原稿の画像には、ミロの作品を掲げたかったのですが、
著作権の都合もおそらくあり、
いつもどおり、すべてがわたしの個人的な作品です。
悪しからず。
また今回は原稿をアップしてからが大変で
二転三転してようやく現在の形に落ち着きました。
びっくりした人もいたかもしれませんが、
お許しいただきたいと願います。
そういうわけで
またつぎの原稿でお会いしましょう。
( つづく )