文章を書くとき、ほとんど無意識に「思う」「考える」を使い分けている。
日本語の文章の基本パターンである「が」と「は」の助詞を自然に使い分けているのとよく似ている。
「思う」は胸の中で単純な一つの希望・意志・判断を持つ・・・数学は難しいと思う。
「考える」は、あれこれと比較したうえで結論を出す・・・数学の問題を考える。
ところで、去年の秋頃であったか、エッセイストの岸本葉子さんが他紙で中学時代の国語の先生に「思った」や「考えた」さらに「感じた」という言葉を使わずに作文を書くように言われたのを思い出し小説に挑戦していると言った趣旨の話をしていた。以来、僕は「思う」「感じる」「考える」の扱いに気を遣うようになった。
「木々の芽吹きに春を感じる・・・」を「春が木々に芽吹く頃になりました」と書き直してみた。それで文章が良くなったかどうかは判断しかねるものの、何か表現が大胆になった気がしたのは確かだ・・・・
これは3月中頃の毎日新聞夕刊に載っていた近藤勝重専門編集委員の話だ。
うーんと考えさせられる、おっと、違った、うーんと頷き目が丸く大きくなったよ。
リリオーは小説も書いたことがあるが、文章の勉強一つしないで好き勝手に書いていた自分が恥ずかしい、又、今でもブログをやめたい気持ちになること、しばしば。
でも、この近藤さんの記事で、よし、リリオーも一度、挑戦してみよう!
この、2カ月くらい、「思う」「考える」「感じる」を極力、ほとんど使わないよう気遣いながら書いてきた。すると、下手ながら、一つくらい、中身が変わる?・・・春から夏に季節が変わるように。
このブログを見ていただいている方々はきっと気づいてもらっていない?いる?これから、ちょっと意識して・・・・ね。
話は変わるけれど
阪神タイガース逆転・・・嬉しい?8回表、広島、前田智の大きな大きなセンターフライ、あれがHRだったら・・・タラ、レバはいけないよ。リリオーは阪神ファンでなかったっけ。
阪神ファンであれど前田智のファンだから、ややこしい。
今、野球が終わって「金曜プレステージ」を見ている。「勘三郎が泣いた・・」勘太郎結婚式の模様の中で「片岡に左右衛門」の顔が。亡き姉が大ファンで、友の会に入っていて一緒に歌舞伎座へ見に行った。まだ、片岡孝夫って名乗っていたときの話。遠い昔となっていく。姉がいればと今でも・・・
日本語の文章の基本パターンである「が」と「は」の助詞を自然に使い分けているのとよく似ている。
「思う」は胸の中で単純な一つの希望・意志・判断を持つ・・・数学は難しいと思う。
「考える」は、あれこれと比較したうえで結論を出す・・・数学の問題を考える。
ところで、去年の秋頃であったか、エッセイストの岸本葉子さんが他紙で中学時代の国語の先生に「思った」や「考えた」さらに「感じた」という言葉を使わずに作文を書くように言われたのを思い出し小説に挑戦していると言った趣旨の話をしていた。以来、僕は「思う」「感じる」「考える」の扱いに気を遣うようになった。
「木々の芽吹きに春を感じる・・・」を「春が木々に芽吹く頃になりました」と書き直してみた。それで文章が良くなったかどうかは判断しかねるものの、何か表現が大胆になった気がしたのは確かだ・・・・
これは3月中頃の毎日新聞夕刊に載っていた近藤勝重専門編集委員の話だ。
うーんと考えさせられる、おっと、違った、うーんと頷き目が丸く大きくなったよ。
リリオーは小説も書いたことがあるが、文章の勉強一つしないで好き勝手に書いていた自分が恥ずかしい、又、今でもブログをやめたい気持ちになること、しばしば。
でも、この近藤さんの記事で、よし、リリオーも一度、挑戦してみよう!
この、2カ月くらい、「思う」「考える」「感じる」を極力、ほとんど使わないよう気遣いながら書いてきた。すると、下手ながら、一つくらい、中身が変わる?・・・春から夏に季節が変わるように。
このブログを見ていただいている方々はきっと気づいてもらっていない?いる?これから、ちょっと意識して・・・・ね。
話は変わるけれど
阪神タイガース逆転・・・嬉しい?8回表、広島、前田智の大きな大きなセンターフライ、あれがHRだったら・・・タラ、レバはいけないよ。リリオーは阪神ファンでなかったっけ。
阪神ファンであれど前田智のファンだから、ややこしい。
今、野球が終わって「金曜プレステージ」を見ている。「勘三郎が泣いた・・」勘太郎結婚式の模様の中で「片岡に左右衛門」の顔が。亡き姉が大ファンで、友の会に入っていて一緒に歌舞伎座へ見に行った。まだ、片岡孝夫って名乗っていたときの話。遠い昔となっていく。姉がいればと今でも・・・