ぽぉぽぉたんのお部屋

季節の移ろい、道ばたの草花、美味しい食べ物、映画や友人のこと、想いがいっぱいの毎日をお話します

「鳴子にて」

2017-01-26 | 想いで
テレビを見ていたら、手頃な温泉旅館を紹介していた。

リニューアルして女性客をターゲットにしているようでなかなか良かった。

たまたま空いていた日を予約した。

そうして、母と娘と私の女の正月
とはいかず、
娘のパパも一緒の冬の鳴子温泉の旅となった。

        
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「ICU脱出」

2016-11-29 | 想いで
血液透析や人工呼吸器までついているので
点滴やら手術部からの管を合わせると
数えるのも億劫なくらいの数になる

血圧が下がった、酸素濃度の数値が下がったと
始終、警告音が鳴っていたはずなのに

一つ はずれると 管がはずれるのはスピードアップしてゆく

2週間たった今日、面会に訪れると
経口でゼリーの昼食が始まっていた

車いすに乗る練習だと
ベッドに30分ほど起き上がって座っていたのはおととい

面会に行くなり、一般病棟に移ると告げられ
3時にお引越しという

そうして今日は
立って歩く練習までしたらしく
ずいぶんと疲れ果てていた

ゼリーの夕食も食べる元気がない


心臓が強靭だったからか回復が目覚ましいのだろうか
あんなにたくさんの器械たちに操られても
持ちこたえていたのだからすごい

2週間いたICU脱出

次々と変化がありすぎて
用意してくださいというものがどんどん変わり
もはや私たちも追いつけない速さだ

こちらはめちゃくちゃになった生活から
掬えるものも見つけられないでいるような思いなのに

本当に何だかわからなくなってくる




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きょうのできごと

2016-11-17 | 想いで
パソコンを先日開いたら、別物になっていて
デスクトップに広げっぱなしの書類たちがなくなっていた
立ち上がった画面もまったく私のものではない

あれこれいじくっていたら書類たちがあったが
どうやってたどり着いたのかさえ分からずじまい

サポートに電話してもなかなかつながらない。
2日かかって
サポートを受けながら復元するために
バックアップをとるためのUSBをとりあえず一番近いヨドバシに
買いに出かけた。

帰宅して電話したもののなかなかつながらない
夕方だし、時間もかかりそうなので
あきらめていったん電話を切ったときに
すぐ電話が入った

母が慌てて「大変なの」を繰り返す

病院嫌いの父を数日説得して
妹が病院に連れていく手筈になっていた

妹は来ているらしいので電話を代わってと頼むと
背後に男性の声がした
とっさに救急車が来たのだと思った

病院が分かり次第、電話をもらうようにして切った
父の腹痛はなんだったのだろう

国立病院に駆け付けたが
重篤だが手術が詰まっていて12時をすぎないとできないという
それでは持たないので市立病院に搬送すると聞いて
実家に一人いる母を迎えに行く

駆けつけると家の中は真っ暗で母の姿がない
母を呼びながら奥まで入ると
夫が手前の部屋で母を見つけた

急に停電したらしく
真っ暗な中に独りいた母
どんなにか不安だったろう

ブレーカーを上げて
台所に散らかった数本の線香を見つける
ろうそくを出した時のものだろうか

母をつれて病院へ
手術はずいぶんかかっているようだ
12時、1時、2時、
眠っている父の姿を見たのは2時を回っていた

腸閉塞、敗血症、多臓器不全

安堵と怒りと哀しみとが疲労とともに襲ってくる





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「お月見」

2016-09-20 | 想いで
きれいな月が出ているとしばし眺めていることがある

我家は夏の夜はカーテンを閉めないので、月が出ていれば自然と目に入ってくる

満月だったり、繊細な三日月だったり、
オレンジ色でいつになく大きかったりすると
目が止まるから不思議だ

月を愛でるという行為は
子供の頃にお月見をきちんとやっていたからだろうと思う

お月見は結構大切な行事だったように思う
お団子はもちろんの事、
お芋や栗、ススキや萩を飾って
ちゃんとお月見のセットをこしらえて眺めたものだ
そうして小さい時はお月様がそれらを眺めるのだと思っていた

まだ幼いころ、幼稚園だったか、小1だったか
近所のお友だちとススキを採りに出かけた

友人がお母さんの鋏を黙って持ちだして
すすきはとってきたものの
途中で鋏のねじか何かを落としてしまって
そんなことにも気づかず帰って
叱られたことを覚えている

二人で記憶をたどりながら
どこに落としたものかと
探しに行ったものの見つからなかった・・・

友人が私のせいにして
なおさらお母さんに叱られていたような気がする

私は引っ込み思案だったので
何も言い返せなかったのだろうなあ~

だからこそ、いつまでもそんな昔の事を覚えているのだろう
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「インスタントラーメン」

2016-09-01 | 想いで
明星の「チャルメラ」が発売50年になると
最近何かで目にした。

50年かあ~

その頃、発売されたチャルメラの画期的だったこと!
チキンラーメンのようなタイプの物しかなかった時代に
小さな袋に粉末スープの入ったラーメンができた。

帆立だしのスープらしいが
まるで本物のラーメンみたいと
みな思っただろう。

流通がまだまだ発達していなかった頃、
田舎の方ではスーパーもなかった時代だ。

カップ麺がいまいち好みではない私は
「インスタントラーメン」派

好きなラーメンは
これも歴史ある
「マルちゃんの塩ラーメン」

見つけるとつい買って確保してしまう。
本当に懐かしい味わいで
あっさりしている。
そうして、昔からすりごまが付いている。

これも1969年発売のようだから
老舗ものだ。

ただ知らなかったが
販売エリアは限定的らしい
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「靴職人と魔法のミシン」

2015-08-05 | 想いで


ニューヨークの下町で代々続く小さな靴修理の店を営むマックス
貯金もない、彼女もいない、冴えない単調な暮らし
家には認知症の年老いた母が待っている

だが、魔法のミシンの力で奇跡が訪れるという
「大人のためのおとぎ話」なのだ

父の代からの付き合いの隣の理髪店主とは
お互いが読み終えた新聞を毎日交換したり
ピクルスのお裾分けがあったり
古い街並みとユダヤ人、下町情緒が何だか懐かしい

コツコツと靴底を貼り替え、修理する毎日
色々な人たちが訪れる
ヤクザにオカマにマスコミ関係者、大きな足の子どもに老人
そして美人たちも

魔法のミシンで縫った10,5インチの靴を履いた時だけ
靴の持ち主に変身できるのだ


母の夢を聞くと
「お父さんとの夕食」との返事

ある日突然いなくなってしまった父に変身すると
素敵なディナーとダンスを楽しむ別人のような母

親孝行のつもりが
夢のかなった母は翌日亡くなってしまう~

ドタバタのコメディあり、ほろ苦く哀しい場面あり、
そうして人まで殺してしまうから恐ろしい
だが、死体も血の跡もなく警察は相手にしてくれない

我に返ったように自分の店に戻る姿が
大それたことのできない気まじめな職人なのだ

誰になってもコートに赤いマフラー姿で
おもしろすぎて笑ってしまうが
マックスの変身した誰もがおどおどしていて
キャストの演技力に感心しきりだ

(殺人現場や死体の)掃除屋、ゾンビは
やはりブラックユーモアなのかも・・・

最後の理髪店の地下のシーンや
お抱え運転手や高級車は
これからの彼の活躍と言うより
別の世界での暗躍が思いやられてかなりうんざりもの

考え過ぎては笑って見過ごせない自分にもうんざりだ






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「クールビズ」

2014-07-21 | 想いで
お中元を贈ろうとデパートに出かけた。

この老舗デパートのギフトセンターは今月、2度目である。
順番が来ると、珍しく若い男性の担当者に当たった。

仲人でお世話になった方などに、いつものようこちらの名産の品を送った。

急いでいたので、直接地下に入っている店舗から送ろうかと
ちょっと迷ったのだが、
送り状に改めて記入するのが億劫な感じがして
7階までエレベーターで昇る方をとった。

担当の男性が会計をするため立ち上がり
席を離れた時、
ふと下に目線をやったのは偶然だった。

担当の男性の足元が目に入った。
素足だった。一瞬、目を疑ったが
どう考えても、男性が透明のストッキングをはくはずはない・・・

はいているズボンも他の店員と違い、かなりカジュアルな柄物だった。
まわりの店員は無地の紺色系だったが・・・

皆と同じ黒の革靴を履いているのはいっしょだ。
そうして、おそろいの紺系のブレザーを着ていた。

黒の革靴に素足・・・

柄物のズボンはちょっと丈も短めのようで素足がかえって強調される。


「ああびっくりした!時代もこのデパートも変わったのね」と
妹にメールすると
「究極のクールビズね」と返ってきた。


もしかしたら彼は、今はやりのショートソックスをはいていたのかもしれない。

だから黒い革靴にすっぽりと隠れて見えなかったのかも・・・


それなら、名札の横にクールビズ実施中と入れてはどうか
みんなお揃いでそうしたら涼しいのに・・・
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「母の身終い」

2014-03-30 | 想いで


出所した中年男アランが、老いた母親イヴェットの元に身を寄せる。
しかし思うように仕事は決まらず、母とは不機嫌にぶつかりあうばかり。
いたたまれず家を出たものの、隣人の老人の好意で置いてもらう始末だ。

自分が長年いっしょに暮らしかわいがっていた犬を殺して
ひと芝居うってまで息子を取り戻そうとした母の思い。

そんな母が末期がんの治療を拒み、
スイスの施設で尊厳死の契約をしているなんて。

息子はその事実を知っても止めることはできない。

母の淡々としたくらしぶり。
毎日、掃除や洗濯を静かにいつも通りこなしてゆく。

りんごの傷や虫食いをナイフでえぐっては皮をむき
隣人に頼まれたコンポートを作る。

彼女の人生は人生そのもので
幸福と言う縁取りはなかったのかもしれない。

私の思っていた尊厳死という言葉の印象とは違って
本当に薬を2種類飲んだだけのあっけない死に方だった。

ふがいない息子は、自分の生き方しかできなかった母の子育ての結果だと思う。
気難しい夫とこの母のもとで息子はどんなふうに育ってきたのだろう。
傷つき傷つけあい、遠ざかってを繰り返してきたのだろうか。

誰もあてにできない母にとっての息子はどんな存在だったのか。
母が尊厳死を選んでまで
息子に伝えたかったことがあったのかもしれないが
私にはやはり理解できない。

愛する息子に立ち直ってほしかったとしても
苦しむ自分の姿を見せたくなかったとしても
息子に負担をかけたくなかったとしてもだ。

息子のいる私には彼女の気持ちもわかるのだが
ふがいない息子への愛情の表現が違うのだろうか。

日本人の私には納得がいかない結末の映画だった。

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「スーサイド・ショップ」

2013-10-29 | 想いで



自殺用品専門店の一家のお話だなんて
ちょっと変わったアニメです。

どんよりとした雰囲気のはじまり、
ビルから人が次から次へと堕ちてきます。

それらをよけながら飛んでいた鳩が
仲間のところに何とか帰りついて
自らも思い出したように堕ちてゆく。

それらしきムードでしばし観ていましたが
ミュージカルとは想像していなかったので
ちょっとびっくりしました。

それにしてもフランス語のアニメ、そしてミュージカルって
本当に別物の感ですね。

コメディと言うのか、ブラックユーモアというのか
矛盾するような展開もところどころにあって
日本的な発想ではあり得ない事も多々あって新鮮です。


何代も続く自殺用品店のトゥヴァシュ家 
暗い目をした兄妹。

父はミシマ
って三島由紀夫から? ミシマのくまはひどい・・

そうして店には多種多様な首つり用ロープや毒薬、毒入りキャンディ。
切腹用の腹切りセット。日本刀までそろっている。白装束もです。
溺死用のブロックはオリジナル。
 
長女マリリンはマリリンモンロー? 
自殺した人の名からとっているようですね。

母ルクレスだけがいやに明るく商売上手な感じですが
それは気丈な母として一家をきりもりするための偽りの明るさ

スーサイド・ショップをやっているから死ねない家族。

そこに生まれた男の子の笑顔。
この無邪気で明るいアランが一家をかえてゆきます。

ハッピイエンドでほっとしますが

フランスでベストセラーになったという
ジャン・トゥーレの小説「ようこそ、自殺用品専門店へ」が原作です。

でも本の最後は家族に本当の幸せを教えたアランが・・・
映画とは違う終わり方のようです。
それでも面白そう。
機会があったら、原作を読んでみたいものです。


ルコント監督の作品は、「橋の上の娘」が記憶に残っています。





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「雨の日のできごと」

2013-07-30 | 想いで
ざあざあと雨が降っていたから今頃だったろうか・・・

「奥さん、ちょっとつかまらせて」
と、小太りの女性が不意に私の腕をつかんできた。

傘をさしながら並んで歩く道すがら
「悪いねえ、こわくて」

この天気で足腰の具合が悪く
今も整形外科に行ってきた帰りだという。

少し行った先を右に曲がって二軒目の家だから
門のところまでくれば大丈夫だという。

「本当に何とお礼を言っていいか」と言われて
私はもと来た道を引き返した。

 
実は私も必死だった。
けがをして数年たってはいたが
雨の日はことさら調子が悪かった。
足も思うように上がらない。
傘をさせばうまくバランスもとらなければならない。

そこに「むんず」と腕をつかまれて
彼女の体重がぐっとかかってきた。

しっかり支えて歩かなければならない。
下手にふらついたりして
弱さを悟られたりしたら大変だ。

もう少しで家なのに
言うことをきかなくなった身体に
本当にどうしようもなくなって

外見的には「デカイ」体格の私に
とっさにすがってきた彼女を
見捨てるわけにはいかなかった。

それにしても
私の踏ん張りはいつまできくのだろう。



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