豫園寸景
「風が吹くと桶屋が儲かる」のような話である。上海在住の知人のメールに記されていた。工場閉鎖、在宅勤務などで家にこもっているため、ピザ配達やケータリング・サービスに頼る人が多いらしい。 TVで見ると、上海切っての集客ポイント「豫園」(庭園、商城)は例年ならば春節の時期は大賑わいだが、人影なく閑散としているようだ。通常ならば、春節などで賑わうこの時期、70万人近い人出があるという。
ヒトの移動というものが、時にいかに深刻な影響をもたらすものか、今回の新型コロナウイルスの大流行は世界にその怖さを知らしめた。すでに2003年に起きたSARSの蔓延時の死者数を上回り1,000人を越え、感染者数も43,099となった(2月10日現在)。鎮静化が手間取り、東京五輪と重なれば、開催国日本にとっても一大パニックにつながることは必定だ。実態はすでにパンデミック(大流行)の状況にある。
中国の体制が抱える問題点
今回の新型コロナウイリスの流行が、なぜこれほどの危機的状況を生んでいるかについては多くの論評がある。なかでも人民に都合の悪いことはなるべく知らせないという現在の中国の指導体制が内在する秘密主義が、初期対応の遅れを招き、事態を予想外の規模に悪化させたことは想像できる。さらに、医療を含む社会保障体制の遅れで、医師も少なく病院での診断、入院、治療などの対応が遅れて後手に回ったことも指摘されている。とはいっても医療体制はSARSの時よりは顕著に改善されてきたようだ。当時は中国農村部などでは医療保険が未だ普及していなかったので、罹患しても病院へ行かないのではと憂慮した中央政府官僚もいた。今ではほぼ95%がカヴァーされているようだ。それにもかかわらず、実態を聞いてみると、庶民はなかなか病院へは行けないらしい。特にこのたびのように病院が混雑するときはよほど有力者か強力なコネでもないと診察室まで辿り着けないとのこと。
最大流行地の湖北省、武漢ではヒトの移動を制限しているが、この政策が今回のウイルス対策として公衆衛生の観点から、最適・有効なものであるかについても異論はあるようだ。湖北省の経済は中国全体のGNPで4.5%の比率を占めるが、その部分だけの機能麻痺に止まらない。感染者は中国のみならず、中国全土を中心に世界へと広がっている。習近平体制自体を揺るがしかねない状況に、軍の医療部隊まで投入しているが、どれだけ実効が見込めるのか定かではない。
経済へも感染する新型肺炎ウイルス
ウイルス感染者の増大と反比例するように中国人の国内外の移動数は大きく減少しており、経済活動も生産物の売上減少、工場閉鎖、移転など、顕著なマイナス効果をもたらしつつある。武漢は中国2,000都市の中では13位のサプライチェーンの中心であり、自動車産業の拠点でもある。GM、フランスのPSAグループ、ホンダなどが立地し、多数の部品メーカーが活動している。その他、ケーブル、プラスティックの造花なども一大生産拠点になっている。中国からの部品調達が滞り、日本での組み立てが出来なくなっている企業もあるようだ。多くの分野で、中国市場での販売もかなり打撃を受けている。
ブラックスワン現象に悩む習近平政権
この状況で頭を抱えているのは、なんといっても習近平政権だろう。昨年の香港、台湾問題では、中華人民共和国に「一国で統一(併合)する」と宣言していたにもかかわらず、最悪の事態となってしまった。そこへ起きた新型肺炎問題で、立て続けにほとんどありえないことが起きてしまう「ブラックスワン」(黒いスワン)現象に、春節を通常のようには祝うことができなかった。対米強硬路線も軟化せざるをえない。新年は年初から多事多難な年になることはほぼ間違いない。
子年(ねずみ年)は十二支の始まりであり、新しい運気が動き出すといわれているが、どうもねずみたちは勝手な方向へと走り出しているようだ。
References
“Locked down” The Economist , February 1st, 2020
“Under Observation” The Economist, February 8th-20th