今から10年以上前のことである。このブログに「ロボットから税金をとる時代は来るか:RURへの連想」というテーマの記事を書いたことがあった。その後の年月の経過と世の中の変化のスピードは想像を上回った。人間が進歩したとはとうてい思えないのだが、技術進歩の点に限ると、あながち奇想天外な思いつきであったとはいえない状況になった。最近、同じテーマを取り上げた記事に出会って、再び考えさせられた。
イノヴェーターが抱く恐れ
今回、きっかけとなったのは、アメリカ、マイクロソフト社の共同創業者ビル・ゲイツ氏が、IT上のメディア・QUARTZのインタビューで示した見解*だった。要約すると、近年の技術進歩、とりわけ自動化のスピードが速すぎ、適応できない労働者が多数失業するなど、社会的にも看過できない深刻な問題が発生するような状況に対して、各国政府はロボットへの課税を検討したらどうかとの問題提起だ。税収は技能再訓練や高齢者や病人の介護などを含む自動化が難しい分野での労働者の教育や医療の拡充などに使うという提案だ。世界に大変革をもたらしたこの偉大な事業家・イノヴェーターの目から見ても、この頃のロボットなどの技術進歩は省力化効果が大きすぎるのではとの不安がよぎるようだ。。
IT技術が創り出した変化は、計り知れない大きななものだ。その革新的創造に大きな貢献をしてきたビル・ゲイツの言葉だけに格別の重みがある。他方、本人は一代にして世界有数のビリオネアにもなった。ピラミッドの頂上から改めて下界を見下ろして見た時、自らも大きな寄与をした創造的破壊がもたらした凄まじい側面に気付かされたのだろうか。
ビル・ゲイツとは異なった才能を発揮し、これもビリオネアとなり、タワーの最上階に立ったトランプ氏にも、多少同じ感想を持った。このたびのトランプ大統領の就任演説は、シナリオ・ライターの力も相当働いたとはいえ、大統領演説らしい重みを持っていた。なぜ就任当初から、こうしなかったのだろうと思わせるほどだった。骨子はこれまでのツイッター発言の内容と基本的に変わることはないのだが、見事に整理され、TVに映る大統領の顔を見直したほどだった。
アメリカン・ドリームの底辺
アイロニカルな見方をすれば、彼らは自らビリオネアへの道を駆け上がった今、その過程で無視されたり、踏み潰されてきた社会階層の惨状に多少気がついたのだろうか。この半世紀におけるアメリカの中間層の没落、格差の拡大については、その実態を垣間見てきた者として、信じがたいほどのものがある。
現代においてはラッダイトのように、目の前の新技術であるコンピューターやロボットを、自分たちの仕事を奪う敵として打ち壊す人々はいない。むしろ、その恩恵を享受してきた人たちの方が圧倒的に多いだろう。しかし、他方では新技術の展開の過程で、その省力化効果によって仕事を奪われたり、ついてゆけなくなった人々の数も極めて多い。正確さ、勤勉さなど、ロボットが人間を上回っている分野もある。
創造はコントロールできない
ビル・ゲイツの提案は、現代の早すぎる技術の展開を社会的にコントロールする手段として、ロボット(あるいはその生産者)に課税することを検討してみたらどうかということである。しかし、これまで出てきた反応を見る限り、それに賛同する見解はあまり多くない。最大の理由は、課税は生産性改善を遅らせる、新技術の誕生、発達に悪影響を及ぼしかねないという憂慮だ。新技術には人間本来の創造性の発揮が深く結びついている。一口に言えば、「角を矯めて牛を殺す」ことを懸念するからだろうか。
新技術が雇用の数、質にとってプラス、マイナスいずれに働くかという議論は、現在のIT技術の先駆とも言える1980年代のマイクロエレクトロニクス(ME)革命と呼ばれた時期にも行われた。当時、その議論の一端に関わった一人として、改めて回顧してみると、この新技術が雇用にとって概してマイナスに働いたとは考えがたい。いうまでもなく、客観的な事後検証が改めて必要なことはいうまでもない。
当時、新技術がもたらす省力化については、技能再実修を含む教育の必要性が強調されていた。これまではロボットに人間の様々を教えこむ過程であった。しかし、舞台は大きく変わり、AIの発達もあって、人間がロボットから学ぶ時が急速に近づいている。ロボット先生と相対して、機械語を習う光景はかなり違和感がある。幸い、その日は経験しないですみそうなのだが。
References
*https://qz.com/911968/bill-gates-the-robot-that-takes-your-job-should-pay-taxes/
"Free exchange; I, taxpayer" The Economist February 25th 2017