人は幸せになると、さらなる幸せな状態を夢見始める。
すると「今」の幸せな状態は 、不幸な日常に変わってしまう。
昔からギリシャの哲学者たちが「幸せのパラドクス」と呼んだんだ…
欲しかったオモチャが手に入ると、
やがてそれはオモチャ箱にゴチャゴチャに投げ入れられる日常になるように。
悟った時も、また落ち込む時もあり、
出会った時もあり、出会っているのに気づかない時もあり、
せっかく出会った人を喪う時もあり、
また、笑えたり、笑えなくなったり、
答えを発見したり、迷ったりもする。
急ぐ時も、止まる時もあり。
陽があたる時代もあれば、日陰の時代もある。
褒められる時もあれば、笑われる時もあり、
前向きな自分に出会えた時もあれば、心ふさぐ時もある。
焦る瞬間もあれば、気長に鼻歌唄う時もある。
手を握り合う時もあれば、拳を握る時もある。
調子にのる時もあれば、うなだれる時もある。
お腹が空いてる瞬間と、もう大変だ~ってくらい満腹な時もある。
眠れる時もあれば、眠れない夜もある。
愛情に包まれる瞬間と、淋し過ぎて涙する瞬間もある。
こうして世界はまわっている。
このパラドクスから抜け出して本当に幸せになる方法はね、
それらの日々が、すべて生きていること、
学んでいること、
迷いを含めて人生なのだと味わうことなんだよ。
今がパーフェクトワールドだと気づくことさ。
夜がないと朝がわからないし、
悲しみがないと喜びがなにかも味わえないだろう。
幸せは探すものでなく、
「今、ここ」が幸せだと気づくことなんだよ。
なんか、すごくないすか~???
響いた~。
私が去年いっぱい考えた幸せの答えはここだったんだなと思った。
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