昨日は宮古から山田、大槌、大船渡、陸前高田に行ってきました。
宮古の、祖母の家が前にあったところを見に行きました。
建物がなくなった空き地は、とても小さい土地でした。
けど、そこにはかわいらしい花がたくさん咲いていて、
花が好きだったおばあちゃんのことを思って隣のおばちゃんが植えてくれてたことを聞き、
おばあちゃんらしい土地が残ったなと思いました。
宮古には、ほんとにたくさんの思い出があります。
浄土ヶ浜にも行ってみました。
極楽浄土のようだとつけられた名前のこの浜は、
以前とても綺麗な場所でした。
今は一生懸命、復旧作業をしていました。
岩に向かって沢山の人が南無阿弥陀仏と唱え、拝んでいました。
ホタルの墓で見るような、戦争の後の焼け野原のような、
そんな地域をいっぱい見ました。
家には「解体OK」とか、「×」とか、スプレーで書かれていました。
そんな中、「そけい大好きだったよ、長い間ありがとう」
という文字を見ました。
磯鶏地区に長い間住んでた人が、この町を去るのでしょう。
その文字を見たとき、涙が溢れました。
泣くなんて思ってなかったけど、いろんな思いが混じって泣きました。
去年来て、遊んでいたところも、ごはんを食べたところも、大きな被害を受けていました。
小さい頃住んでいた大船渡に入りました。
冠水していて、通行止めが多く、建物がなくなりすぎて道がまったくわかりませんでした。
家は見つけれなかったけど、
住んでいた地域の看板をみると、このあたりだったのかも。
陸前高田の奇跡の一本松は、大事に根元をくるまれてました。
通行止めだったので、遠くから撮りました。
ここで去年暑くて喫茶店入ったね、とか言ったりして。
こうやって、思い出の場所を一気に無くしてしまう大震災から、
もう4ヶ月半が過ぎ、
盛岡では、ほんとに当たり前の日常を過ごしていました。
今日、来てよかった、そう思いました。
忘れちゃいけない、そう、思いました。