「うわ~、それはないでしょ~!」
というような、理不尽な目にあった時。
私はがっかりして、次に相手を責めるでもなく、
「この人は、何のためにそんなことしたいのかな?」って、
相手の行動の理由を知りたくなる。
あるいは、別の人は、
怒りを感じて戦いモードに入り、
理不尽な相手を玉砕しにかかる。
今日は「理解したい派」の2人で、
理不尽対応にもいろんなパターンがあるね、
という話を、アレコレしていた。
「理解したい派」が二人だったので、最初は
「自分では人を攻撃したいと思わないから、
攻撃されてることに気付かない事もある」とか、
「人をやっつけたいなんて、しょーもないよなぁ」とか、
「少なくとも人を傷つけないからいいよね」とか、
まぁ、いわば自画自賛していた。
時間があったので、
今度は「攻撃派」のやり方にフォーカスしてみた。
攻撃派の人は、突破力があって、
世の中を変えて行く力があるよね。
ただ、怒っている時は相手の気持ちを思いやれない。
衝動的に怒っているだけなのに、
「正義のため」だと自分でも勘違いしやすいから、
そこはちょっと反則だよね。
怒りを向ける相手を間違えてる時はやっかいだわ、なんて。
攻撃派には突破力があるからって、
理解したい派には相手を変える力がないかというと、
自分の経験からだけ言っても、
穏やかに聞くだけで相手が変わることもある。
どっちも相手の武装を解くことができる。
どっちもその結果、自分を守ることにつながる。
「要は、北風と太陽か!」と合点した。
「感情的に怒ってるだけなのに正義の旗を振り回してるのは、
かなり厄介な勘違いだけど、
私たち「理解したい派」だって、
「悲しいからやめて」というだけなのに
「相手を理解したいと思う」なんていう
美辞麗句に変換してたりするぞ? って気づいて、
「何もかも一緒じゃん!」とビックリ。
要は、持って生まれた
手持ちの武器の形が違うだけで、
「慣れたやり方で対応しているだけ」という点では、
どっちも同じだ、ということに気付いたのでした。
二つの対立項目が、実は並列項目だったと分かる時は、
ものの見方が一次元上がった証拠。
前よりちょっとお利口になれた気もする
…気のせいです(^^;)。
どっちがいいとか悪いとかじゃなくて、
必要な時には怒って、
必要な時には相手を理解して、
そのミックス技で理不尽を解消するのが理想。
解消するだけが大切な事、ってわけでもなくて、
理不尽な出来事の中で、
そこから必要なことを学んでしまえば、
それ以上、理不尽とつきあう事もないから、
さっさと逃げちゃう、というのも正解。
感情を黙らせることなく、
感情に踊らされることなく、
自分が持ってない道具を作っていくのも一興、
自分の手持ちの道具をさらに磨いていくのも一興。
「怒り」…ねぇ。
相手の気持ちを考えてる時点で、
すでに怒りの瞬発力って失ってるんだよね…。
「いやや~っ!」って叫んだ幼児のようには、
まっすぐ表現できないわ。
我が家は家内が北風派、私が太陽派です。なぜか北風派のママ大好きな娘、真っ向からぶつかり合って、毎日泣いております。そう言う時は嫌いなパパでも、自分の気持ちを聞いて欲しくて、お話に来ます。
ゆっくり話を聞いて、娘の気持ちを受け止めて、ママの気持ちを代弁してあげると納得して、また、ぶつかりに行きます(笑)。
いいパパだと、自分では思うのですが、ママと仲良くしている時に、ちょっかいだしに行くと「パパ大嫌い!あっち行って!」と怒られます。
そんな風に受け止めてくださるご両親がいたら、お嬢さんもすくすく育っていかれるでしょうね。楽しみ~♪ やさしいパパとカッコイイママ。ステキなご夫婦の姿が浮かびます。