私はコーヒーの香りで目覚めた。室内は薄暗い。まだ夜は空けていない。薄ぼんやりとした空間の中で球形のサイフォンがアルコールランプの青白い炎でゆらゆらとあぶられていた。
私は身を起こしベッドに腰掛けた。素足にフローリングの冷たさを感じる。ローテーブルの上にサイフォンの揺らめきがあった。湯はすでに上部のガラス球にあった。液体は琥珀色に変わっている。手を伸ばしてランプをずらす。ブラックコーヒーは下球に下がる。コーヒーは2杯分以上ある。またか。目前の現象は理解していないが慌ててはいない自分が不思議だった。この部屋には俺以外いないはずだ。誰がコーヒーを準備したというのか。
私はコーヒーをサイフォンからウエッジウッドのマグボトルへとなみなみと移し替える。一口すする。これはあれだ、ジャック・ニコルソンが言っていたあれだ。猫だか動物が食べたコーヒー豆を糞から取り出したあれだ。名前は思い出せないが味はわかる。これ以外はコーヒーではない。
私は満ち足りた気持ちでオーディオセットのアンプを暖める。真空管は暖まるまで待つのが大事だ。クリアな音を味わえる。雑音を取り除くことも楽しまなければ財産を惜しみなく投入した意味がない。すべては自己満足なのだ。電気由来のノイズを除く努力もおしまない。私専用の電柱や地中へのアースだって何本建設したか覚えていない。最高の音響システムを構築した自負が私にはあり、パックして洗浄したレコード板をターンテーブルにかける瞬間が最高に私は満ち足りるのだ。
無音。
レコードは回っている。
第一音が出るまでの無限かと思われる静寂。
もうすぐだ。
曲が始まる。
歌手の息を吸うブレスが聞こえた刹那、私は四方を壁に囲まれた小部屋で目を覚ます。
口中にはジャック・ニコルソンが言っていたコピ・コバーナの味があるかのように思う。いや今はないがあの瞬間にはコーヒーの苦みは脳を痛いほど刺激していた。
私は罪を思い出した。
私は人を殺したのだ。
裁判が行われ私は無期懲役となった。粛々と刑に甘んじるだけのはずだった。しかし法律が変わり、遺族が望む罰を刑に添加できるようになったのだ。
あいつが最高の瞬間に地獄にたたき落としてほしい。一日に何度も。遺族が裁判所で叫んだ声は今でも耳から離れない。
あれから二十年。手を変え品を変え私が最高に幸せを感じた瞬間、この独房で私のすべての境遇を思い出す。私は今そういう刑に処されている。
私は身を起こしベッドに腰掛けた。素足にフローリングの冷たさを感じる。ローテーブルの上にサイフォンの揺らめきがあった。湯はすでに上部のガラス球にあった。液体は琥珀色に変わっている。手を伸ばしてランプをずらす。ブラックコーヒーは下球に下がる。コーヒーは2杯分以上ある。またか。目前の現象は理解していないが慌ててはいない自分が不思議だった。この部屋には俺以外いないはずだ。誰がコーヒーを準備したというのか。
私はコーヒーをサイフォンからウエッジウッドのマグボトルへとなみなみと移し替える。一口すする。これはあれだ、ジャック・ニコルソンが言っていたあれだ。猫だか動物が食べたコーヒー豆を糞から取り出したあれだ。名前は思い出せないが味はわかる。これ以外はコーヒーではない。
私は満ち足りた気持ちでオーディオセットのアンプを暖める。真空管は暖まるまで待つのが大事だ。クリアな音を味わえる。雑音を取り除くことも楽しまなければ財産を惜しみなく投入した意味がない。すべては自己満足なのだ。電気由来のノイズを除く努力もおしまない。私専用の電柱や地中へのアースだって何本建設したか覚えていない。最高の音響システムを構築した自負が私にはあり、パックして洗浄したレコード板をターンテーブルにかける瞬間が最高に私は満ち足りるのだ。
無音。
レコードは回っている。
第一音が出るまでの無限かと思われる静寂。
もうすぐだ。
曲が始まる。
歌手の息を吸うブレスが聞こえた刹那、私は四方を壁に囲まれた小部屋で目を覚ます。
口中にはジャック・ニコルソンが言っていたコピ・コバーナの味があるかのように思う。いや今はないがあの瞬間にはコーヒーの苦みは脳を痛いほど刺激していた。
私は罪を思い出した。
私は人を殺したのだ。
裁判が行われ私は無期懲役となった。粛々と刑に甘んじるだけのはずだった。しかし法律が変わり、遺族が望む罰を刑に添加できるようになったのだ。
あいつが最高の瞬間に地獄にたたき落としてほしい。一日に何度も。遺族が裁判所で叫んだ声は今でも耳から離れない。
あれから二十年。手を変え品を変え私が最高に幸せを感じた瞬間、この独房で私のすべての境遇を思い出す。私は今そういう刑に処されている。