温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

旧台中市役所が華麗に変身 Cafe1911・昭和沙龍

2016年03月19日 | 台湾
※今回記事に温泉は登場しません。あしからず。

温泉ネタが続いている途中ですが、今回は温泉と全く関係のない台湾観光の話題にひとつお付き合いください。

今年の3月1日、台湾の国営通信社である中央通訊社の日本語版「中央社フォーカス台湾」が、「日本統治時代の台中市役所、カフェに変身 地域活性化に期待」と題するニュースを報じました(その記事はこちら)。台中といえば日本統治時代に建てられた病院建築物をスイーツ店舗として活用させ大人気を集めている「宮原眼科」が有名ですが、これと同じように日本人が設計した戦前の建築が、時代を超越しカフェという憩いの場として再び脚光を浴びるようになったというニュースに、一人の日本人として心がくすぐられましたので、どんなカフェが誕生したのか自分の目で確かめるべく、先週台湾へ出かけた際に、ちょっと立ち寄ってみることにしました。



台鉄台中駅から10分ほど西へ歩いた民権路と市府路の交差点に建つ威風堂々とした洋館が旧台中市役所です。正面の太い柱と天井のドーム、そして凹凸が強調された外観が印象的なバロック様式のこの洋館は、東京駅を設計したことで知られる辰野金吾の設計により1911年(明治44年)に完成したんだとか。日本の敗戦までは文字通り台中市役所として使われてきたのですが、戦後に中華民国が接収すると、軍や国民党、そして台中市など、いろんな組織の下部セクションが入ったり出たりを繰り返します。
時代が下って1999年になると台湾中部を襲った大地震に見舞われて損傷を受けますが、2002年になると台中市の歴史建築に指定され、2004年に改修工事を実施。その後「市政紀念館」と称する公共スペースとなって一旦は落ち着くのですが、地域の沈滞に頭を抱えていた台中市はこの古い建物に注目。2014年に活用方法が協議されて、行政による改修工事後に店舗運営を民間委託する方式が決定。2016年、つまり今年、英国紅茶のチェーン店を展開している「古典玫瑰園」(Rose House Group)の手によって、カフェとして新たなスタートを切ることになりました。


 
東京駅の駅舎にも似た瀟洒で繊細な意匠の外観に思わずうっとり。白亜の窓まわりと2階部分のレンガとのコントラストも美しいですね。なお今回の改修に際して要した金額は約1000万元(約3400万円)。しっかり金をかけただけあって、修復後の仕上がりも良好です。


 
ちなみに、同じ交差点に面するこちらの大きな建物は現在の台中市政府。戦前は台中州庁でした。この建物は旧台湾総督府(現在の総統府)など多くの台湾官庁建築を手がけた森山松之助の設計であり、市役所より2年遅い1913年(大正2年)の竣工です。なお森山松之助は、上諏訪温泉の「片倉館」を設計した人物もであります(当ブログは温泉をメインとしていますので、文章を無理矢理温泉に関連させてみました)。


●Cafe 1911
 
さて、話を台中市役所に戻しましょう。正面玄関から中に入ると、かつての玄関ホールはカフェの受付カウンターになっており、レトロな制服を纏ったスタッフが、接客対応に追われていました。受付の上には「臺中市役所 明治四十四年」と記されたプレートが掲げられていますが、上述したようにこの旧市役所庁舎が竣工した1911年は明治44年であり、Cafeの名前もその西暦に由来しているわけです。ついでに言えば、この年は辛亥革命によって中華民国が成立した民国元年でもありますね。



1階のメイン部分はカフェ兼レストランとなっており、私が訪れた時にはほぼ満席状態となっていました。今回は強引に時間を割いて立ち寄ったため、残念ながら私はこのカフェで飲食しておりません。


 
1階客席ホールの奥には高い天井の廊下が伸びており、たくさんの提灯が下がっていました。日本統治時代の建物を活用した施設であり、且つ名称にも日本由来の語句が用いられているため、店内の内装などにも日本らしいものをついつい期待してしまいますが、メインターゲットになる客層はあくまで台湾の方ですから、和風のようで和風でなく、今の台湾人に受けるような明るさと造形が前面に出された現代風のデザインになっていました。ですから、和風のつもりでこの館内を捉えると色使いなどに違和感を覚えるかもしれませんが、それは当然のことなんだろうと思います。過去と現代、そして台湾と日本という異文化が混在した新しい世界観を楽しむべき空間なのでしょうね。
さてその廊下を進んでゆくと、右手に小さな物販コーナーが設けられていました。運営企業が英国紅茶をメインに扱っているため、この物販コーナーで並べられている商品は、紅茶の茶葉やその関連商品(マグやタンブラーなど)が多かったように見えました。


●昭和沙龍
 
廊下をさらに進んで行くと、突き当たりに「昭和沙龍」と染め抜かれた水色の暖簾が掛かっていました。沙龍とは中国語で「サロン(salon)」の当て字ですから、つまり「昭和サロン」というわけですね。戦後、日本以外のアジア各地域において「昭和」という年号はネガティブな文脈で捉えられることが多く、台湾においても国民党の手によって「昭和」の名称が残る物は徹底的に消されていきましたが、戦後70年も経つと社会の風潮にも変化がもたらされるのか、台湾の行政や企業が運営する店舗が自ら「昭和」を名乗るとは、実に意外な想いがしました。もっとも、「十年ひと昔」という言葉に即して考えれば、昭和20年からもう7つも「昔」を重ねているのであり、この建物は日本が台湾を手放す昭和20年まで台中市役所として使われてきたのですから、戦前の時代感をメインコンセプトにしているこのカフェが昭和の2文字を名乗っても不思議ではないのかもしれません。

なおこの「昭和沙龍」はドリンクや甘味などのメニューを中心としたカフェなのですが、「Cafe1911」「昭和沙龍」ともに共通の厨房から料理を提供しているので、どちらの店舗からでも各メニューの注文が可能のようです。


  
カウンター背後の棚には茶葉の缶がたくさん並び、それらに取り囲まれる形で、真ん中に屋号が掲示されていました。正面玄関ホールに提げられていた「臺中市役所」の文字と同じフォントが使われているようです。


 
(両画像ともクリックで拡大)
ちなみに上2画像がメニューです。注文の際には、このメニュー用紙に自分でチェックを記入し、スタッフに手渡します。上述のように運営母体が紅茶専門であるため、ドリンク類は紅茶をはじめ、緑茶や烏龍茶などお茶がメインのようです。一方、フードメニューに関してはネーミングや内容がとっても個性的でユニーク。たとえば「唐揚鶏定食」「京都慢烤鯖魚定食」といった定食や、「炙焼鮭魚親子丼」などといった丼もの(日式丼飯)など、明らかに日本を意識したようなメニューが並んでいました。なお値段設定は定食・丼ものともに250元(約900円)からと、台湾にしてはちょっとお高め。

この記事を書くにあたって「台中市役所 Cafe」というワードでググってみたところ、実際に食事を注文した方々のブログがリストアップされたのですが、それらでレポートされている文章や画像によれば、定食類は大戸屋で出されるような、いかにも日本の定食らしい内容となっており、名前だけでなく、中身も日本らしさをイメージしているようでした。

 参考:こちらのブログの中程やこちらのブログなど(いずれも中文)で、定食や丼の画像が掲載されています。

盛り付け方や配膳の位置など、細部まで見るとツッコみたくなる部分も結構ありますから、台湾人が考えた創作和食と捉えるべきものでしょうけど、ご飯をお茶碗に、お味噌汁をお椀に、そしておかずを中心にして小鉢を周りに並べて…という定食一式が写された画像を見る限りではなかなかの出来栄えですから、ぜひとも現物を食べて実際の味を体感してみたいものです(現地まで行っておきながら食事を楽しまなかったことが悔やまれます…)。


 
店内利用の際には、一風変わった食器で提供されるらしく、私の訪問時に別のお客さんが注文したタピオカミルクティーは、いかにもレトロなガラス瓶っぽいグラスで提供されていました。先ほども述べましたように、今回私は時間がなく、この15分後には台中駅から出る列車に乗りたかったため、テイクアウト(外帯)で「市役所紅茶」と称するミルクティー(50元)を注文したところ、出された紙コップには運営企業である「古典玫瑰園」の名前がプリントされていました。なかなか美味でしたよ。


●2階と3階はアートスペース
 
 
ミルクティーを注文するに先立ち、私は館内を駆け足で一通り見学させていただきました。ここまで紹介してきましたように、1階は飲食スペースとなっているのですが、2階と3階はアートスペースとして無料開放されており、誰でも気軽に見学できます。
上の4画像は2階に展示されている作品の数々。いずれも台湾の現代アート作家の作品です。


 
もう1フロア上がった3階が最上階であり、天井を見上げると、梁がむき出しになったドーム天井の内側が覗けました。



3階の窓からは台中市政府(旧台中州庁)が望めました。一つの交差点に面して明治から大正にかけての建築がいまだに健在で、魅力的なランドスケープを生み出しているののですから、台湾という地は実に面白い。

台湾に詳しい方なら既にご存知かと思いますが、台湾各地では日本統治時代の古い建物をリノベーションして現代風に活用した施設や店舗が近年多く見られます。台北の「華山1914」や台南の「林百貨」はその好例であり、台中においては、パイナップルケーキの日出グループによる「宮原眼科」や「第四信用合作社」が成功していますが、この「台中市役所」はそれらの二匹目の泥鰌を狙った感が否めません。外観内装とも大変お洒落に仕上がっており、飲食メニューにもオリジナリティーを見出せますが、総じて二番煎じな印象を受けてしまいました。そのためか、私の入館時にはほぼ満席だった客席も、退館時には半分ほどが空いており、注目の新規開業店舗にありがちな熱気が今ひとつ伝わってきませんでした。もっとも、平日の昼下がりという時間帯も原因のひとつかもしれませんが、オープン間もないというのに、新しいもの好きの台湾人が行列を作っていないのですから、この先の運営がちょっと心配になります。ひょっとしたら現地の方々の間で「もうこの手の物件は食傷気味だよ」という気運が漂い始めているのかもしれません。でも、どんな形にせよ、こうして日本統治時代の建物が再び愛されることは、非常に喜ばしくありがたいことですから、今後のブラッシュアップに期待したいものです。


台中市西區民權路97號  地図
古典玫瑰園公式サイト
営業時間10:00~21:00(2階以上の芸術コーナーは17時まで)、第3月曜定休




.
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする