劇作家、随筆家 高田保
1895(明治28)年3月28日 - 1952(昭和27)年2月20日
1941年に大磯へ移ってきました。
以前、高田保公園の碑に刻まれている「海のいろは日ざしで変る」について
紹介しました。
国際建築 = The International review of architecture(宮内嘉久編集事務所/編 美術出版社)
1956年2月号に、この墓碑が掲載されています(p28)
そしてこの記事の写真と、設計士の谷口吉郎の文は
『谷口吉郎著作集』第4巻作品篇1(谷口吉郎/著 淡交社 1981年)にも
掲載されています。
前回は広津和郎が高田保について書いた「海の色」を紹介しましたが
追悼文も書かれています。
「高田保の死」
『広津和郎全集 第13巻 随筆二』(広津和郎/著 中央公論社 1984年)所収
高田保の作品
ぶらりひょうたん (毎日新聞社、創元社、創元文庫、角川文庫)
大磯で執筆された随筆で、
東京日日新聞に1948年12月17日から1951年3月21日まで連載されました。
『湘南・箱根』( 林房雄, 土橋治重/編 宝文館 1960年)の中に
「大磯記」(高田保/著)がありますが、
こちらは、「ぶらりひょうたん」中の大磯について書かれたものが集められていました。
「自治文化」(24/7/29)町民の歌
「藤村忌」(24/8/23)
「師弟」(24/11/11)天明愛吉
「暦日」(25/1/3)
「デスクプラン」(25/2/1)左義長
他にも
「海辺にて」(2/20)鰤漁について
「PTA」(6/15)吉田茂
「鐘・カネ・鐘」、「牡丹」、「葉隠れ精神」、「隣人」、「間違い」、「にせもの」、「雪」、「隔離」など
ちょっと大磯の話題に触れたり、大磯での暮らしが垣間見えるものも多いです。
河童ひょうろん 要書房 1951年
随筆集
大磯については
「藤村書斎」
「大磯ばなし」