氷室として築かれた石組みがわずかに町道側に残っている
氷室の中は土が流れ込んで原型をとどめていない
町道の横に露出した石組み
矢引迫 ( やびきざこ ) の氷室は、
福岡県築上町の真如寺から龍城院へ向かう町道の脇に
僅かに石組みが残っているが、
氷室として使われていた室穴は土砂が流れ込んで
原型をとどめていない。
氷室がある矢引迫は、戦後の植林で杉や檜が林立しているが、
戦前は茅葺の屋根の材料として使われていた萱の群生地であった。
秋になると鎌で萱を刈り取った後、露出した山肌を隠すように
大量の雪が積もる。
その雪を穴に詰め込み踏み込んだのが氷室であった。
遠く離れた 「 今井の祇園さん 」 に氷を馬車で運ぶのに、
夜中に出ていたと言われている。
また、矢引迫の地名となったのは、
この山上から攻めて来る敵をめがけて矢を射たことから始まる。
ここはかつて城井谷を治めていた宇都宮氏の領地で、
黒田の軍勢の来襲に備えていたと言われている。
その黒田軍の烏帽子を射たことから、
ふもとの真如寺には、烏帽子笠という地名も残っている。