《子どもと教科書全国ネット21ニュースから》
☆ 女性差別撤廃委員会2024年総括所見を読む
新倉修(にいくらおさむ 青山学院大学名誉教授/弁護士/国際人権活動日本委員会議長代行)
☆ 前提を確認しましょう
女性差別撤廃条約は、1979年に国連総会で採択され、1981年に発効しました。日本の批准は、40年前で、やや出遅れ気味の出発でした。
よく引き合いに出される憲法第98条第2項の「国際協調主義」は、戦前日本が国際法を蔑ろにして、無謀な戦争に負け、ポツダム宣言を受け入れて、新憲法の前文で「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しやうと努めてゐる国際社会において名誉ある地位を占めたいと思ふ」と誓ったことに由来します。この出発点を忘れてはなりません。
国際条約の効力にもはっきりした考え方に立ち、具体的な権利規定がある条約は、改めて国内法を制定しなくても国内での直接適用が認められ、しかも国内法と衝突するときは、常に条約の規定が優先されます。
だからこそ、日本政府は、およそ条約の批准に当たって、国内法との整合性を考慮する慎重な態度を取るのだ、というふうに理解されています。
その後、国際法は進化し、日本が批准している9つの人権条約はいずれも、いわゆる「個人通報制度」を設け、人権の保護・促進のために手厚い制度をつくりました。
すなわち、国際人権条約に定める人権が侵害されている場合で、当事者が国内の手続きを尽くしても救済されないときは、それぞれの国際人権条約の履行確保のための委員会に、本人や代理人が直接、救済を求めて通報することができます。
また、ヨーロッパやアメリカ大陸などでは、その地域の条約加盟国が参加する人権裁判所を設置しています。その国際的な性格をもつ人権裁判所が人権救済の決定を下すことによって、加盟国における人権の保護・促進を促すわけです。
残念ながら日本では、アジア諸国に呼びかけて、人権裁判所をつくろうという声はまだ上がっていません。
このように、個人通報制度や地域の人権裁判所の設置などは、国連の目的にも合致します。つまり国連憲章第55条は、国連の努力目標として人権及び基本的自由の尊重及び遵守を掲げ、加盟国に個別的に、または共同して協力する義務を定めています(憲章第56条)。
要するに、人権の尊重や遵守は、ここまでやれば良いというレベルの低い目標ではなく、それこそ「人類皆兄弟」の精神をもって、国家がその名誉をかけて努力しなければならない崇高な使命だとされています。
その点、日本も例外ではありません。実際に外務省は、ホームページで「日本の基本的立場」として、国連憲章第1条を掲げ、人権及び基本的自由は普遍的価値であると認めています。
また、日本政府は、国連人権理事会のメンバーに立候補するにあたって、人権尊重を誓約しています。
もちろん憲法そのものも、人権の尊重を高く掲げ、第14条は高らかに両性の本質的平等を保障すると規定しています。NHK朝ドラ「虎に翼」でも、これが重要なモティーフだとして取り上げられました。
☆ 第9回日本政府報告への2024年総括所見
さて、昨年10月30日に女性差別撤廃委員会は、日本政府の第9回政府報告に総括所見を示しました。政府報告は2021年9月に提出されました。
改善した点、努力した点はあるとプラス評価をした上でなお、不十分な点が多々あるという厳しい評価が下されました。
天皇の継承が男性に偏っているという指摘(最終所見の段落11。以下、単に「段落」と記す)に対して、政府はいち早く「我が国の伝統だからそれに触れるな!」と反論しました。
この問題を指摘するかどうかについて、委員の中では最後まで意見が割れていたそうですが、天皇が憲法上、国民統合の象徴とされているので、女性天皇を排除する法律(皇室典範)の規定はジェンダー差別の象徴と受け取られたのかもしれません。
しかし最重視の問題はそこではなく、(条約批准から40年も経つのに)
「個人通報制度」が実現されていないこと、
包括的な差別禁止法がつくられていないことでした(段落9、11)。
また、日本が「差別」と「区別」を使い分けて、差別を温存しているという全面的な批判もあります。
つまり、そうでないならば、「女性に対する差別の包括的かつ明確な定義」を早急に作りなさいと言うのです。
そのような法律をつくろうという機運がないのは、女性が国会議員になるには「壁」があるからではないかとも指摘し、立候補に必要とされる300万円の供託金の規定を削除しなさい、とまで踏み込んでいます(段落24)。
さらに深刻なのは、裁判所や国会も含めて、女性差別禁止条約を真剣に受け止めて、誠実に履行するように努力する姿勢が欠けている、という批判です。
とりわけ、夫婦同姓だけしか認めない法制度を取っているのは、世界でも日本だけという現実がありながら、裁判所の中には、これは憲法違反でもなく、国際条約にも反しないという判決を出したことがあり、このことを痛烈に批判しています。
国際ルールでは、条約は誠実に遵守する必要があり、国内法があることを理由にして、これに反する条約の履行を拒否することはできないのです。女性差別撤廃条約にも同趣旨の規定(第23条と第24条)があります。
ところが、その基本的な理解が無視されているので、総括所見は、裁判官、弁護士など、法律家を含む専門家は、「能力開発」を強化する努力をしなさいと注文を付けています(段落10)。
さらに、政府から独立した人権機関がまだつくられていない点も、重大です(段落21)。
この点は、女性の司法へのアクセスが不十分であるという指摘(段落18)、女性の地位向上のための国内本部機構がないこと(段落19、20)などでも、取り上げられています。
要するに、女性差別をなくすためには不可欠な組織という基盤があるはずですが、日本の場合はその基盤が弱すぎる、と指摘されました。
まさに「頂門の一針」です。この構造的な問題があるという指摘は、私たちに解決を迫っています。
☆ 根深い女性差別を解決せよ
日本社会には、社会の深部に構造的な問題があり、その上に、さまざまな女性差別問題があるわけです。少なくとも、女性差別撤廃委員会の総括所見は、このように問題をとらえています。
その上で、第一の問題は、ジェンダーに関する固定観念がまだ根深く残されているという点です(段落25)。
見逃せないことに、ここでも国会のあり方に問題があると指摘されています。すなわち衆参両院で女性議員の比率が世界でも下位にあり、ジェンダーに関する固定観念にとらわれていて、女性差別に対する敢り組みを妨げていると指摘されています。
この固定観念は、さまざまな社会活動や文化の領域全体にわたって顔を出しています。
この状況を支えているのが、テレビやソーシャル・メディア、ポルノ、ビデオゲーム、アニメの問題です。また民族的なマイノリティなども、ジェンダーに関する固定観念に対処することが求められています(段落26)。
さらに深刻な問題として、女性に対するジェンダーに基づく暴力(レイプやドメスティック・バイオレンス)や沖縄の米軍基地にいる米軍人による女性に対する性暴力(段落27、28)、人身取引と売買春による搾取や労働力の不法取引(段落29)にも、予防や「特化した措置」(問題にきちんと焦点をあてた施策)をとるよう指摘しています(段落32)。
「慰安婦」の権利への対処はプラスの評価です(段落33)が、前回の勧告(CEDAW/C/JPN/CO/7-8、パラ29)にも触れて、この関係での国際人権法上の義務を効果的に実施する取組の拡大・強化を求めています。
さらに「戦争犯罪及び人道に対する罪に時効はない」という原則(国連経済社会理事会決議1158号)を受け入れるように指摘しています。
その点ではさらに、「戦争犯罪時効不適用条約」(1968年国連総会採択)への加盟も検討してもよいでしょう。
とりわけ、2010年の刑事訴訟法の改正によって、人を死亡させた罪であって死刑に当たる罪(殺人、強盗致死などの重大犯罪)には公訴時効が廃止され、これらの犯罪は、時間の経過によって刑事訴追ができなくなるという「障害」が最早ないので、この重大犯罪に比肩する「戦争犯罪」に時効不適用を定める条約の批准に障害はないはずです。
☆ 2年以内のフォローアップ
さて、人権問題の解決のためには、当事者や利害関係者(ステークホルダー)を含む人たちが、立法権や行政権を持つ「当局」や「国民の代表」と対話を通して、問題の解決を図るという方法が好まれます。「建設的対話」というのは、まさにそのような意味です。
女性差別撤廃委員会も、日本政府の報告書の審査に当たって、日本国内における「建設的対話」の実施を強く奨め、さらに委員会での審査でも、日本政府代表やNGOなどの「市民社会」を交えた「建設的対話」を実施しています。
さらに委員会は、次の4つの課題、すなわち
① 選択的夫婦別姓の実現(段落12)、
② 女性候補についての国会選挙での供託金の削除(同24)、
③ 現代的避妊方法へのアクセスの確保(同42)、
④ 人工妊娠中絶実施での配偶者同意要件の削除(同42)
について、どのような措置が取られたのかについて関心を示し、2年以内に追加報告することを求めています(段落58)。
この総括所見の日本語仮訳も外務省のホームページに掲載されています。周知徹底するためですので、ご覧いただき、地方自治体との対話や交渉にも広くご活用ください。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 160号』160号(2025年2月15日)
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