コメント
 
 
 
太陽、月、蝕まれし日 (LIE)
2009-07-23 12:40:14
岡山では雲の切れ間から三日月型の太陽が見えました。会社の隣が建設会社で、溶接用のゴーグルを貸していただいて少しだけ観察。

源平合戦の最中にも日食が起こり、源氏の兵が動揺してその時は平氏の勝利に終わったとか。結局源氏の世になりましたが……。平氏には天文学に詳しい人がいたのだっけ。
知らないということは幸せなのか不幸なのか。
 
 
 
日食見たよ (will)
2009-07-23 21:50:27
滋賀でも曇ってたけど部分日食見えたよ。
上の書き込みのLIEさんと同じく溶接用ゴーグルでw
何か鹿児島の孤島まで高い金払ってツアー行った人もいるみたいだけど暴風雨で見えなかったらしいですね、神様のいたずらですね。
 
 
 
小説にもある「日蝕」 (オペラ座の灰燼)
2009-07-23 21:58:09
本当は直接太陽を見て観察するのはダメなのですが、今回は曇りで、
またほとんどカメラのディスプレイ越しでの観察でしたので、
もっけの幸いかもしれません。空を見上げていたのは3分ぐらいでした。

LIEさんがおっしゃる源平の戦いは水島の合戦(1183年11月24日(寿永2年閏10月1日))のようですね。
このときの平氏は朝廷の天文学者が味方についてましたから、
予測できたとか。ちなみに金環日蝕だったようです。
「日蝕」と聞いてあと一つ思い出すのは、平野啓一郎の『日蝕』です。
とても話題になって私もあの難文?を読みましたが、作品の内容をめぐって
モメてたことのほうが記憶に残ってるかもしれません。
 
 
 
今回は曇りでしたね。 (オペラ座の灰燼)
2009-07-23 22:07:51
willさんもご覧になられてたのですね。
日蝕の時間は、けっこう多くの方が一休みして
空を見上げていたように思います(笑)

日蝕ツアーに参加された人はお気の毒でした。
お金と時間と体力が必要ですが、天候が安定している地域で
起こる日蝕が観察できたらベストですね。
 
 
 
Unknown (LIE)
2009-07-31 12:31:30
おお、わざわざありがとうございます!
水島って倉敷ですね。結構近い(笑)
瀬戸内海は源平浪漫に溢れています。

平野啓一郎……読まなきゃなあ。
23歳で芥川賞かあ。今のわたしと同じ年だw
 
 
 
Unknown (オペラ座の灰燼)
2009-07-31 21:25:44
私は芥川賞は「新人」発掘の単なる話題づくりのための賞だと思っています(笑)。
もちろん候補になる人々の裾野は広いので、それなりの作品がでてるとは
思いますが。

平野啓一郎は当時「三島由紀夫の再来」とまでいわれてましたが、
塩野七生から直接、若くして評価された三島由紀夫の後ことを指して
お気をつけなさいと、なごやかな雰囲気のなかで釘をさされてたことが
印象に残ってます(笑)
 
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