エッセイと虚構と+α

日記やエッセイや小説などをたまに更新しています。随時リニューアルしています。拙文ですが暇つぶしになれば幸いです。

エセ探偵小説

2013-06-01 12:08:36 | 小説
住宅街にほど近い通りに点在する雑居ビルの一角にオフィスを構えるナチュラルシェイドという探偵事務所にはオーナーの田辺68歳と43歳の宮下隆俊と、大手の探偵事業グループが開設している専門学校を卒業したばかりの坂野智美24歳しかいなかった。
坂野は高校卒業以後ずっとフリーターをしていたが2年前に、海外ミステリーを読んだことによりハードボイルドの世界への憧憬が膨らみ過ぎて探偵の養成所とでも言うべきような専門学校へ貯めていたアルバイト代全額をはたいて入学し無事に卒業した。そしてここにやってきた。

1階が中華料理店である3階建てのビルはJR御徒町駅が最寄り駅の古びた造りであった。内装などはお洒落にしたが、外観はいたって普通というか寂れている。昭和風味という言葉が適当であろうか。
その2階にナチュラルシェイドは存在していた。カタカナの事務所名と外観はいささか不釣り合いな物であった。

探偵事務所と聞けばミステリーやハードボイルドという非日常の響きがするのだが、そこでは犬や猫やウサギや鳥や爬虫類まで失踪してしまったペットや動物の調査・発見を専門としていた。たまに浮気調査や盗聴器などの発見などのどこでもがそうしている探偵事業もするが、失踪してしまったペットの調査・発見が事業の8割以上を占めていた。
オーナーの田辺が長年動物園に勤めていたことがその理由といっても過言ではなかったが、隙間産業としての他事務所との差別化の狙いもあったのだ。

首都高を宮下隆俊が運転するホンダのフィットが青空の下を走っていく。
助手席には失踪した犬の案件の資料が入ったクリアファイルを見ている坂野智美がいる。
首都高を降りて三軒茶屋に到着すると適当な駐車場を見つけてホンダのフィットをそこに停めた。車から降りると宮下隆俊は歩き出した。
クリアファイルを手に持ちながら坂野智美も宮下隆俊の少し後ろを歩く。
オーナーの田辺から電話が掛かってきた。宮下は携帯に出る。
「新しい情報が加わった。探すべきはポメラニアンの5才の♂そして茶色の毛並み、好物は鳥のササミ、あまり人懐っこくはないという事が依頼主からの基本情報であったが、背中の毛の真ん中あたりに10円ハゲがあるという事だ。実際には10円玉よりは大きいらしいが500円玉よりは小さい円形脱毛らしい。以上が依頼主からの追加連絡だ」
田辺の年齢よりかは若い声に
「了解」とだけ応え宮下は電話を切って携帯をスーツの胸ポケットに仕舞う。
坂野はクリアファイルの中の資料にその情報をペンでメモした。そして
「失踪の出発点いわば依頼主の家があるのは中目黒の駅近くの場所。そして飼い主がよく散歩していたコースは三軒茶屋方面。その駅付近までくると鳥のササミを与えることが多かったという・・」と資料を読み上げ宮下の背中を見る。
「そう、だからいま三軒茶屋を私たちは歩いている」と宮下は坂野に言った。坂野は「たしかにそうかもしれません・・・」と首を傾げながらも頷いた。

宮下も坂野もポメラニアンを見つけようとそれなりに気を配って歩いていたが、目にする事が出来たのは飼い主により紐でつながれている犬だけだった。
とりあえず休憩として宮下と坂野はコンビニの冷房で涼んだ。
ヘルシアを宮下はレジに持っていき店員に
「この辺に野良犬がいるという噂を聞きませんか?」と尋ねる。
店員は「存じ上げません」と言うと
ピッとバーコードを読み込んだ。宮下は一瞬たじろいだがすぐに体裁を立て直した。明智小五郎はこんなことで動揺するはずがないのだ。

コンビニの前で坂野はヘルシアを飲む宮下に「足で噂を聞いて探すだけで見つかるのですかね?」と言う。
「いままでそうして19年間やってきた。何匹ものペットを飼い主の元へと還らせた」と宮下はフチなしの眼鏡をキラリと光らせて、坂野の目を見ることもなく言うとペットボトルをゴミ箱に捨てまた歩き出した。坂野ははたして大丈夫だろうかという冷や汗を背中に感じ先を行く宮下のあとをついて行った。

6月の梅雨時とはいえもうほとんど夏だ。蒸し暑さに行方知れずのポメラニアンも動きを遅くしているはずだ。宮下はそう思いコンビニの袋を下げ歩いた。中には鳥のささみが入っている。猫用の物しか置いてなかったがそんなことを気にしていたらハードボイルドなんてやっていられないと、宮下は事務所の神棚の横に飾るようにして並べてある江戸川乱歩全集に想いを馳せる。

三軒茶屋をうろちょろと2人で探し回るのでは埒が明かないことに気付いて宮下と坂野は自衛隊の駐屯地の周りををそれぞれ手分けして行方の知れぬポメラニアンを探すことにした。
はじめからそうするべきなのになんだかな~と坂野は思ったが、押し黙り何を考えているかのよくわからない宮下の方を振り返りもせずに駐屯地の壁に沿いながら中目黒方面へと行く。

一方、宮下はハードボイルドにキメたと思っていたアルマーニのスーツの下にはびっしょりと汗をかいていた。坂野という女性の新入探偵が事務所に半年前に来た時からどう話しをしていいか全くわからなかった。
彼にとっての探偵としてのハードボイルド雰囲気はそんな女性にな臆病な自らを覆う為の隠れ蓑にしか過ぎないものになってしまっていたのだ。
1人で探偵の実務をこなしていた時はハードボイルドな心象風景にただ落ち着かせていれば失踪したペットは自然と見つかった。数人の近隣の住民に野良犬や野良猫の噂を聴き込みして、あとは彼らの好物を明智小五郎になりきって閃いた場所に置く。ただそれだけだった。神棚の横の江戸川乱歩全集をその度に宮下は拝んだ。
自衛隊の駐屯地の壁はそんなに長く作られていた訳ではなく宮下の行く手をすぐに未開の土地へと放った。
外国製のクールビズはあまり風の通しが効いていないように思えた。

坂野は駐屯地をだいぶ離れて中目黒の方へと行くと電柱下に丸くなり寝そべっている茶色の犬を見つけた。驚かさないように近付く。背中に10円玉よりはだいぶ大きくなった円形脱毛があった。さらに近付いて持ち上げようと手を腹の下に入れようとした。背中に円形脱毛がある茶色のポメラニアンはギャッと吠えて立ち上がると一目散に中目黒とは反対方面のいままで坂野があるいてきた道を走っていってしまった。ちくしょうと心の中で坂野は思い携帯電話を宮下に掛けた。
「なかなか見つからないな。そっちはどうだ!?」と疲れているが悠長な宮下の声がした。坂野はせっかく見つけたポメラニアンを取り逃がしたことも合間ってイラッとして
「自衛隊の駐屯地方面にポメラニアンが走っています」と語気を強めて言った。
「見つけちゃったのか・・・」と宮下は残念そうに言ったが手元の鳥のササミをとりあえず開けて駐屯地方面へと急いだ。坂野は電話を切り携帯をバッグにしまうとポメラニアンを追った。

自衛隊の駐屯地の門の前まで来て宮下は明智小五郎と江戸川乱歩全集を思い浮かべた。そして鳥のササミの開いた缶をアスファルトの地面に置いた。そこで腕を組み、ハードボイルドを意識して立ち尽くしていた。空気は静まりかえって時が止まっているようにさえ感じた。

3分後舌を出してハァハァと息を切らせながら、チャカチャカと道路を走る茶色のポメラニアンと「待て~」と言いながらそれを追う必死の形相の坂野が怒涛に、自衛隊の駐屯地前の立ち尽くしている宮下に向かって走ってきた。宮下の足元には鳥のササミの缶が置いてある。
ポメラニアンは鳥のササミの缶を蹴飛ばすとそのまま先へと行ってしまった。坂野は宮下の前で膝に両手をつき肩で息をしている。
「大丈夫か!?」と宮下は混乱していたが精一杯のハードボイルドな声で坂野に声をかけた。
「大丈夫なわけないでしょ」と坂野は苦しそうに言った。
宮下は鳥のササミの缶を拾うと
「事務所に帰ろう・・・」と坂野に言い駐車場へと歩き出した。
坂野はハードボイルドなんて読まなきゃ良かったと思って宮下の少し丸まった背中を見ながら歩いた。
その日はホンダのフィットで事務所まで帰った。宮下は田辺にポメラニアン取り逃がしましたと言い神棚の横の江戸川乱歩全集を改めて拝んだ。
田辺は「そうかまぁそんなこともあるよな」と落ち込む宮下と坂野に言った。坂野はポメラニアンを取り逃がした苛立ちが収まってきていた。そして家に帰ると本棚のエドガー・アラン・ポー全集から1冊とってソファーに座り読んだ。ハードボイルドの世界はやっぱり面白いとクスッと笑った。

宮下はアパートに帰るなりスーツを脱いでシャワーを浴びた。そして出ると発泡酒を呑んでいた。携帯の着信が鳴る。それをとると
「あぁあのポメラニアン依頼主の中目黒の家に帰ってきたって」と田辺の元気な声がした。宮下はTシャツにボクサーパンツでソファーに座ってまた一口発泡酒を呑んだ。そして明智小五郎を思い浮かべて、ハードボイルドってやつは難しいなぁとため息をついた。

それから失踪したペット捜索の主導権は坂野が持ち、宮下隆俊は19年目にしてペット捜索探偵業務の下働きに戻った。最初に田辺の元でそうしていたように。
宮下隆俊はハツラツと探偵業務をこなす坂野智美の姿を見つめながら、笑顔で「やれやれ」とつぶやく日々を幸せに思い江戸川乱歩全集と明智小五郎と田辺に感謝した。



※フィクションであり実在のものとはあまり関係ありません!(◎_◎;)たぶん

アメ横探訪

2013-05-23 21:06:47 | 小説
そのチェーン展開しているカレー店では注文するためにまず出入口にある券売機で食券を買う必要があった。谷川史郎は、白枠の冷蔵庫よりは小さなその機械の前に立ち、表面に幾つも配列されている楕円形のプラスチックのボタンを見つめていた。
千円札を券売機に挿入するとすべてのボタンにライトが点灯する。そこから大盛ビーフカレー750円のボタンを選び押す。ジーカシャンというような機械音と共に大盛ビーフと印字されている小さな紙が券売機の下の銀の鉄製のスペースに落ちてきた。
谷川史郎は食券を取り、釣銭レバーを下へ倒して排出された硬貨を取りそれを財布に閉まう。
そして食券をカウンター席に座って店員さんに渡すと軽くため息をついた。
「ビーフ大盛り 一丁」という力溢れる元気いっぱいの声が御徒町の一角の店内に響いた。時刻はまだ午後4時にもなっていないようだった。
谷川史郎はアメ横から御徒町を歩き様々と見て回っているうちにすっかり空腹になっていた。外食したのは久しぶりの事であった。

その頃、宮下孝俊は上野の不忍池を周回していた。日曜日の午後、家族連れで溢れていた。宮下孝俊は1人で歩いていた。左腕に巻いているカシオの時計は午後3時45分を示している。
少しばかり急な階段を上がり、とうにシーズンは過ぎて枝葉だけになっている公園の桜の並木道を通って、西郷隆盛像を目指した。銅像の後頭部が木の枝越しに見えて、ようやく辿り着くと西郷隆盛像を下からまじまじと見上げた。
宮下孝俊は買ったばかりのデジカメで西郷隆盛像を撮る。そして階段を下ると上野の街を散策した。カラオケ館の5階だてのビルから御徒町方面へと歩いた。アメ横通りはすぐ左向こう側に並行するようにあるのだが日曜日の午後4時という、時間帯にそこに入り込むことが宮下孝俊にとってはあまり気の乗らないことであった。決して広いとは言えないアメ横通りよりは、道路沿いの道を自動車の排気ガスを吸い込みながら歩くことを選んだ。

一方、谷川史郎はカウンター席で水を飲みながら、5分もしない内に差し出された大盛りのビーフカレーをスプーンで勢いよく食べた。そして10分もしない内に食べ終わると御徒町のカレー店を出てまた歩き出した。その前にあるバッグ屋にはドイツの国旗が小さなロゴとしてつけられた手さげのカバンなどが並べられていて谷川史郎の知識欲を刺激する。
横断歩道に差し掛かると、東京無線のタクシーがいつものように停車していた。横断歩道を渡り、ラフな格好をしている人が多い事で谷川史郎は今日が日曜日だということを何よりも実感した。ドラッグストアを通り、JR御徒町駅の高架のコンクリートの壁に沿って上野へと歩いた。
谷川史郎はアメ横に入るとABCマートで黒のコンバースの靴を見ていた。

宮下孝俊はアメ横を歩いていた。やはり混み合っていたが、どんな風に人が交差しているのかということが知りたくなり久しぶりに見て回った。
ABCマートの前を通ると靴をじっと見ている冴えない男が視界の片隅に入る。宮下孝俊はその男を自分となんだか似ているなと思い上野の街を引き上げて家に帰った。

谷川史郎は黒のコンバースを購入した。そしてアメ横を抜けて上野公園に入り階段を上った。西郷隆盛像を見ていると不意に写真が撮りたくなり公園にある売店でインスタントカメラ24枚撮りを買ってすぐ袋を空け、西郷隆盛の前に立つとやはりインスタントカメラの小窓を覗き込んで写真に収めた。

ガストに落ちた真夏の破片(試しup)

2013-05-21 20:57:01 | 小説
宮下孝俊は自転車で図書館についた。
地下の自習ルームへと降りる階段は金属製の滑り止めの溝に泥や埃や詰まってしまっていた。円筒状の木目に新調された手摺に手のひらをたまに触れながら地下に着くと、水飲み機と自販機の傍を通り、自習室のドアを開ける。人の熱気で溢れていた。長テーブルが幾つも並べられ、その右奥が幸運なことに空いていた。
宮下孝俊は背負っていたリュックサックを置くとパイプ椅子に腰掛け、リュックサックのなかから筆記用具とノートそして量子力学の専門書を取り出し勉強をしはじめた。
真夏という事と自習ルームに詰め掛けている人々の頭から発せられる知恵熱がその場の空気をとても重たくしている。
宮下孝俊にとって量子力学を勉強することはさして重要な事ではなかった。日曜日の昼に図書館で資格や学校の勉強をしているような清楚だと思われるコンサバ系の服装に身を包んだ女性が好きであった。40歳を超えたいまでも女性を図書館で観察する悪癖をやめられないでいた。高校生の頃から恋に奥手で、20代の頃に同僚の女性と僅かな期間交際したことや、30代の後半にもちょっとした恋愛をして、そんな悪癖は治ったようにも思っていた。しかし、大手スーパー・ダイオーの子会社でマーケティング情報をExcelに打ち込む作業を繰り返すうちにそんな悪癖はすっかり元に戻っていた。
今日はこんなにも熱く蒸れているから後ろから見えるシャツから透けて見えるブラジャーは宮下孝俊の心を踊らせた。量子力学の本を閉じて水を飲みに行く。宮下孝俊は大きな身体を丸めて水を飲んだ。暑かったからとても美味しく感じて、爽やかな心持ちになる。
自習ルームに戻る際に、髪を後ろで束ねシャツに紺のスカートという感じの女子大生と思われる女性がいるのがわかった。宮下孝俊は席に戻るなり汗でシャツが濡れ透けたブラジャーを眺めていようとしたのだがその日はそんな自らの愚かしさへの羞恥心が突然、沸き起こりさっきまでの興奮は冷めていた。なぜだろうか。
次の日、会社の隅っこで黙々と表計算をした。帰り道にスーツ姿のまま銭湯に寄って20代がそうであったように大きな浴槽に浸かってマンションに帰った。そんなことは久しぶりであったが、マンションのユニットバスでは真夏の汗を流し切るには狭すぎる。
パソコンやケータイなど適当にいじりながら夜を終えると床について、夢を見て、朝起きるといつもと同じ電車に乗り込んだ。
宮下孝俊は、対人恐怖症を抱えていた。またその神経質な性格のためあえて後方車両の空いているところをいつも選んで乗ってもいた。人が多くいる空間が苦手だった。心療内科に月1回通い薬をもらうためと少しばかりのアドバイスを期待していつも行くがたいてい空振りだった。

その日もやはり会社で表計算をして家に帰った。そんな独身男性の日常生活を繰り返してまた日曜日になった。宮下孝俊は喜び勇んで図書館へと出かけた。まえに見かけた女性がいるような気がしたからだ。
やはり自習ルームへ行くと先週いたコンサバ系の女子大生と思われる女性がいた。幸運なことである。
その日は、分子生物学の参考書を広げながら女性をたまにチラッと見て、気づかれたのではないかと不安になった。そしてやはり悪癖への執着心が影を潜めつつあったのだ。

智美は真夏の陽が照りつけるキャンパスの中庭を1人で歩いていた。イベントサークルの飲み会がきょうあるらしいことが友達の葉子からメールで伝えられた。それを断ると横浜の元町を歩いて家に帰った。家で雑誌をめくったり
過ごして、この前図書館で借りた分厚い本をまだ手もつけずに持て余していた。自習するために、というより大学のレポートを書くためにたまに図書館の自習ルームに行く帰りに1冊は小説を必ず借りる。とくに目標のように決めているわけではないが、目の前にある分厚い本は外国の作家のもので装丁が気に入ったから借りたのだ。もしかしたら、読まずに返却することになるかもしれないと智美は思う。以前興味本位にホーキングの宇宙に関する本を借りたのだが、開くこともなく返却期限がきてしまい。借りたこともすっかり忘れた頃に図書館司書のしわがれた声の老人に電話越しに説教をされたのが嫌な記憶として残っていた。
智美は大学とアルバイトとレポートに追われ、なかなか趣味の時間がとれないでいた。

真夏の太陽は陰ることを知らないかのように思えた。

宮下孝俊は荒川の土手を日曜日の午後に独りで歩いていた。少年たちが川に入ってふざけあったりしていた。それを横目で見ると、自販機で100円の缶のバヤリースオレンジを買って飲んだ。近所にある120円以外の自販機を宮下孝俊はとりあえず頭に叩き込んでいた。
ひとしきり荒川の土手をゆったりとした歩調で行った。商店街の方面へ行くと、コンビニのゴミ箱に空き缶を捨てガストに入った。ドアを開けると男性の店員が何名様ですか?と聞いてきたので、「1人」とだけ告げると禁煙の奥の席に案内された。陽射しがあまり当たらないように思えたが、かえって宮下孝俊にとってはそれは良いことだった。42歳になって会社とアパートのひたすらの往復に疲れと喜びを感じていた。太陽があまり強くあたり過ぎる場所は彼にとって好ましいものではないようだった。

ガストで注文を取りにきた女性は図書館で見かけた女子大生であった。宮下孝俊は驚いて、
『ハンバーグ定食とドリンクバー』といつもより甲高い上ずった声で注文した。その女子大生は、
『かしこまりました』と言うと厨房に引き上げた。テキパキとした動作に42歳の宮下孝俊の心はまたも踊り、心臓が強く鳴った。

厨房は戦場であった。席は満員、子供連れはたくさんいて、そしてたまにクレーマーが現れ智美が対応にあたった。智美にはクレーマーと厨房の誰もが呼ぶ男性や女性の客をなんとかなだめて、誰よりも足繁く通ってくれる上客にすることのできる特殊な接客能力があった。時給920円で遣われることが安いくらいである。極めて理知的であり、また優しかった。
その日の厨房ではフライパンがフル稼働していた。盛り付けの係りの人間が何回か皿を割った。割れた陶器の破片を箒で掃くこともできずにスニーカーや作業靴で各々がそれをたまに踏みつけながら料理を作り、オーダーを受け、運んでということを繰り返した。厨房の3人も接客の智美を含めた3人も疲れ汗だくであったが、不思議と連帯感がいつもの何倍も生まれていた。それぞれが忘れていた笑顔を取り戻しているかのように智美には見えた。もちろんそんな智美自身にとってもである。

宮下孝俊はハンバーグ定食を割り箸で食べ、ドリンクコーナーで爽賢美茶をつぐ、途中カルピスと迷ったが水で何倍にも薄められたドリンクならお茶がましだという結論に達した。さっき100円で350mlの清涼飲料水を飲んだばかりであったし少しは糖分を控えなくてはならない。42歳という年齢は決してもう若くはないのだ。
宮下孝俊が日陰の席に戻るなり、とある客席で女性客が注文したのにくるのが遅いということで、なにやらその図書館で見かけた女子大生のアルバイト店員に文句を言っているようだった。女子大生アルバイトはオーダーの遅れた事を丁寧に詫びて厨房に戻ると皿に盛る量をなるべく多めにして持っていき、こんどは真っ先にお客様のオーダーをお運びしますというような旨のことを爽やかな笑顔で言い。女性はむしろ上機嫌になっているようにさえ見えた。宮下孝俊の観察は気のせいだったのだろうか?

宮下孝俊は店を出るとマンションに戻った。あくる日出勤のためにいつもの後方車両に乗っていると、昨日ガストで見かけたアルバイトの女性いや、図書館が何回か見かけた女性がシートに座って分厚い本を読んでいた。図書館のバーコードのタグがついていた美しく西洋絵画のような装丁でカタカナの多いタイトルと作者。外国文学だろうと宮下孝俊は思い。その女性の前に立って吊り革を優しく触った。
「その本はアーサー・ミラーかな」と宮下孝俊42歳は、智美19歳に声を掛けた。朝の電車は夏なのにどこか重苦しい雰囲気であった。
智美は、「もしかしたらそうかもしれない」とだけ言うとまた本に目を写した。宮下孝俊は一瞬たじろいだが、「この前の接客は見事だった。あの対応は素晴らしかった。」とつぶやくように言った。
智美は「ありがとう」と言うと、続けざまに、「この本はデレク・ハートフィールドだと思う」と冷静に宮下孝俊のことを一瞥もせずにつぶやいた。
「外国文学いや、文学には疎くてね」と宮下孝俊は言う。
「私はサイエンスには疎い」と智美は本を閉じて言った。
「そうかもしれない。」と宮下孝俊は言って、
「いつか食事をおごりたいな」と宮下孝俊は冷静だが熱心に言った。智美は本をバッグにしまい眠った。宮下孝俊はそこを去ると空いているシートに腰を降ろした。


それからいろいろ都合の良い事があって宮下孝俊と智美という女子大生は荒川の土手を2人で手を繋いで歩いた。夕日は2人の姿を美しく照らしていた。




※!(◎_◎;)村上春樹さんの小説を読んだので、少し意識して書いてみました。なかなかドイヒーな文章であり、ストーリーかもしれませんm(._.)m!
ちょっと最後の方、疲れて雑に書きました。よく推敲していないので、upを躊躇ったのですが、勢いで試しupです(@_@)!!

束の間の休息

2013-05-18 13:53:05 | 小説
私は電車に乗り込んだ。揺れる電車の後方車両の真ん中。シートから立ち上がり吊り革を両手でつかむ。平日の昼間ということで誰1人いなく私は窓に流れる風景を眺めていた。
駅で停車しドアが開いた。誰も入ってこない。熱気が立ち込めドアは閉まり私は吊り革から手を離すと前方の車両に近付いた。その後ろから2番目の車両にも人はいず私は安堵のため息をついた。揺れる車内を歩いてまたシートに座った。車窓に流れる風景に田園が増えた。東京から随分離れた。
私は車輪とレールの擦れる音を打ち消すためにポケットに忍ばせていたMP3プレイヤーとヘッドフォンを膝の上にのせる。耳にヘッドフォンを装着して邦楽ロックをそれなりの音量で流した。電車はまた何処かの駅に停まり、そして発進した。何曲か聴き終わると私はMP3プレイヤーとヘッドフォンをまたポケットにしまい込んで立ち上がり車内をぐるりと歩いてみた。誰もそこにはいない。電車の揺れは田園風景と同じように穏やかだった。たまに大きな工場地帯が見えた。そのたびに私はそれがなんの工場かということに想像を巡らせた。唯一、ガム工場は社名が大きく出ていたのでわかった。
北与野に着いた。降りると、ポケットに手を入れて階段までの距離を歩いた。草と土の匂いがして、5月の光が私を照す。階段を登りきり、改札に切符を入れて、北与野の駅の階段を下る。
駅前に出ると、ちらほらとチェーンの店やコンビニがあったのだが、何メートルか先は田園や田畑や草木が多く私の不安を5月の光の中に溶けさせた。
マクドナルドはその中で居心地の悪そうに建っていて、私はそこに足を踏み入れる。元気の良い店員の女性にココアを注文して、席に腰を降ろす。
私はそこで眠った。たぶん疲れていたのだろう。そして店員が起こしたのならまた東京に戻らなくてはならない。

郷愁

2013-05-09 11:29:57 | 小説
店内でアフリカン系アメリカ人がタコスを注文していた。レジのヒスパニックのふくよかなパートタイムレディーは、緑色のストライプの制服を着て、50セントのメッシュのノースリーブを着ているそのアフリカン系アメリカ人にタコスをスーパーサイズにしないかと勧めているようだった。ぼくは射し込む陽射しを透明のガラスの自動ドアを通して受けながらレジの行列の最後尾に立って、その様子を見ていた。
レジまでの距離は、アメリカンスピリットを持ちうるもの同士特有の個を主張するというアイデンティティーに基づいた会話音量により殆どないも等しいものに感じる。ぼくは彼らがいや彼と彼女らが、レジを真ん中にして、スーパーサイズにするかどうかで議論している下に、テンガロンハットでも置いて周りの観衆がおひねりを入れれるようにしたい衝動にかられたのだが、実際にぼくが東洋人としての黒髪の上に被っていたのは青のベースボールキャップであったから、ただ他のレジに並ぶアングロサクソン系や、やはりヒスパニック系やアフリカン系やアイリッシュ系のアメリカ人達と一緒に眺めていた。
結局、アフリカン系アメリカ人は全盛期のホリーフィールドのように隆起した上腕二頭筋の間に、185cmはあるであろう体格に酷く似合わないタコベルの赤いロゴの入った茶紙袋を抱えて店を出た。タコスの最大サイズをこれから、家でアメフトでも見ながら食べるのであろうか。
ぼくは薄黄色い壁紙の内装の斜め上を見る。SAMSUNGの32インチの薄型テレビが壁に張り付くように掛けられていてスーパーボウルの中継が流されていた。店内でのお喋りを遮らないためなのか、何度か聞いたことのあるがなりたてるような実況はミュートにされている。
数分が経った。
レジがぼくの番になると遠目で見るよりもタコベルのパートタイムレディーは迫力があり、丸いあごに青い瞳を真っ直ぐとぼくを見て、英語は喋れるのか?と尋ねてきた。どうやらタコベルの社内規範では東洋人には必ずそう聞くようになっているらしく、ぼくは少しだけだと応え、スーパーサイズのタコスをコーラとオニオンリングをトレーの上に乗せ、窓際の通り沿いのカウンター席に腰を降ろした。赤い皮性の丸椅子はピカピカに光る金属の支柱に支えられていたが、あまりにも高く足がブラりと浮く。よくスパイスが効いたマスタードチリソースは、タコスを頬張るぼくの味覚を強く刺激し、ニューヨークの外れの通りでのひと気のない光景をタクシードライバーでロバート・デニローロが選挙事務所から出てきた時のようなエキサイティングなものに変節させる。
タコベルを出るとトレーに乗っていた日本のファーストフードで見るよりも何倍も小さな白いカサカサとした紙ナプキンで口元を拭い、それをタイムズスクエアに通じてる昼間なのに何処か仄暗い匂いの立ち込める路地裏の赤レンガ造りの建物の前にポイッと捨てた。そこはひと気がまるでなく立て直しが予定されているようで黄色と黒のフォックス柄のパッキングテープが出入口に貼り付けられていている。

ぼくは57番街地の安宿を引き上げて、東京に戻った。

2階の蔦の絡まるコケが生えてしまったボロアパートに入ると、貴重品だけを入れて持っていたポーターのミニショルダーバッグを畳敷きの床に静かに置き、冷蔵庫から水を出しグラスについで2杯ほど飲む。喉がそれを欲していた。あまりニューヨークの水は美味しいとは言えなかった。ウォルマートで買ったエビアンでさえも。
殻になった2リットルのペットボトルを台所に置いたままにして眠りにつく。時刻は夜の11時を回っていた。

アパートの前にはアジサイが咲こうとしている。YAMAHAのビーノに乗って青梅街道を直進し、スーパーのダイオーを目指す。ダイオーの地下にある駐輪スペースにビーノを停めて鍵をショルダーバッグにしまうと、いったん地上に出てニューヨークよりは厚みのない、光化学スモッグの東京の空を仰ぎ見た。雲の切れ間に覗く空はニューヨークのそれよりは蒼く、アイドルのDVDで何回も見ている沖縄の澄んだ空に比べるとかなり淀んでいたが、夏の到来を予感させる程に晴れ渡っている。
ぼくは勝手口から4階まで上がり、ネズミ色のロッカーでエプロンとシャツに上半身だけ着替えて3階まで降りた。バッグヤードの両開きの扉を開けてギフトコーナーの奥の事務室にノックをして入った。
中には、誰も居なくてタイムカードを押してぼくはキッチンハイターやエリエールやいち髪やキュキュットなどの住居用品を並べ、ひとしきり段ボールを片付けると、レジを手伝いその日の5時間のパートタイムを終え、また誰も居ない事務室でタイムカードを押して、着替えてビーノに乗り家路につく。青梅街道は暮れて太陽は沈んで三日月が出ていた。レモンイエローの発色光を浴びながらアパートに戻る。
そのまま寝てしまおうかとも思ったが荻窪駅近くのマクドナルドに向かった。

マクドナルドの店内に入るとレジですぐに注文することが出来た。チキンナゲットとコーラだけを頼んだ。クォーターパウンダーのバリューセットを勧められたがぼくはこれ以上太れないとそれを断った。500円玉1枚のサービス期間であったようだ。
禁煙の席に腰を降ろす。チキンナゲットの紙のパッケージの蓋をあけて、バーベキューソースに付け食べた。ニューヨークのタコベルのタコスよりかは刺激が少ないがそこには一種の郷愁があった。
後ろを振り返って、よく磨かれたガラス越しに夜の闇を確認する。マクドナルドの店内から三日月は見えない。
ナゲットを食べ終わり、トレーを下げてストローを差したコーラだけをもって自動ドアの灰色のボタンを静かに押し、外に出た。
三日月を見上げコーラを飲みながら、歩いた。そして部屋に帰ると、ノスタルジーというものはアイデンティティーを確立する事よりもぼくには意味がある事だと感じてせんべい布団の万年床に入り寝た。

次の日、ぼくは電車に乗って所沢の西武ドームに行った。

先発の岸はストレートの走りが悪く、カーブのキレもその日は良くないようだった。対して、スワローズの石川は持ち前の針の穴を通すような制球力と多彩な変化球のキレで西武打線にゴロの山を築かせ、スコアボードはスワローズの畠山のタイムリーなどで、0-3のまま8回の裏を迎えていた。西武の攻撃である。
好打順であったが、スワローズは石川の出来の良さに完投させるようだった。
右バッターボックスには片岡が入りデイゲームの球場が湧いた。ぼくもウェーブの波にしれっと参加し、勝負の行方を見守った。
片岡は初球を見事にレフト前に運んだ。ストレートの球威は明らかに衰えていた。
スワローズバッテリーは当然片岡の盗塁を警戒して何回も牽制をし、バッターボックスの栗山を焦らさせる。1ストライク1ボールでマウンドから放られたカーブを栗山は力一杯振り抜いてライトスタンドに運んだ。スコアボードは2-3になっていた。その後の中島も出塁して、スワローズのピッチャーは館山に交代した。中村は初球のストレートを見逃すと、マウンド上の館山は少し余裕を感じたようだった。ぼくは夏はまだ先のはずなのにだいぶ、スタジアムが熱気に包まれているのを感じていた。
館山のスライダーは中村から逃げるようによく曲がった。中村は大きく空振りをした。ストライク2である。館山はストライクゾーンの外にストレートを1球投げた。
中村はそれを見送ると肩で深く息をした。中村は明らかにホームラン狙いであり、館山もその勝負に応じようとしている。どよめいていたスタジアムは静まり返って勝負の行く末を見守った。ぼくは中村がホームランを打ったら帰り際に駅で宝くじを買おうと思った。
マウンドの館山は呼吸を整えると、サイドハンドから目一杯のストレートを放った。中村のインサイド高めにそれは来て迷わずバットを振り抜いて、打球を引っ張った。蒼い空に、大きく放物線を描いた打球はレフトのフェンス手前で失速して、畠山のグローブの中に収まった。

結局、2-3でスワローズが勝ちMVPには畠山が選ばれた。西武は負けた。ぼくは宝くじを買う事なく駅から、自宅のある荻窪に戻る。そして部屋でアイフォンをせんべい布団の上でタッチし、Twitterのアプリを立ち上げて、誰とにでもなくありがとうと呟いた。