この記事は自分の気持ちを整理するために書きます。
こたろうとであって3週間以上経ちました。正確には26日ですか。
体重を測っていないので、感覚的な事でしか言えませんがあっという間に「随分」大きくなりました。
犬は2ヶ月で人間でいうと3才になるそうで、6ヶ月は9~11歳だそうです。(早見表によって違いました)
こたろうは大切な大切な5ヶ月ちょっとを、ほとんどペットショップのケージの中で育ったんですね。
関わるのは同じショップのわんこや、店員さん。そしてお客さん。
お散歩はしたことがあったのでしょうか?ないですよね。
そんなこたろうが不思議なご縁で我が家にやってきて、何の疑いもなく私と娘にじゃれついて、おトイレも躾けられたかのようにシートで出来て、ほとんど吠える事もなく、誰が来ても警戒心など全くないかのようになついてくれます。
前のわんこロッキーは生まれて1ヶ月半の時に我が家にやってきましたが、当時の事はほとんど覚えていません。よく吠えたので吠えないように躾けるのが大変だった気がします。トイレの躾けも失敗してしまいましたので、散歩に連れ出して用を足さないとダメでした。ただ、人懐こいのは同じでしたね。ミニチュアダックスは人懐こいのかな?
ロッキーは私が手術した年(2015年1月に手術)に天国に行ってしまいましたが(2015年10月)、私自身その年は術後で精神的にも肉体的にも最悪な時期でした。
彼の異変に気づき、お医者さんに通わせながらも、私は自分の事が一番大切でした。
もう長くはないだろうと思われた時期も、夜は彼を一人で寝させていました。自分の身体が一番だったから。
後になって思えば最後の頃位は一緒に寝てやればよかったと、後悔ばかり。
ロッキーがなくなったのは10月11日ですが、その3日後には旅に出る予定があったので、その予定をキャンセルしようかと思っていた矢先のことでした。あの時の状態では、家族が帰ってくる夜まで一人で留守番などはできなかったので。
術後初めての泊りの旅。旅好きな私の復帰第一弾の旅。キャンセルはやむを得ないなと思った矢先のこと。
旅に出てきなよ。とロッキーは私のためにこのタイミングで逝ってくれたような、そんな勝手な解釈で旅に出ました。
奈良の山の辺の道16キロ。お友達と二人で無事に歩き終え、これで完全復帰かと思ったけど、その後もまだまだ大変でした。
本を読んでくださった方は、ご存じでしょう。
それから1年10ヶ月。2年もたってないんだなと、驚きます。
この間、可愛そうな動物たちのためにできる事を模索し、ネコのシェルターにボランティアに行ったりもしました。また今度もし犬や猫を買うとしたら、里親になるんだと決めていましたが、里親になる資格も色々大変な事を知りましたし、やっぱりミニチュアダックスがいいなあ、できるなら子犬の時から飼いたいなあ。。などとまたも自分勝手な私がいました。
だからもうわんこは飼えないと思っていた矢先の、こたろうとの出逢いだったわけです。
私のポリシーに反する行動。ペットショップで犬を買う。
こたろうを見た時に、ああ、この子だ!とも、めっちゃ可愛いじゃんと思った訳でもなく、脳みそのどこかが勝手に購入の意志を口にさせて、その日のうちに連れて帰ってしまった…という感じだったんです。
売れ残りだった事も一つの要因ではあります。買わずに帰る事ができなかったのです。これはもう文章や言葉には表せない流れなんです。
しかも、まさにその前日ロッキーとマイケルが桜の木の下を走る絵を描いたばかり。ずっとロッキーの走る姿を上から見る所を描こうと思っていたのですが、最後にマイケルを隣に寄り添わせたのは自分でもふしぎでした。
拙い絵ですが、日付を見てください。9月3日、こたろうと出逢う前の日なんです。本当に不思議です。
こたろうが来て、3日目でしたか、夜中フローリングを歩くような音が聞こえました。それは2日続きました。
ロッキーの、爪が床に触れてカチカチと音を立てて歩いていたような音でした。ケージに入っているはずのこたろうが脱走したのかと思いましたが、何故か見に行くような気持ちになれなかったんです。普通なら心配して見に降りると思うんですが、それは娘も同じで、その音は聞いたけど見に行かなかったって言ってました。
その時、もしかしたらロッキーがこたろうを見に来たかなって思いました。
同じ犬種で、小さい頃の色と似ているという事もありますが、こたろうがそこにいることに全く違和感がなく、する事もどんどんロッキーに似てくる。
もう何年もここにいるかのようなふるまい。
それでふと思ったんです。生まれ変わりって本当にあるのかなって。
私はロッキーが天国に行く前をはじめ、ロッキーに何かと我慢させたり、厳しくすることが多かったんです。
人に
最後の頃は彼も体調が悪かったはずなのに、自分の事が優先で、ロッキーにやさしくできなかった時も沢山ありました。
今でもそれを想って号泣することがあり、こたろうの中にロッキーを重ねてロッキーの分まで幸せにしてやりたいと勝手な事を思うんです。
もしかしたら、ロッキーがもっと可愛がってもらいたくて戻って来たのかと思うんです。
こたろうが来た後から知ったのですが、この週末位から、3回生まれ変わった犬の話の映画が公開されるようです。
それで犬の生まれ変わりの事を少し調べてみました。
もちろん、真偽は誰にもわかりません。人間の生まれ変わりも然り。これはまあ仏教的な考えなんでしょうが。
ただ世の中には不思議な事が確かにある。あの足音を聞いてそう思いました。しかも娘も聞いていたのですから。
私は生きる死ぬの病気になって手術をして、死を身近に感じ、そして、生きなおすチャンスをいただいたと思いました。
もちろんそれまでの人生も悪くはなかったですが。
こたろうと出逢ったのはきっと、最後にロッキーにかけてやれなかった愛情をかけ直すチャンスをいただいたのではないか、ロッキーにとっても、生まれ変わる事でもう一度私に甘え、共に暮らすことができたんじゃないかって、それで私の後悔も薄れていくのでは、そんな勝手な事を想っています。本当に自分本位な私です。
それは私の思い込みであり、独りよがりで、ばかじゃないの、と言われても構いません。そういう気持ちはさっぱりわからないと思われることも。人それぞれの感性ですから。
こたろうと共に生きなおす。大袈裟ですが、運命のような気がします。
島から戻ったのも不思議な流れではありましたが、こたろうと会うためだったのかも、なんてことも思うし、あんなに可愛いこたろうが売れ残ってたのも、きっと何かの計らいなんだろうな、と思います。
そして、こたろう自身が私たちを呼び寄せたのだと。
気持ちの整理もついたので、今日もこたろうと笑顔で過ごします。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
来た日はじっとしてなくて、ボケた写真ばかり(笑)
感謝をこめて
つる姫