Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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シャロン首相の主治医はどう考えたか?(その2;脳出血をどう止めるか?)

2006年01月31日 | 脳血管障害
ワーファリン開始後,2週間が経過した時点で脳出血を来たしたという仮説のもと話を進める.抗凝固療法中の脳出血はoral anticoagulant therapy-associated intracranial hemorrhage (OAT-ICH)という独立した呼称が最近使われることになったことからも分かるように,今後,その臨床的注目度・重要性は増すものと考えられる.というのは,高齢者における心房細動の合併頻度の急速な増加が報告され,それに伴い抗凝固療法を行っている症例数が増加しているためである.通常の脳出血では死亡率は30-55%といわれているが(死亡の予測因子は,血腫体積,テント下出血,脳室内出血),OAT使用例では67%にまで増加する.にもかかわらず,「血腫の伸展をいかに阻止するか?どんな治療法がベストなのか?治療のtime windowはどうなのか?」などほとんどエビデンスがない状態である.また前回述べたアミロイドアンギオパチーはOAT-ICHの危険因子と考えられるが,本来,これを除外した上で治療を行うべきなのではないだろうか?
では凝固が抑制された状態を回復する一般的な治療法はどうだろうか?私と親しい優秀な麻酔科医に,自分がシャロン首相の麻酔をかけねばならなくて,ワーファリン内服中であることを知ったとしたら,どうするのか尋ねてみた.彼女は「ビタミンK,それでダメならFFPね」と返答した.事実その通りなのだが,では凝固状態の回復にどのくらいの時間(Reversal time)を要するのであろうか?

ビタミンK; しばしば24h(最短で2-6h)
FFP; およそ8h

すなわち,手術中には回復しないのである.とくにビタミンKはそれ単独でPT-INRを正常化することはしばしば困難であると言われていて,同時に凝固因子を投与することが必要とも言われている.投与法としては静注が即効性だが,ビタミンKによるアレルギー・アナフィラキシーの危険もあり(3/10000投与;95%CI 0.04-11/10000),即効性に劣るものの皮下注が無難であろう.
 一方,FFPは全凝固因子を含むので理屈的には良いのだが,各凝固因子が濃縮された形で含まれているわけではないので,大量の点滴(たいてい数リットル!)が必要になる.Volume overloadになるわけで高齢者だったり,Afがあったり心機能に問題がある場合には急速投与は困難となるし,acute lung injuryや感染,クエン酸毒性,アレルギーといった問題も生じる.すなわちFFPも理想的な治療法とは言いがたい.
 ではお手上げか?じつは2つの新しい治療薬が今後使用される可能性がある.Prothronbin complex concentrates(PPC)とrFVIIa(遺伝子組換えVIIa因子)である.Reversal timeは以下の通り.

Prothronbin complex concentrates; 2-4h
Novoseven (rFVIIa) ; 10 min!

PPCはワーファリンが抑制するII, VII, IX, X因子に加え,Protein C, S, Zを凝縮した薬剤であるが,FFPのように解かす必要や適合試験の必要がない.FFPよりもreversal timeは短いが,問題は臨床的エビデンスは確立されていないことである.
 さらに強力なのはNovosevenである.1999年3月に血友病AおよびBの治療に関してアメリカFDAで承認を受けている薬剤で,これ以降,適応外使用という形で他の出血状態に本剤の使用が拡大されてきている.なぜ第VIIa因子かというと,血管損傷の際の凝固開始の機序を考えると分かる.すなわち,血管が損傷すると内皮細胞下のtissue factorが露出し,そこに第VIIa因子が結合した結果,第IX, X因子が活性化され,凝固カスケードがスタートする.ただし通常では第VIIa因子が消費されてしまい,凝固プロセスが追いつかないわけであるが,ここに組換え第VIIa因子を補充することで凝固を促進するわけである.ただし,PPCにも言えることだが,使用量によっては当然,血栓症のリスクが高まるわけで諸刃の剣とも言える.
しかしこのNovosevenを臨床に使用しようとする流れは着実に進んでいる.まず急性外傷性出血患者の死亡率を半減しうることがUS Trauma Trialで報告された(2004年).さらに脳出血に関しても超初期投与の有効性に関する多施設試験治験がコロンビア大学を中心に進行中である.主要エンドポイントは30日死亡率で,無作為に40,80,160μg/kgのNovosevenもしくはプラセボを投与する.第1相試験の結果としては,血腫体積の変化率は,プラセボ群で29%増加,40μg/kg群で16%減少,他の2群では4%減少であった.死亡率はプラセボ群では29%,Novoseven投与患者では18%であった.副作用としてはNovoseven使用群では有意ではないものの心筋梗塞の合併が増加した.やはり効果を損わずにどの程度まで投与量を減量できるかがポイントということである.
以上,Novosevenは急速に凝固抑制状態を回復するのみならず,血腫伸展を阻止し,さらに死亡率を改善させる可能性がある.シャロン首相もNovosevenを投与されていれば手術を受ける必要はなかったかもしれない.おそらくNovosevenは脳梗塞におけるt-PAと同じ程度,脳卒中診療に大きな変化をもたらすだろう.はたして今回も日本は乗り遅れてしまうのだろうか?誰が努力を怠っているお陰で,エビデンスのある薬が日本で使えないのか教えてほしいものだ.
 次回,出血をコントロールできず,大きくなる血腫に対し手術を行った主治医団の判断についての考えたい.

Stroke 37; 256-262, 2006
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2 Comments

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I'm proud of you (???)
2006-02-03 08:41:57
Good article. I was impressed again.

Can I ask you who a female excellent anesthesiologist you asked some questions is? Is she named Keiko?

Thanks.
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ありがとうございます (pkcdelta)
2006-02-03 09:27:55
宿題の論文,とても役に立ちました.ありがとうございました.Dr. Keikoも笑っていました.
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