舞踏運動は,認知機能障害や精神症状とともにハンチントン病(HD)の重要な徴候である.通常,発症早期から出現,徐々に増悪するADLを障害し,転倒の危険性を高め,体重減少をもたらす.HDでは舞踏運動の治療はとても大切である.
しかし舞踏運動の神経化学的背景は複雑で,十分に解明されていない.基本的にはドパミンやグルタミン酸伝達の異常により,線条体や大脳皮質障害を介して舞踏運動をきたすと考えられている.これまで上記に関わる神経伝達物質や受容体が検討され,酸化的ストレスやグルタミン酸による興奮性神経細胞毒性を標的とする神経保護薬が検討されてきたが,根本的治療はない.
さて,米国神経学会によるHDの舞踏運動に対する薬物療法のガイドラインをまとめたい.「成人のHD患者にみられる舞踏運動の治療として,確立された評価スケールによって有効性が確認されている薬剤は何か?」を検討している.systematic review は,2011年2月までに発表され,少なくとも20人以上を対象とした論文に対して行なわれた.評価スケールとしてはUnified Huntington's Disease Rating Scale(UHDRS)が用いられた(106点中28点が舞踏運動に対するもので,顔面,頬部,口,舌,体幹,四肢の舞踏運動を評価する.点数が大きいほど重症,点数の減少の程度で治療効果の大きさを定義している).長期的使用(12ヶ月を超える)と短期的使用(12ヶ月以下)に分けて,薬剤の有効性と副作用について検討している.
評価の対象となった薬剤は以下のとおりである.
A. ドパミン作用調節薬:テトラベナジン(小胞型モノアミントランスポーター阻害剤で,ドパミン減少作用をもつ),クロザピン(非定型抗精神病薬)
B. グルタミン酸作用調整薬:アマンタジン(黒質線条体からのドパミン放出促進),リルゾール(グルタミン酸受容体活性化の抑制作用)
C. エネルギー代謝物:エイコサペンタエン酸エチル,クレアチン
D. その他:ドネペジル,コエンザイムQ10,ミノサイクリン,ナビロン(合成カンナビノイド)
推奨は以下の6項目である.
1. テトラベナジン(100 mg/day), アマンタジン(300–400 mg/day), リルゾール (200 mg/day)は有効(Level B). とくにテトラベナジンは抑制効果が強く,リルゾールはそれにつぐ. アマンタジンの効果の程度は不明.副作用のチェックが重要で,テトラベナジンではうつ,自殺,パーキンソニズム,リルゾールでは肝酵素上昇に注意する.
2. ナビロンは舞踏運動を軽度抑制するが(Level C),とくに薬剤乱用の恐れがある場合には長期使用は勧められない(Level U).
3. リルゾール 200 mg/dayは舞踏運動を緩和する傾向があるが,100mgでは中等度以上の効果は望めず,長期的効果もない(Level B).
4. エイコサペンタエン酸エチル(Level B),ミノサイクリン(Level B),クレアチン(Level C)に高度の抑制効果はない.
5. コエンザイムQ10 に中等度以上の抑制効果はない(Level B).
6. クロザピン, その他の神経遮断薬,ドネペジルの効果は不明である(Level U).
ちなみにテトラベナジンはFDAがHDに対し認可した唯一の薬剤であり,その他は適応外使用ということになる.また本ガイドラインの問題点としては,①治験の対象が通常,歩行可能でADLが保たれている症例や,高度のうつ・認知症を認めない症例を対象としているため,進行期を含めた患者全体に当てはめられないこと,②臨床的に意義のあるUHDRSスケールの最小値が分かっていないこと,③治療に対する自己決定や,費用対効果(テトラベナジン, リルゾール,ナビロンは高額)について未検討であることが挙げられる.
今回のガイドラインを読んで,「日本とはだいぶ使用薬剤が違う!」と思った人が多いのではないだろうか.理由として2つのことが思いつく.ひとつは,日本で伝統的に使用されている神経遮断薬がクロザピンを除くと見当たらないためである.クロザピンのほかに,チアプリド(グラマリール)に対する2つの試験があるようだが,確立された評価スケールが使用されていなかった.つまり日本で使用されている神経遮断薬は,エビデンスは確立されておらず,さらに副作用として知られるパーキンソニズムが,どのような影響を与えているのか不明なまま長期間使用されてきたということだ.もう一つの理由は,海外では,神経保護薬だけでなく,対症療法についての治療研究が並行して行われているためである.日本では新規薬剤の介入研究自体が多くなく,行われたとしても病態解明研究に基づく将来の神経保護薬開発が主体で,今まさに症状で困っている人に有益な対症療法の研究が十分ではない可能性がある.このような研究の推進とサポートする体制が必要だと思う.
ちなみにテトラベナジンはXenazine/Nitoman の商品名で欧州,アメリカなどで販売されているが,日本でも昨年,製造販売承認が厚労省に提出されている.
Pharmacologic Treatment of Chorea in Huntington Disease
Evidence-based guidline: Pharmacologic treatment of chorea in Huntington disease
Neurology 79; 597-603, 2012
しかし舞踏運動の神経化学的背景は複雑で,十分に解明されていない.基本的にはドパミンやグルタミン酸伝達の異常により,線条体や大脳皮質障害を介して舞踏運動をきたすと考えられている.これまで上記に関わる神経伝達物質や受容体が検討され,酸化的ストレスやグルタミン酸による興奮性神経細胞毒性を標的とする神経保護薬が検討されてきたが,根本的治療はない.
さて,米国神経学会によるHDの舞踏運動に対する薬物療法のガイドラインをまとめたい.「成人のHD患者にみられる舞踏運動の治療として,確立された評価スケールによって有効性が確認されている薬剤は何か?」を検討している.systematic review は,2011年2月までに発表され,少なくとも20人以上を対象とした論文に対して行なわれた.評価スケールとしてはUnified Huntington's Disease Rating Scale(UHDRS)が用いられた(106点中28点が舞踏運動に対するもので,顔面,頬部,口,舌,体幹,四肢の舞踏運動を評価する.点数が大きいほど重症,点数の減少の程度で治療効果の大きさを定義している).長期的使用(12ヶ月を超える)と短期的使用(12ヶ月以下)に分けて,薬剤の有効性と副作用について検討している.
評価の対象となった薬剤は以下のとおりである.
A. ドパミン作用調節薬:テトラベナジン(小胞型モノアミントランスポーター阻害剤で,ドパミン減少作用をもつ),クロザピン(非定型抗精神病薬)
B. グルタミン酸作用調整薬:アマンタジン(黒質線条体からのドパミン放出促進),リルゾール(グルタミン酸受容体活性化の抑制作用)
C. エネルギー代謝物:エイコサペンタエン酸エチル,クレアチン
D. その他:ドネペジル,コエンザイムQ10,ミノサイクリン,ナビロン(合成カンナビノイド)
推奨は以下の6項目である.
1. テトラベナジン(100 mg/day), アマンタジン(300–400 mg/day), リルゾール (200 mg/day)は有効(Level B). とくにテトラベナジンは抑制効果が強く,リルゾールはそれにつぐ. アマンタジンの効果の程度は不明.副作用のチェックが重要で,テトラベナジンではうつ,自殺,パーキンソニズム,リルゾールでは肝酵素上昇に注意する.
2. ナビロンは舞踏運動を軽度抑制するが(Level C),とくに薬剤乱用の恐れがある場合には長期使用は勧められない(Level U).
3. リルゾール 200 mg/dayは舞踏運動を緩和する傾向があるが,100mgでは中等度以上の効果は望めず,長期的効果もない(Level B).
4. エイコサペンタエン酸エチル(Level B),ミノサイクリン(Level B),クレアチン(Level C)に高度の抑制効果はない.
5. コエンザイムQ10 に中等度以上の抑制効果はない(Level B).
6. クロザピン, その他の神経遮断薬,ドネペジルの効果は不明である(Level U).
ちなみにテトラベナジンはFDAがHDに対し認可した唯一の薬剤であり,その他は適応外使用ということになる.また本ガイドラインの問題点としては,①治験の対象が通常,歩行可能でADLが保たれている症例や,高度のうつ・認知症を認めない症例を対象としているため,進行期を含めた患者全体に当てはめられないこと,②臨床的に意義のあるUHDRSスケールの最小値が分かっていないこと,③治療に対する自己決定や,費用対効果(テトラベナジン, リルゾール,ナビロンは高額)について未検討であることが挙げられる.
今回のガイドラインを読んで,「日本とはだいぶ使用薬剤が違う!」と思った人が多いのではないだろうか.理由として2つのことが思いつく.ひとつは,日本で伝統的に使用されている神経遮断薬がクロザピンを除くと見当たらないためである.クロザピンのほかに,チアプリド(グラマリール)に対する2つの試験があるようだが,確立された評価スケールが使用されていなかった.つまり日本で使用されている神経遮断薬は,エビデンスは確立されておらず,さらに副作用として知られるパーキンソニズムが,どのような影響を与えているのか不明なまま長期間使用されてきたということだ.もう一つの理由は,海外では,神経保護薬だけでなく,対症療法についての治療研究が並行して行われているためである.日本では新規薬剤の介入研究自体が多くなく,行われたとしても病態解明研究に基づく将来の神経保護薬開発が主体で,今まさに症状で困っている人に有益な対症療法の研究が十分ではない可能性がある.このような研究の推進とサポートする体制が必要だと思う.
ちなみにテトラベナジンはXenazine/Nitoman の商品名で欧州,アメリカなどで販売されているが,日本でも昨年,製造販売承認が厚労省に提出されている.
Pharmacologic Treatment of Chorea in Huntington Disease
Evidence-based guidline: Pharmacologic treatment of chorea in Huntington disease
Neurology 79; 597-603, 2012