ボストンで開かれた第59回アメリカ神経学会(AAN)に参加した.印象に残ったplenary sessionのうち,ハーバードMGHのBrown教授によるALS研究の進歩に関するレクチャーを取り上げたい.彼は家族性ALSにおける知見をどこまで孤発性ALSに応用できるかというスタンスで研究を行っている.
まず家族性ALS(FALS)は全体の5-10%を占めるが、そのうちの25%がSOD1変異(全体の3%;FALS1)になる.現在135の遺伝子変異が報告されているが(うち124がミスセンス変異,11がtruncation),変異によっては無症候性であったり(北Sweden家系),逆にA4Vのように急速進行性のものもある.ほかのFALSの原因遺伝子産物としてはalsin,VAPB(Vesicle-associated membrane protein B), dynaction, senataxinが同定されている.
一方,孤発性ALSの疾患感受性遺伝子としては,VEGF, Angiogenin, SMN, neurofilamentなどが研究されている.最近とくに注目されている遺伝子はparaoxonase 1 (PON1)(Neurology, 2006)である.また本邦でも行われているが,SNPsを用いた全ゲノム解析も最近報告され(Lancet Neurol, 2007),whole genome analysisがいよいよ本格化してきた.たとえば上記の報告はALS患者276人,コントロール271人に対し555352個にも及ぶSNPsを検討したもので,うち34個がP値0.0001未満となり疾患感受性遺伝子の候補として挙げられている.現在,行われている同様の研究も合わせてメタ解析を行い,最終的な候補を絞ることになりようだ.
つぎにALS発症のメカニズムについて考察していた.SOD1変異マウスを例によって考えると,病態機序には2つの局面があると考えている.つまり最初は神経細胞のみが変性するステージ,次は神経炎症が生じるステージ,ということだ.はじめに変異SOD1は神経細胞においてATP減少や軸索輸送の障害をきたし,神経変性を来たす.次に変異SOD1はchromograinとの結合を介してミクログリアやアストロサイトを活性化し,これらが炎症により運動ニューロンを傷害する(Nat Neurosci 2007).ただ,神経炎症はもっぱら神経毒性を発揮するのではなく,神経保護に関わっているらしく複雑である.具体的にはIL4→IGF1を介する保護作用が推測されている.
では孤発性ALSではどうなのだろうか?最近,野生型SOD(遺伝子変異をもたないもの)も酸化されると神経毒性を持つことが報告された.また変異SOD1を認識する抗体が,孤発性ALS患者サンプルを認識することも判明し,一部,FALSと孤発性ALSの間で共通の病態機序が存在する可能性が出てきた.またFALSにおいてみられた神経炎症が孤発性ALSでも関与しているのかを調べる目的で行ったMGHの臨床研究は,孤発性ALSに対し抗炎症剤アスピリン治療を行うというものであった.その効果,なんとアスピリン治療群では12か月以上生存期間が短縮してしまったそうだ!!.すなわちALSでは神経炎症は防御システムとしても作用している可能性が高くなった.
肝心の治療については残念ながらまだ有力なものはない.ただし,抗生剤セファロスポリンCeftriaxoneやOxy-テトラサイクリンが有望視されていて治験が企画されている.FALSではワクチン療法や,アンチセンスによるアリル不活性化がSOD1動物モデルにおいてその有効性が示されており,そのようなアプローチもあるのかもしれない.
この講義とはべつに有料の教育クラスを受講し「ALS,パーキンソン病,認知症の緩和ケア」を勉強してきた.ALSの緩和ケアは,個々の症状については日本で行われていることとあまり違いを感じなかったが,明らかに違う点が2つあった.気管切開を前提とした人工呼吸器療法については極めて消極的であることと,日本ではほとんど行われていない神経変性疾患患者さん向けのホスピスがかなり重要視されていること,である.それぞれの文化や社会の違いを反映したものかもしれないが,なぜ日本に神経疾患のホスピスが根付いてこなかったのか少し考えさせられた.
Annual meeting of 59th AAN (Boston)
まず家族性ALS(FALS)は全体の5-10%を占めるが、そのうちの25%がSOD1変異(全体の3%;FALS1)になる.現在135の遺伝子変異が報告されているが(うち124がミスセンス変異,11がtruncation),変異によっては無症候性であったり(北Sweden家系),逆にA4Vのように急速進行性のものもある.ほかのFALSの原因遺伝子産物としてはalsin,VAPB(Vesicle-associated membrane protein B), dynaction, senataxinが同定されている.
一方,孤発性ALSの疾患感受性遺伝子としては,VEGF, Angiogenin, SMN, neurofilamentなどが研究されている.最近とくに注目されている遺伝子はparaoxonase 1 (PON1)(Neurology, 2006)である.また本邦でも行われているが,SNPsを用いた全ゲノム解析も最近報告され(Lancet Neurol, 2007),whole genome analysisがいよいよ本格化してきた.たとえば上記の報告はALS患者276人,コントロール271人に対し555352個にも及ぶSNPsを検討したもので,うち34個がP値0.0001未満となり疾患感受性遺伝子の候補として挙げられている.現在,行われている同様の研究も合わせてメタ解析を行い,最終的な候補を絞ることになりようだ.
つぎにALS発症のメカニズムについて考察していた.SOD1変異マウスを例によって考えると,病態機序には2つの局面があると考えている.つまり最初は神経細胞のみが変性するステージ,次は神経炎症が生じるステージ,ということだ.はじめに変異SOD1は神経細胞においてATP減少や軸索輸送の障害をきたし,神経変性を来たす.次に変異SOD1はchromograinとの結合を介してミクログリアやアストロサイトを活性化し,これらが炎症により運動ニューロンを傷害する(Nat Neurosci 2007).ただ,神経炎症はもっぱら神経毒性を発揮するのではなく,神経保護に関わっているらしく複雑である.具体的にはIL4→IGF1を介する保護作用が推測されている.
では孤発性ALSではどうなのだろうか?最近,野生型SOD(遺伝子変異をもたないもの)も酸化されると神経毒性を持つことが報告された.また変異SOD1を認識する抗体が,孤発性ALS患者サンプルを認識することも判明し,一部,FALSと孤発性ALSの間で共通の病態機序が存在する可能性が出てきた.またFALSにおいてみられた神経炎症が孤発性ALSでも関与しているのかを調べる目的で行ったMGHの臨床研究は,孤発性ALSに対し抗炎症剤アスピリン治療を行うというものであった.その効果,なんとアスピリン治療群では12か月以上生存期間が短縮してしまったそうだ!!.すなわちALSでは神経炎症は防御システムとしても作用している可能性が高くなった.
肝心の治療については残念ながらまだ有力なものはない.ただし,抗生剤セファロスポリンCeftriaxoneやOxy-テトラサイクリンが有望視されていて治験が企画されている.FALSではワクチン療法や,アンチセンスによるアリル不活性化がSOD1動物モデルにおいてその有効性が示されており,そのようなアプローチもあるのかもしれない.
この講義とはべつに有料の教育クラスを受講し「ALS,パーキンソン病,認知症の緩和ケア」を勉強してきた.ALSの緩和ケアは,個々の症状については日本で行われていることとあまり違いを感じなかったが,明らかに違う点が2つあった.気管切開を前提とした人工呼吸器療法については極めて消極的であることと,日本ではほとんど行われていない神経変性疾患患者さん向けのホスピスがかなり重要視されていること,である.それぞれの文化や社会の違いを反映したものかもしれないが,なぜ日本に神経疾患のホスピスが根付いてこなかったのか少し考えさせられた.
Annual meeting of 59th AAN (Boston)
ところでいつもペンネームが気になるのですが,phocaさんは「アザラシ」のことですか?
ところでchromogranulinではなくchromograninではないかしら?progranulinと混ざってしまいますよね、、、私もどっちがどっちだか時々混乱します、、、 ちょっと気になったので、、、
貴重な新情報いつもありがとうございます。
勉強させて貰っています。
ケア?についても、随分違いがあるようですね。
勉強になりました。
>気管切開を前提とした人工呼吸器療法については
>極めて消極的であることと,日本ではほとんど
>行われていない神経変性疾患患者さん向けの
>ホスピスがかなり重要視されていること,である.
お医者さんも、いつまで勉強&研究なんですね!
(当たり前なのですか?(笑))
先生のALSに関する、論文は難しいのですけど
何とか読んでます。理解も難しいですけど。
父は孤発性ALSなので、
>>野生型SOD(遺伝子変異をもたないもの)
も酸化されると神経毒性を持つことが報告された
>>アンチセンスによるアリル不活性化
この辺りに興味があります。
今日、パーキンソン病に遺伝子治療が行われましたね。
ALS Vol. 12 No. 1 January 2007での全ゲノム解析
でも感動したのですが、治療方法について
「もうあと少し!」な所まで来ていると感じます。
まれな神経難病に病気に光をあてて、
研究を続けてくださる先生方には、
本当に感謝しています(*TーT)b
>>日本ではほとんど行われていない
神経変性疾患患者さん向けのホスピスがかなり
重要視されていること
最先端治療とホスピス・・・。
両方で揺れ動く患者家族であります・・・。
長くなりました~!
読んでくださってありがとうございました(^▽^)/