ALSにおける認知機能障害は近年にいたるまで臨床的には軽視されてきた.うつや苛立ち,感情の不安定さといった情緒の変化とともに,貪欲さや猜疑的になるといった行動の変化,さらに知的活動の減少などが報告されている.言語機能に関しても,言語数の減少,綴りのミスや名称の間違い,理解力低下といった所見が観察されている.これらの所見は前頭側頭型認知症(fronto-temporal dementia; FTD)の特徴として知られるものである.ALSとFTDとの関連は1970年代から認識され,その最初の報告は本邦からであった.その後,認知症を伴うALSでは,病理学的にユビキチン陽性封入体を伴うことが報告された.さらに最近になり,FTD脳の不溶分画の網羅的解析によりTDP43ペプチドが検出され,ユビキチン陽性封入体が抗TDP43抗体で陽性に染色されることが判明した.そしてALSでもその特徴的病理所見として知られるskein-like inclusionが抗TDP43抗体で染色されることが分かった.つまり,ALS,ALS-dementia,そしてFTDは同一のスペクトル上の疾患(TDP43 proteinopathy)である可能性が高くなり,ALSにおける認知機能障害はTDP43が関与すると考えられる病態の変性を反映したものと考えるのが妥当だろう.となると治療による認知機能の改善は現時点では難しいということになる.
ところが,少し驚く論文を目にした.韓国からの報告で,呼吸機能低下(肺活量低下)が認知機能低下に関与するというものである.対象は発症後3年以上経過した75歳未満のALS患者16例(El escorialでdefiniteもしくはprobable)で,気管切開,NPPV,酸素投与をすでに受けている症例は除外している.これらの症例に対し,重症度評価,呼吸機能および高次機能検査を行った.この16例を重症度(ALSFRS)にて分類した場合,認知機能障害に差は見られないが,%VC 80%で分類すると,性,年齢,教育,罹病期間,重症度,球麻痺に2群間で差は見られないものの,呼吸機能低下群で記憶の保持,言語流暢性などの前頭側頭葉機能が呼吸機能低下群で有意に低下していた.以上より,ALSの認知機能低下には呼吸機能低下が関与する可能性があるというのである.
ではなぜ彼らはこのような仮説を考えついたのだろう.論文によると,既報にNPPV導入6週間後の認知機能が回復したという報告があること(JNNP 71; 482-487, 2001),ALS患者をFTDの有無で比較すると,%FVC値に有意差があるという報告があること(Neurology 60; 1094-1097, 2003)を主な理由として挙げている.また呼吸機能低下が認知機能に影響を及ぼす機序としては,副呼吸筋や横隔膜の筋力低下に伴う夜間の低換気,それに伴う睡眠断片化,REMやslow-wave sleep(non-REMのstage 3, 4)の減少,無呼吸・低呼吸といったsleep-disordered breathingが関与するのではないかとしている.最近,個人的には呼吸不全症状が明らかになる前になるべく早めのNPPV導入を行うことを心がけているが,既報のように早めのNPPV導入はQOLの改善をもたらすだけでなく,認知機能にも良い影響を与える可能性がある.
JNNP 78; 1387-1389, 2007
ところが,少し驚く論文を目にした.韓国からの報告で,呼吸機能低下(肺活量低下)が認知機能低下に関与するというものである.対象は発症後3年以上経過した75歳未満のALS患者16例(El escorialでdefiniteもしくはprobable)で,気管切開,NPPV,酸素投与をすでに受けている症例は除外している.これらの症例に対し,重症度評価,呼吸機能および高次機能検査を行った.この16例を重症度(ALSFRS)にて分類した場合,認知機能障害に差は見られないが,%VC 80%で分類すると,性,年齢,教育,罹病期間,重症度,球麻痺に2群間で差は見られないものの,呼吸機能低下群で記憶の保持,言語流暢性などの前頭側頭葉機能が呼吸機能低下群で有意に低下していた.以上より,ALSの認知機能低下には呼吸機能低下が関与する可能性があるというのである.
ではなぜ彼らはこのような仮説を考えついたのだろう.論文によると,既報にNPPV導入6週間後の認知機能が回復したという報告があること(JNNP 71; 482-487, 2001),ALS患者をFTDの有無で比較すると,%FVC値に有意差があるという報告があること(Neurology 60; 1094-1097, 2003)を主な理由として挙げている.また呼吸機能低下が認知機能に影響を及ぼす機序としては,副呼吸筋や横隔膜の筋力低下に伴う夜間の低換気,それに伴う睡眠断片化,REMやslow-wave sleep(non-REMのstage 3, 4)の減少,無呼吸・低呼吸といったsleep-disordered breathingが関与するのではないかとしている.最近,個人的には呼吸不全症状が明らかになる前になるべく早めのNPPV導入を行うことを心がけているが,既報のように早めのNPPV導入はQOLの改善をもたらすだけでなく,認知機能にも良い影響を与える可能性がある.
JNNP 78; 1387-1389, 2007
舌のfasciculationは病期初期より診られる事の多い症状でもあり、その意義も極めて高いものであるが故に自覚的所見に乏しい事がどうにも孵に落ちません。
どうか御教示頂ければとコメントさせて頂きました。申し訳ありません。
う~ん,良く分かりません.四肢のdfasciculationの感知のメカニズム自体,どうなっているのでしょう?どなたか良いsuggestionいただけませんか?
そうですね。SBMAの場合も同様だと思います。少し文献等探してみましたが、それらしい物は見当たりませんでしたが、いくつか面白そうな物はありました。例えば舌内では舌下神経と舌神経とが神経叢を形成している(健常人の90%に見られたそうです)といった解剖学的特異性?のようなものもありました。コメントに書かせてもらった舌、口腔部の求心路は三叉神経脊髄路核に入り顔面神経核、三叉神経運動核にシナプスしている。というようなものもあり、総合的に?(無理矢理が正しいのですが)こじつけると「舌筋の感覚神経は舌神経なんですが、舌からの求心路は運動神経と密接にシナプスしており、結果として舌の固有感覚を司るのでは・・・?」と考えています。こじつけ論に更に眉唾をかけたくらいの話ですが・・・よくというか全く解りません。もう少し考えてみたいと思います。今後とも宜しく御願いします。
SBMAの病態は、脊髄前角細胞、顔面神経核、舌下神経核等の変性、欠落によるものです。
SBMAは、ポリグルタミン病の9疾患の中では、核内封入体の集積について特異なリガンドがあります。
私は、ご存知のように、名古屋大学の治療研究(フェイズⅡ)に参加し、酢酸リュープロレリンの投与を受けて5年目に入りました。
臨床試験開始前も、現在も、舌のfasciculationの自覚はありません。
もう50代になりますが、「舌」について、動かしづらいとか、もつれるということも現在まで、特に感じたことは無く、味覚も全く正常だと思います。
舌の萎縮は現在も有ります。
(あまり申し上げたくありませんが、神経難病に苦しむ患者の病理所見の文献について、「面白い」という表現を使用することには、違和感がございます。)
御指摘の通りです。私の投稿の中での「面白い」という表現に関して、配慮が足らず不適切な表現であったと反省しています。探しあぐねていた矢先「我が意を得たり!」の文献の内容に思わず「興味深い」の意でこのような不適切な表現をしてしまいました。大意は何もありませんが、不愉快な思いをさせてしまった事、どうかお許し頂ければと思います。申し訳ありませんでした。
fasciculationの件、継続的に考えてたいと思っています。これからも宜しくお願いいたします。
管理人さん、御迷惑をお掛けしました。
認知症を専門としている精神科医のため、視点が異なり的外れかもしれませんが、普段感じていた事と似ているので書かせて頂きました。
私は、3例ほどALS-Dの患者さんの診療経験があるのですが、皆さん共通して上肢の麻痺については自発的に訴えられます。ところが、球麻痺症状は訴えるどころか、こちらから聞いても皆さん否定されます。fasciculationについては厳密に聞いた事がありませんでしたが、やはり3例とも聞けば上肢についてはあると訴えられていました。
dementiaがあるため、今までの話題と同列で語るには少し問題はありますが、四肢は分かるのに、舌は分からないという点で共通点があるなと思い、皆様の参考になればと思い書かせて頂きました。
なお、その違いについて、当時、色々と考えたのですが、結局はフィードバックされる情報量の差(四肢の麻痺は感覚情報だけでなく、視覚情報からも判断できます)だろうかぐらいの推論にしか至りませんでした。
私も視覚情報量による差については同感です。表情なども所謂作られた表情と自然な表情では、その脳賦活の局在もパターンも全く違う物であるとの報告もありますし、やはり四肢と顔面では身体表象にも違いがあるのかも知れませんね。
有難う御座いました。
患者の立場で、神経内科学の治療研究に取組み5年目になりましたが、戸惑う事があります。
それは、病態の表現型のひとつである、患者の自覚症状について、研究者の「診断」と、患者自身の「自覚」に乖離が見られることです。
時には、著しい乖離を感じることがあります。
患者が、舌のfasciculation を自覚していないということは、舌のfasciculation の自覚症状が無いということです。
患者の立場でお聞きしたいのですが、「舌のfascicu-lation」があるという診断は「正しい」のでしょうか?
前回は失礼しました。
感覚障害や痛みなどは本来、患者さんの一人称記述に基づくものですから三人称記述との間に差異が生じてもそれは当然の事とも言えると思います。ですから他覚的所見として或は自覚的所見として夫々の所見が独立して存在し得る事は何ら矛盾しません。
fasciculationという現象を他覚的に確認出来るならそれはそのまま事実です。
「科学観」の端緒を開くつもりはないのですが、やはり前述の主観的記述と客観的記述を往来出来るような、ルリアの言うところの「ロマンティックサイエンス」のスタンスが極めて重要じゃないか?なという気がしています。
「患者に舌のfasciculation の自覚症状が無い」ということであれば、その診断は正しいのかと疑問を持つことが、まずは科学的ではないかと思ったのです。
進行性の神経変性疾患は、たとえ同じ疾患であっても、病態・症状の個体差が小さくありません。
病態はもとより、修飾因子等が完全に解明されていないことや、個体間に「神経細胞の変性期間」・「細胞死による欠落」に差異があり、神経細胞の機能障害の発現にかなりの開差が見られることがその理由です。
名古屋大学の治療研究(フェイズⅡ)に参加していますが、研究チームの、「研究の厳密な科学性を保持する」姿勢にいつも心を打たれます。
なお、「四肢の麻痺は感覚情報だけでなく、視覚情報からも判断する」という考え自体は、歩行に支障を感じている私にも理解できます。
しかしながら、歩行の支障は、「二足歩行をするヒト」にとっては、たとえそれがわずかなものであっても、不自由さは日常的であり、視覚による情報量はゼロに近いものと首肯されます。