問.以下の脳出血のなかで手術適応のあるものを選択しなさい.
a. 皮質下出血,b. 被殻出血,c. 視床出血,d. 脳幹出血,e. 小脳出血
懐かしい国家試験問題ではじめたわけだが,皆さんはどう答えるだろうか?
ここではPFOを発見後開始されたワーファリン内服により,シャロン首相はoral anticoagulant therapy-associated intracranial hemorrhage (OAT-ICH)を起こされたという過程のもとで治療法についての考察を続ける.以前,推測したようにアミロイドアンギオパチーが基礎疾患として存在したのであれば,多発性脳出血の可能性もあるかもしれない.いずれにしても入院当日には手術が行われたわけだが,その適応はどう決定されたのであろうか?
さて上記の試験問題について.少なくとも自分が学生であったときには楽勝だったはずで,a, b, eと答えていた.医者になってからは少しばかり成長して,これに混合型出血が加わったり,血腫量やCT上の脳圧迫所見,年齢,意識レベル(傾眠~昏迷レベル)を加味したりして脳外科医に相談していた.では自信満々に「被殻出血,小脳出血,皮質下出血が手術適応」と教科書に記載されていた根拠は何だったのだろうか?
調べてみるとこの答えの根拠となったのは,1990年の本邦における全国調査らしい(金谷.高血圧性脳出血の治療の現況.全国調査の成績より.脳卒中12; 509-524, 1990).これによると手術適応の基本は被殻出血,ないし混合出血で,CT上の圧迫所見があり,血腫量が31ml以上の大きな出血で,かつ神経学的重症度分類が1(清明)ないし5(昏睡)では手術適応がない.小脳出血,皮質下出血も適応あり,ということになっている.ただし,全国調査というretrospective studyの結果であり,この研究のみをもってその信憑性を判断することは難しい.
では世界レベルでみたエビデンスレベルはどうなのだろうか?2000年にStroke誌に掲載されたsystematic reviewを読むと,1966~1999年までに行われたすべてのRCTをまとめたメタ解析では外科治療に有用性は認めていない.しかしCTが導入されたあとの時代に行われた5つのRCT(1989~1999年)に限ってみると,ORはtotalで0.63(95%CI 0.35-1.14),すなわち手術は有効であるという結論になる.もちろん外科治療は手術の腕前や麻酔管理,ICU管理など,さまざまな因子が絡んでくるので施設間によって成績が違ってくるだろうが,少なくとも上記の結果は手術療法はうまく行えば有効である可能性を示唆する.
一方,適応部位についてのエビデンスは不十分な状態である.AHAのガイドラインを見てみるとgrade Bで推奨されているのは皮質下出血のみで,小脳出血はgrade C,被殻出血を含むその他の部位は不明,というレベルである.
いずれにしても外科治療はうまく行えば有効である可能性があるわけで,期待を込めて行われたのがSTICH (Surgical Trial in Intracerebral Hemorrhage)という国際共同研究である.27カ国107施設が参加し,1033例が登録された試験で,対象は「発症72時間以内にCTにて特発性テント上出血と診断された症例」で,小脳出血,脳幹出血,動脈瘤やAVM,外傷に伴う出血などは除外してある.ただし「血腫除去の必要性が不確かと考えられた症例」という制約があって,最初の段階で手術が必要と脳外科医が判断した症例はこの研究に含まれていない(!!!).そして対象は①登録後24時間以内に手術を施行した群,および②保存療法群の2群に割り振られたわけだが,②に関しては,その後,患者の状態が変化したときには手術を施行してよいという決まりがあり,この研究をさらにややこしいものにしている.アウトカムの評価は6ヵ月後のGOS,死亡率,mRS,Basel indexである.脱落や割り振り後の家族の反対などで最終的に手術は465例,保存療法は529例となったが,後者のうち140例が状態の悪化,再出血,IICPなどで手術が行われている.さて結論だが,残念ながら両群間で,いずれの項目に関しても有意差が認められなかった.
ただこの研究は労力のわりに日常診療に与えた恩恵は乏しいと言われてもしかたがない.というのは①脳外科医が「血腫除去の必要性が確かと考えた症例」が含まれていないこと(その基準も症例数も不明),②inclusion criteriaに血腫サイズや意識レベルを考慮していないこと,が理由だ.すなわち,一番知りたいはずの目の前の脳出血患者に手術を行うことが有効なのかという問いに答えられる研究デザインではなく,残念ながら診療にさほど役に立たないのである.
とりあえず最新のStroke誌のreviewでは,脳出血の手術適応の目安として「皮質下ないし小脳出血で,直径は最低3cm,かつ意識障害がある症例」とし,「被殻出血で意識障害(GCS 7-12)のある症例についてはいまなお不明」と記載している.この辺が現在,精一杯のところであり,シャロン首相に行った手術に根拠があるのかと言えば,あるようなないような,何とも歯切れの悪い答えにならざるを得ない.ましてOAT-ICHの手術療法の有効性についてはさっぱり分からない.
ところで,以上を踏まえると最初の試験問題,どう学生さんに答えさせるべきでしょうか? 医学教育も今の時代,難しいですね.
Lancet 365; 387-397, 2005
Stroke 37; 301-304, 2006
Stroke 31; 2511-2516, 2000
追伸;来週から学会発表のはしごでしばらくお休みします.AHA にも行ってきます.
a. 皮質下出血,b. 被殻出血,c. 視床出血,d. 脳幹出血,e. 小脳出血
懐かしい国家試験問題ではじめたわけだが,皆さんはどう答えるだろうか?
ここではPFOを発見後開始されたワーファリン内服により,シャロン首相はoral anticoagulant therapy-associated intracranial hemorrhage (OAT-ICH)を起こされたという過程のもとで治療法についての考察を続ける.以前,推測したようにアミロイドアンギオパチーが基礎疾患として存在したのであれば,多発性脳出血の可能性もあるかもしれない.いずれにしても入院当日には手術が行われたわけだが,その適応はどう決定されたのであろうか?
さて上記の試験問題について.少なくとも自分が学生であったときには楽勝だったはずで,a, b, eと答えていた.医者になってからは少しばかり成長して,これに混合型出血が加わったり,血腫量やCT上の脳圧迫所見,年齢,意識レベル(傾眠~昏迷レベル)を加味したりして脳外科医に相談していた.では自信満々に「被殻出血,小脳出血,皮質下出血が手術適応」と教科書に記載されていた根拠は何だったのだろうか?
調べてみるとこの答えの根拠となったのは,1990年の本邦における全国調査らしい(金谷.高血圧性脳出血の治療の現況.全国調査の成績より.脳卒中12; 509-524, 1990).これによると手術適応の基本は被殻出血,ないし混合出血で,CT上の圧迫所見があり,血腫量が31ml以上の大きな出血で,かつ神経学的重症度分類が1(清明)ないし5(昏睡)では手術適応がない.小脳出血,皮質下出血も適応あり,ということになっている.ただし,全国調査というretrospective studyの結果であり,この研究のみをもってその信憑性を判断することは難しい.
では世界レベルでみたエビデンスレベルはどうなのだろうか?2000年にStroke誌に掲載されたsystematic reviewを読むと,1966~1999年までに行われたすべてのRCTをまとめたメタ解析では外科治療に有用性は認めていない.しかしCTが導入されたあとの時代に行われた5つのRCT(1989~1999年)に限ってみると,ORはtotalで0.63(95%CI 0.35-1.14),すなわち手術は有効であるという結論になる.もちろん外科治療は手術の腕前や麻酔管理,ICU管理など,さまざまな因子が絡んでくるので施設間によって成績が違ってくるだろうが,少なくとも上記の結果は手術療法はうまく行えば有効である可能性を示唆する.
一方,適応部位についてのエビデンスは不十分な状態である.AHAのガイドラインを見てみるとgrade Bで推奨されているのは皮質下出血のみで,小脳出血はgrade C,被殻出血を含むその他の部位は不明,というレベルである.
いずれにしても外科治療はうまく行えば有効である可能性があるわけで,期待を込めて行われたのがSTICH (Surgical Trial in Intracerebral Hemorrhage)という国際共同研究である.27カ国107施設が参加し,1033例が登録された試験で,対象は「発症72時間以内にCTにて特発性テント上出血と診断された症例」で,小脳出血,脳幹出血,動脈瘤やAVM,外傷に伴う出血などは除外してある.ただし「血腫除去の必要性が不確かと考えられた症例」という制約があって,最初の段階で手術が必要と脳外科医が判断した症例はこの研究に含まれていない(!!!).そして対象は①登録後24時間以内に手術を施行した群,および②保存療法群の2群に割り振られたわけだが,②に関しては,その後,患者の状態が変化したときには手術を施行してよいという決まりがあり,この研究をさらにややこしいものにしている.アウトカムの評価は6ヵ月後のGOS,死亡率,mRS,Basel indexである.脱落や割り振り後の家族の反対などで最終的に手術は465例,保存療法は529例となったが,後者のうち140例が状態の悪化,再出血,IICPなどで手術が行われている.さて結論だが,残念ながら両群間で,いずれの項目に関しても有意差が認められなかった.
ただこの研究は労力のわりに日常診療に与えた恩恵は乏しいと言われてもしかたがない.というのは①脳外科医が「血腫除去の必要性が確かと考えた症例」が含まれていないこと(その基準も症例数も不明),②inclusion criteriaに血腫サイズや意識レベルを考慮していないこと,が理由だ.すなわち,一番知りたいはずの目の前の脳出血患者に手術を行うことが有効なのかという問いに答えられる研究デザインではなく,残念ながら診療にさほど役に立たないのである.
とりあえず最新のStroke誌のreviewでは,脳出血の手術適応の目安として「皮質下ないし小脳出血で,直径は最低3cm,かつ意識障害がある症例」とし,「被殻出血で意識障害(GCS 7-12)のある症例についてはいまなお不明」と記載している.この辺が現在,精一杯のところであり,シャロン首相に行った手術に根拠があるのかと言えば,あるようなないような,何とも歯切れの悪い答えにならざるを得ない.ましてOAT-ICHの手術療法の有効性についてはさっぱり分からない.
ところで,以上を踏まえると最初の試験問題,どう学生さんに答えさせるべきでしょうか? 医学教育も今の時代,難しいですね.
Lancet 365; 387-397, 2005
Stroke 37; 301-304, 2006
Stroke 31; 2511-2516, 2000
追伸;来週から学会発表のはしごでしばらくお休みします.AHA にも行ってきます.