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仲道郁代ピアノ・リサイタル(知の泉)

2022年06月02日 | pocknのコンサート感想録2022
5月29日(日)仲道郁代(Pf)
Road to 2027 知の泉
サントリーホール

【曲目】
1.ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第17番ニ短調 Op. 31-2「テンペスト」
2.ショパン/バラード第1番ト短調 Op. 23(後半の始めにも演奏)
3.リスト/ダンテを読んで S. 161-7
♪ ♪ ♪
4.ムソルグスキー/組曲「展覧会の絵」
【アンコール】
1.ラフマニノフ/前奏曲 Op.3-2「鐘」
2.ショパン/ノクターン嬰ハ短調(遺作)(レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ) 
3.ドビュッシー/前奏曲集第2巻~「ヒースの荒野」

ベートーヴェンと仲道さんの記念年が重なる2027年に向けた10年間に渡るシリーズ”road to 2027”は5年目を迎えた。今日のテーマは「知の泉」。文学や美術からインスパイアされた作品が選ばれた。このテーマを「人間の業と再生への祈り」として、「今の世の中に届けたい」という仲道さん。云うまでもなく作曲家が作品に込めた「抗いようのない苦境の中で再生を祈る」というメッセージが、今の情勢にそっくり当てはまり、全体が重苦しい空気に包まれるリサイタルとなった。しかし、そこには希望の光も見えた。

仲道さんの出す音には一音も意味のない音はなく、音たちが連なって何を語り、どこへ向かっているかを感じずにはいられない。ストイックな精神が益々研ぎ澄まされ、深化している。これは単に年齢を重ねた結果というより、作品とその背景への飽くなき探求と共感が成せる技であることは疑う余地がない。

例えばベートーヴェンの「テンペスト」という名の由来が、ベートーヴェンが「シェイクスピアの『テンペスト』を読め」と語った逸話から来るのは有名だが、仲道さんはここから徹底した探求に向かう。シェイクスピアの『テンペスト』がベートーヴェンの作品にどんな影響を与えた可能性があるかを徹底的に考察し、「人間の業と運命、赦しと再生、そして神から与えられた使命」(パンフレットの仲道さんの解説より)というテーマを導き出し、これに自らの演奏を重ねる。

演奏からは人間の苦悩が伝わり、崇高な光が射してくるのを感じた。それがとりわけ顕著に感じられたのが第3楽章。メランコリックに淡々と紡がれるイメージの楽章から、「いびつ」なほど錯綜した音楽が聴こえてきた。そこにはベートーヴェンの苦悩や迷いから自問自答する姿があり、仲道さんとベートーヴェンとの真剣な対話が聴こえた。

こうした仲道さんのアプローチは、祖国を失ったショパンの曲でも、リストがダンテの「神曲」からインスパイアされた作品でも変わることはない。仲道さんが1つの作品を演奏するために、どれほどの覚悟と準備をしているかを思うと、生半可な気持ちで演奏に向き合うことはできなくなる。ショパンのバラードから聴こえる憧れと郷愁に溢れた歌が、こんなに切なく聴こえてきたことはなかったし、リストの超絶技巧の作品には真摯で神々しい光が宿っていた。

そして「展覧会の絵」でも、仲道さんはムソルグスキーと画家ハルトマンの作品を徹底的に探究し、この音楽が「死」と直結する恐ろしい音楽であるという解釈を導き出す。そこからは、単に様々な絵画の情景が切り取られ、それを「プロムナード」が繋ぐ、それまでのイメージとはかけ離れ、各楽曲が「死」へと繋がる一連の行進曲のように聴こえてきた。曲中に挿入される「プロムナード」一つ一つからメッセージが届き、各楽曲の赤裸々とも云える深刻なドラマが伝わり、どんちゃん騒ぎの「バーバ・ヤガー」から華麗な「キーウの大門」への突如の場面転換が、初めて意味を伴って届けられた。

仲道さんは、配付されたパンフレットを、演奏会の趣旨から楽曲解説まで全て自ら手がけ、そのうえステージでも曲ごとに聴衆に語り聞かせてくれる。これは作品の理解にとても役に立つ。曲への演奏者からの直接のコメントは、ともすれば音楽の聴き方を狭めてしまう危険性もあるが、仲道さんのここまでグローバルで徹底した作品探究の結果から得られたメッセージにはある種の普遍性があり、何より演奏がそれを伝えていた。その結果、作曲家たちが作品に込めた大切なメッセージを新たな発見することができる。

この素晴らしいリサイタルで、とんでもない事件が起きてしまった。バラードが始まって間もなくのこと、アラームの電子音がホール内にけたたましく鳴り響き、何分たっても鳴りやまない。仲道さんは演奏を止めるのではと思ったほどだが、動じる様子もなく最後まで演奏した。けれど、演奏内容は吹っ飛んでしまって大切な一曲がまるごと台無しになった気分。次のリストへのインターバル中も会場はざわつき尾を引いた。

「バラードをもう一度聴きたい」と思ったが、緻密に構成されたリサイタルに突然1曲追加するのは演奏者にとって相当困難なはず。アンコールならありかも、と思っていたら、休憩後にステージに登場した仲道さんが「ショパンはパリの賑やかなサロンでは目立たない存在でしたが、その喧騒が去ると静かにピアノを弾き始めたそうです。バラードをもう一度演奏させていただきます。」と言葉を添えて、あたかも最初から組まれていたように再演してくれた。被害に遭った聴衆だけでなく、鳴らした人にも配慮した対応は、仲道さんがいかに聴衆を大切にしているかを示し、真のプロの芸術家魂を感じ、人としてのあり方さえ教えられた。

皮肉なことではあるが、このことでリサイタル全体の価値が更に高まり、忘れ得ぬ演奏会となった。いつもならアラームを鳴らした人への罵倒を書きつけるところだが、今日は止めておく。

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