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ペーター・レーゼル フェアウェルリサイタル

2021年10月16日 |  pocknのコンサート感想録2021
10月13日(水)ペーター・レーゼル(Pf)
~日本ラストコンサート~
紀尾井ホール

【曲目】
1.ハイドン/ピアノ・ソナタ第62番変ホ長調 Hob.XVI:52
2.ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第32番ハ短調 Op.111
3.シューベルト/ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調(遺作)D960

【アンコール】
1.シューベルト/即興曲変イ長調 D.935-2 Op.142-2
2.ベートーヴェン/6つのバガテル Op.126~第1番ト長調
3.ベートーヴェン /ピアノ・ソナタ第10番ト長調 Op. 14-2~第2楽章

昨年の5月に予定されていたペーター・レーゼルの日本での最後のリサイタルが、1年5か月延期されて実現した。レーゼルとの出会いは11年前、紀尾井ホールで毎年行われていたベートーヴェンソナタ連続演奏会シリーズの半ば過ぎに初めて聴き、すっかり魅了され、それから来日の度に聴くようになった。レーゼルも御歳76歳。とはいえ引退するわけではなく、日本での公演が最後とのこと。

プログラムはハイドン、ベートーヴェン、シューベルトの最後のソナタ。フェアウェルに相応しい曲目だが、これは2007年、レーゼルが30年ぶりに日本でリサイタルを行ったときのプログラムだそうだ。来日を待ちわびた満員の聴衆の前にレーゼルが静かに登場すると、大きな拍手が沸き起こった。

最初はハイドン。ピアノフォルテのような奥ゆかしくて雅な響きがした。端正で気高く、何の迷いも気負いもなく、どこか謎めいたものを秘めたこの曲を「これはこういう音楽なんだよ」と澄んだ眼差しで穏やかに語り、全てを納得させてしまうような、これこそ「真理」と思える演奏。ハイドンがピアノ作品で到達した崇高な境地を体験した。

崇高と云えば、崇高の権化のような作品がベートーヴェンの最後のソナタだろう。第1楽章は一見淡々と進むなかで、一つ一つのフレーズをじっくり噛みしめ、音楽の奥底に潜む大切なメッセージを表出している。第2楽章ではいつ果てることない悠久の時間が永遠に続き、音が鳴り続けていながら静寂に支配される。多層的に折り重なる各声部がくっきりと自分の歌を奏で、それらが調和し、静かに天上へ昇って消えて行った。聴衆はしばらく拍手もできず沈黙が続いたあとの喝采には、次元を超えたものへの畏怖の念が込められているようだった。

休憩を挟んで、いよいよ最後のシューベルト。前半の2曲はすぐに弾き始めたレーゼルが、ピアノの前でしばらくじっと時間をおいてから弾き始めた。そこから見えてきたのは、森の中で澄んだ水を湛える泉。鏡のようにくっきりと森の樹々を映して佇んでいる。そこに現れる左手の低音のトリルが微風を呼び、僅かに水面を揺らす。そしてまた何事もなかったかのように水面は静けさを取り戻す。

こんな具合に、透徹とした空気のなかに広がる神秘的なほどに美しい情景が次々と浮かんできた。ベースにあるのは底知れぬ静寂。風もなく草木は微動だにしないが、目を凝らし、耳を澄ませると、木々や花々が生き生きと息づいているのを感じる。そしてそれらを司る大きな存在。終楽章の度々現れるGの一撃は、立ちはだかる壁ではなく、世界を見守る神様がいるように聴こえた。最後のコーダでは、これで終わってしまうのかという名残惜しさとともに心が大きく揺すられた。

客席はスタンディングオベーション。2曲目のアンコールで「これでおしまい」という空気だったが、スタオベと熱い拍手は止むことなく、ずっと表情を変えなかったレーゼルが少しばかり相好を崩して3曲目を演奏してくれた。それまでの澄みきった孤高の天上界から降りてきてこちらへ歩み寄り、聴衆にお別れの挨拶をしてくれたようなベートーヴェン。最後の一撃は「さよなら」か「ありがとう」だったのかも知れない。

これまで音楽の神髄を伝える数々の名演を聴かせてくれたレーゼルに心からの感謝とねぎらいの気持ちを送りたい。まだ引退するわけではないので、できることならドイツまで聴きに行きたい。


沖澤のどか指揮 読売日本交響楽団(Pf:ペーター・レーゼル) 2021.10.9 東京芸術劇場
ペーター・レーゼル ピアノリサイタル 2018.5.8 紀尾井ホール
ペーター・レーゼル リサイタル 2016.5.11 紀尾井ホール

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