異邦人・久保田早紀 Best Collection・Nikon Film Process -シルクロードのテーマ-
数日前に、テレビでこの歌のことが取り上げられていた。
この歌は、はじめは「白い朝」という題名で、久保田早紀さんが中央線で短大に通う途中の風景などを歌ったものだったそうだ。歌いだしの「子どもたちが空に向かい両手を広げ~」というのは、日本の東京の郊外の子ども達の姿だったのだ。
しかし、当時シルクロードブームのCMとして使うことと、歌謡界で歌を売り出すためには、それっぽい歌が必要だったために、急遽この曲が、シルクロードっぽい内容に変更されたのだそうだ。
「白い朝」ではインパクトがないため「異邦人」という題名になったという。確かに「白い朝」という歌詞もあるが「異邦人」に変わっているところもある。
2番の歌詞はかなりシルクロードっぽくなっているので、最初の子供たちも外国の子どものように思えてくる。
そして、この曲は大ヒットし多くの人に強烈な印象を与えたのだった。
本人は元々作った歌が別物になってしまったことに最初はかなりの違和感があったようだ。
だが、作品というものは、多くの人の意向によって色々に変化させられて別の命を吹き込まれるものであり、より良いものになっていくのだろう。
最初に作った人が、自分の感性のすべてをささげて完璧だと思って完成した作品が、見事に滅茶苦茶にされてしまったとしても、新たに出来上がったものは、多くの人にとって魅力があり、価値のあるものとなる。そういうものなんだなあと思った。
テレビでは、現在の久保田早紀さんが出ていた。今は久米小百合さんという本名で、キリスト教会で音楽活動をしているのだそうだ。
若い頃もきれいな人だったが、今もとても素敵なご婦人になっていて、良かったなと思った。
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今になってwikiなどで調べると色々なことがわかるが、この人は私より1学年年上だということがわかった。
「異邦人」が売り出されたのは1979年10月1日だったようだ。この時、私は短大の2年で、久保田早紀さんは短大を卒業されていたのだろう。私は4畳半のアパートに下宿していて、テレビはなくラジカセで音楽を聴いていた。「異邦人」を歌う久保田早紀さんの姿をテレビで見たのは、冬休みに実家に帰ったときだったのだろう。
たった1つ年上の短大生だった人だなんて当時は思いもしなかった。まるで自分とはかけ離れた別世界の人だと思っていた。
いや確かに別世界の人であることは変わりないけど、当時はインターネットから情報を得ることもできなかったから、遠い世界の人のように感じたのだろう。
この頃、昔のことをよく思い出し、自分が20歳のころにスターだった人がみんな60代になってるな~と思い、その人たちが今現在も自分の道を進み、輝いていてくれることが、私の励みにもなるのだった。
この辺りに言い回しが好き。
元の「白い朝」の歌詞はどんなだったか興味あったけど見つけられなかった。
※
ユーミンに一発屋呼ばわりされたというのを聞いて恐ろしい世界だな、と。
今になって中央線沿線の日常の風景を歌ったと聞き、親近感がわきました。
シンガーソングライターだったはずが、思わぬ方向の芸能界で売り出してしまい、肌に合わなくて5年で引退してしまったとか。
自分らしい世界で続けていたら、一発屋なんて言われなかったんでしょうけどね。でも、この歌は名作として売れて良かったんだと思います。