そこは井上靖が幼少期を過ごしたところ。
「しろばんば」「続・しろばんば」の舞台です。
行った所で当時の村並み(町並み)があるはずもないのですが
想いを馳せる事が出来るのです。
ママは小指の先程も関心が無いのである。
それは仕方のない事なんですが、少しだけ立ち寄る事が出来ました。
新しい年
元旦の教室で先生は黒板に"新しい年"と書いた。
確かに新しい年であった。
先生の顔も新しかったし、生徒たちの顔も新しかった。
教室の窓から見える青い空も、明るい陽が散っている校庭も、
校庭の水溜りに張っている氷も、目に移るものみな新しかった。
校門も、その向こうの街道も、街道を歩いている村の大人たちも、
みな新しかった。
ーそれ以後再び新しい年はやって来ない。
幼い日の湯ヶ島小学校の教室の記憶が、年毎に遠く、小さく、
ゴッホの初期のパステル画のように鮮烈になってゆくだけだ。
井上靖
伊豆近代文学館博物館の文を書き写す。
井上靖(洪作)が幼い日おぬい婆さんと過ごした土蔵
移築保存された井上靖邸
生家の跡「しろばんば」の碑には冒頭文が刻まれていました。
しろばんば
その頃の、と言っても大正四、五年のことで、
今から四十数年前のことだが、
夕方になると、決まって村の子供たちは口々に
゛しろばんば、しろばんば゛と叫びながら、
家の前の街道をあっちに走ったり、こっちに走ったりしながら
夕闇のたちこめ始めた空間を綿屑でも舞っているように浮遊している
白い小さな生きものを
追いかけて遊んだ。
井上 靖著 「しろばんば」 冒頭文
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