『イン・ザ・ベッドルーム』でデビューし、傑作『リトル・チルドレン』をものにしたトッド・フィールド監督の久しぶりの新作。なんと16年ぶりとなるこの第3作は2時間40分に及ぶ長尺映画だ。ケイト・ブランシェットが主人公の天才指揮者を演じる。映画はひたすら彼女を追い続ける。そして、僕らは彼女の一挙手一投足から目が離せない。ケイトがアカデミー賞主演女優賞を獲らなかったのは不思議だ。ここまで凄い生きざまを描く映画はない。
目は釘付けになる。一瞬だって目が離せない。映画はそんな彼女の姿をひたすら追いかけて、彼女の凄まじい才能とそれが狂気に至る過程を描いていく。
冒頭から一気に引き込まれていく。それは彼女がたくさんの観客を集めた劇場の舞台で評論家との対談をしているシーン。演奏会ではなく、トークショーである。映画はそれを延々と見せる。自らの考えを滔々と語り、展開していく彼女を見ているとその自信に満ちた語り口に圧倒される。話している内容の難しいことはよくわからないけど、なんか凄い。
彼女はベルリン・フィルの指揮者で、世界が認めた逸材。映画はそんな彼女の日々を問答無用のスピードで描いていく。まるでドキュメンタリーを見ている感じ。ハードスケジュールをこなしながら、凄まじいプレッシャーに打ち勝ち、圧倒的なパフォーマンスを見せる。丁寧な説明はない、だからよくわからないシーンもあるけど、容赦なく先に進む。彼女のエネルギッシュな姿から目が離せないまま。
やがて傲慢すぎるさまざまな対応から徐々に信頼を失っていき、狂気に至るのだが、そのあたりからよくわからなくなってくる。彼女に何があったのか。その内面は見えない。後半になり、SNSの中傷から追い詰められていくのだが、パワハラはあったのかも明確にならない。あったかなかったか、ではなく、訴えられてスキャンダルになるだけで致命的打撃なのだ。やがて、いきなり(精神的に追い詰められて)舞台上での暴行に至るシーンは衝撃的。
ベルリン・フィルを解雇されて、檜舞台から去っていくラスト。アジアの場末のオーケストラで、指揮棒を振るうシーン。落ちぶれた侘しさではなく、変わらぬカリスマ性を感じさせるその姿に、やはり圧倒される。客席のコスプレには驚くが、そんなもの、ものともしない。
映画を見てるだけで、疲れ果てる。それだけのエネルギーの放出がここにはある。これはそれを受け止めるだけでクタクタになるそんな問答無用の圧巻の映画なのだ。