「私が跪いて、どうかそんなことはしないで、と懇願しても?」
「それは通りません!」
マダム・ダルジュレの目がきらりと光った。
「そう! それなら」と彼女はきっぱりと言った。「この財産はあなたの手の届かないところに逃げていくことになるわ。あなたはどんな権利で遺産を要求するつもり? あなたが私の息子だから、でしょ。それなら、私はあなたが私の息子だということを否定します。もし必要なら宣誓してもいい。あなたは私と何の関係もないし、あなたのことなど知らないと申し立てます」
ところが、何たることか! ウィルキー氏の人を小馬鹿にしたような落ち着きはそのままだった。彼はポケットから折り畳んだ紙切れを取出し、勝ち誇ったようにそれを振りかざした。
「僕を息子と認めない! ほう、それは人が悪い」と彼は言った。「でも、そんなことは先刻織り込み済ですよ。ほらここに民法三百四十一条を書き写したものがあります。僕の母親が誰かということは調査済みなんですよ」
ウィルキー氏の脅しの手は一体どこまで及んでいるのか? マダム・ダルジュレには全く分からなかったものの、この三百四十一条が希望を打ち砕くものであろうということは疑わなかった。民法のこの条項を探しあて、それを武器としてウィルキー氏の手に渡した者は確実な武器を選んだと言える。彼女には今度こそ、そのことがはっきり見えた。彼女はこれまでの人生で辛酸を舐めてきたので、今息子がどんな悲しむべき役割を担わされているか理解しないではいられなかった。そして息子は単なる操り人形にすぎず、背後で陰謀の糸を引いている陰険な人物がいることも……。彼女はおぞましい奸策の犠牲になったわけだが、それを計画し準備した者は息子ではないのは確かだった。ああ、だがしかし自らそれを実行することに同意するとは、それだけでもあんまりなことではないか……。ウィルキーの気持ちに訴えてはどうだろう……。彼女はおそらくそれを試みたことであろう。息子の道徳観念が恐ろしいまでに欠如していることを発見し唖然としていたのではあったが。しかし、悪事に長けた相手、自分は表に出ることをせず自分のおぞましい企みの成果を待っているような相手の心に訴えようなどと考えることすら愚かなことではなかろうか?
それでもまだ彼女は降参しなかった。希望は持てないながら、抵抗しようとした。せめて良心の呵責から逃れ、後に後悔に苦しむことのないようにするだけのためでも。
「つまりこういうことね」と彼女は息子に向かって言った。「私があなたを認めることを強制するために裁判に訴えるということ?」 3.8
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