プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

岸佳之

2022-01-21 15:12:47 | 日記
1982年
契約金ゼロのテスト入団。小学3年から大阪:守口市の少年野球チームで硬球を握り「そのころからプロ野球選手になりたかった」父親の仕事の関係で高校は京都の無名校・石原(いさ)高校1、2年は投手、3年はセンターで四番を、京都府大会ベスト8。テストは投手として受け、伸びのあるストレートと切れのいいタテのカーブが首脳陣の目に留まり夢がかなった。

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豊原経久

2022-01-21 15:10:03 | 日記
1978年

ドラフト6位で入団。中央球界では無名だが、185㌢の長身が大きな魅力だ。「江本さんが目標」とじっくり体力作りに頑張っている。


1979年

江本に次ぐ長身投手。背の高い選手にありがちな下半身のもろさがなくなれば、面白い存在になれる投手である。ヤクルトのジャンボ鈴木のように、ほとんどのボールが変化する曲せ球の持ち主。昨年一年間で課題だった下半身もかなり強化されてきただけに、今年はファームでも登板チャンスはかなり与えられるだろう。完成すれば優勝投手になれるのではないかと、言われるほどの素質を秘めている。


1981年


100メートルダッシュで10回走った場合、1回目より10回目の方が速くなる変な選手。力をセーブし自分のペースを考えてのことだろうが、もう少しガムシャラであれ!

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依田政彦

2022-01-21 15:04:17 | 日記
1984年


大リーガーを目指していた男が、日本球界に飛びこんできた。生まれは大阪、和歌山で5歳まで育ったが、家族とともに渡米。レークウッド高からアーバイン大(2年中退)と温暖の地、カルフォルニアで過ごしてきた。その性格ものびのびとして考え方もアメリカ式。だが、なんとか日本に慣れようと懸命の努力だ。「あのチェンジアップはすぐにでも実戦で使える」テストで首脳陣を惚れこませた左腕。貴重なサウスポーの中継ぎ、ワンポイントとして一軍で登板する可能性は十分にある。


1985年


メイド・イン・USAの左腕が、いよいよ花を開こうとしている。秋の日向キャンプで先輩打者をキリキリ舞いさせた魔球ナックルボールの威力には、岡本監督もア然。「中継ぎでスタートさせれば、面白い存在になるかも」と一軍入りの期待を寄せている。

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川原昭二

2022-01-21 14:56:01 | 日記
1979年
恵まれたからだを利してのストレートの速さと大小二つのカーブ。昨年秋の教育リーグでまた一段と成長した。荒けずりなピッチングは将来楽しみな逸材。合宿の寮長として若手選手の信頼も厚いよ。

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江崎毅

2022-01-21 14:54:14 | 日記
1981年


オール三菱の全国大会で四試合連続完封。軟式会の星が、硬式の世界にチャレンジして来た。社会人時代は「宴会課長」の異名を取ったほど明るい性格だが、細身の体に宿す闘魂はすさまじい。「硬式でもこれだけやれるという所をお見せします」とキッパリ。天性の球離れの遅さとアンダースローの長所を生かし、照準はピタリ一軍だ。

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谷崎浩二

2022-01-21 14:50:01 | 日記
1982年


九州では「産交に谷崎あり」といわれた本格派。「1メートル85の長身から投げおろすストレートは角度があり、加えてバネが強い」と、首脳陣もその素質を高く評価。胸元にくる速球は、140キロ台をマーク。プロ3年目の今季は、カーブ、シュート、スライダーにも磨きがかかりぐんと成長。一軍入りのチャンスは大いにある。

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花房健

2022-01-21 14:47:11 | 日記
1981年
中央球界では無名に近かったが「九州に花房あり」と恐れられた本格右腕。187センチの長身から繰り出すストレートは威力十分で、大学四年の春は6勝1敗、秋は2完封を含む7勝0敗で防御率はなんと0.3。福岡大のエースとして、九州六大学リーグ二連覇の立て役者だ。花房は幼い頃からの念願かなっての近鉄入り。「それだけに大学出で、年も食っているので、今すぐにでも一軍で働きたい」と意欲満々。第二の井本目指して連日玉の汗の練習ぶりだ。母校兵庫・高砂高からの近鉄入りは神部以来二人目。「母校の名も神部さんの名も汚せないし、責任は重大です」というが、自らは「右の本格派です。ストレート一本勝負です」と度胸の方もピカ一。二、三年後の成長ぶりが楽しみな投手だ。


1983年


183センチはチームでも5本の指に入る長身。福岡大では4年生のとき13勝をマーク。九州六大学リーグ二連覇の立役者となった。現在「コーチにいわれたフォーム改良に注意しながら、ゲームに出て自信をつけたい」と汗と泥にまみれる毎日である。「右打者に対して外へ逃げるスライダーはいいが、なかなかふところを攻めきれない。いいときのゲームを振り返ると、インコースを強気で攻め抜いたとき」という。今年は、グラウンドで強気一辺倒のピッチングで活路を見い出すと心に誓っている。


1985年


勝負の年だ。もう待ったなし。花房自身も「プロ生命をかけたシーズンだ」と口にする。プロ入り5年目。かつて九州六大学リーグ連覇の偉業をなしとげた右腕にひと花咲かすためにも踏ん張りが肝心。「今年はフォークを武器にしてマウンドに立ちたい」新しい球種に意欲を燃やし、一軍の出番を夢みる九州男児。ドラフト3位の意地がムクムクと頭をもたげてきた。

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荻原修

2022-01-21 14:10:29 | 日記
1982年
野球に打ちこむ姿勢がいい。速球に加えてチェンジアップ、ナックル、フォークまで駆使するという多彩さ。昨年の教育リーグの好投はことしに夢をつないだが、器用貧乏になってはダメだよ。

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三木茂

2022-01-21 14:06:22 | 日記
1979年


昭和34年7月8日生 1㍍83、78㌔、右投右打 福岡市中央区出身
ドラフト外。大阪高校球界の強豪北陽出身だが、軟式出という変わりダネ。軟式出身といえば元東映のエース土橋を思い起こすが、かつてその土橋とバッテリーを組んだ安藤育成部主任はひと目そのピッチングを見て「入団当時を比べると、土橋よりもっとバランスがいい」というほどだ。第二の土橋が誕生するか、注目の大型右腕である。


軟式野球出身で、昨年の多摩川テストの合格者。


1981年


一軍のレギュラー陣相手に黙々と投げ続ける毎日。一球一球に「いつかぼくも…」の気合をこめて。遠征先ではいつも木田と同室。スーパールーキーも、ノンプロ入社当時は打撃投手だったんだよ。


1982年


球威がもちろんコントロールがすばらしく良くなった。一線級のフリー打撃に投げるのが楽しくて仕方がない毎日。ぐっと上昇したチーム打率にも大きく貢献してくれたんだ。


1983年


軟式出身でも、もう堂々たるものだ。一軍の主力打者を相手に投げこむ姿にも自信がみなぎっている。ただフリーバッティングの相手役をつとめているだけではない。いつの日かマウンドに立てるようにー。その1球1球に精こんがこめらているのも当然なのだ。

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