1942年の今日、6月5日はミッドウェイ海戦が始まった日ですので、
1976年作品「ミッドウェイ」についてお話しします。
戦争映画については人よりたくさん観ているつもりのわたしですが、
今までなんとなしに避けて通っていたのがミッドウェイ関係です。
その理由は単純で、日本が負けるから(笑)
どうせヘンテコで前近代的な描写のインチキ日本軍が
七面鳥撃ちされて醜態を晒すのを観て、アメリカ人が真珠湾の敵討ちとばかり
溜飲を下げるのが関の山だろうと決めつけていたのでした。
今にして思えば、これはいわゆるひとつの、
「パールハーバー」(マイケル・ベイ監督)トラウマ
というやつだったんですね。
コメント欄でこの映画は決してそんなことはない、と教えていただき、
恐る恐る観てみたところ、非常に公平に、日本とアメリカの戦いを
歴史上の人物に敬意を払いつつ、真摯な態度で語った良作だと感じました。
監督のジャック・スマイトは、ミネソタ大学の学位を取る前、
陸軍航空隊に入隊し、パイロットとして太平洋戦線にも参加しています。
そのことが、作品の視点を非常に抑制のとれたものにしており、
結果的に後世にある程度評価されるものになったと感じました。
どこかの「パールハーバー」とはえらい違いです(嫌味)
タイトルはいきなり、どうみてもドゥーリトル空襲に出撃するために
甲板を飛び立つB-25ミッチェル。
三船敏郎の名前はアメリカ人俳優に次いで五番目に現れます。
タイトルの東京空襲の映像は、ここでもご紹介したことがある映画、
「東京上空三十秒前」(Thirty Seconds Over Tokyo)からの流用です。
この映画の戦闘シーンは、最初の字幕にもあるように
極力実写フィルムから取られていますが、それ以外の戦闘、航空シーンは
ほとんどが既存の映画から取ってきていて、このことは
この映画に結構なツッコミどころを与えています。
映画冒頭、黒塗りの車から参謀飾緒を付けた海軍軍人が
いかにもな日本庭園の中を走っていきます。
彼は渡辺安次中佐(クライド・クサツ)。
聯合艦隊の専務参謀として黒島亀人と共に影響力を持ち、
FS作戦を中心になってまとめた人物です。
ロケ地はサンフランシスコのティーセレモニーガーデンだと思われます。
玄関を入ると、いきなり床の間のある部屋があり、そこに
着物姿でお茶を飲んでいる人たちが・・・!
「山本長官はどこに・・・?」
なんと、山本五十六の自宅という設定です。
玄関にいきなり開けっ放しの部屋があるのもおかしいですが、
この部屋の畳の敷き方も変です。
お茶を飲んでいた一人が中庭に案内しますが、
この中年の三人はいったい山本長官の何?
「東京が空襲を受けました!」
「何、東京が・・・?」
山本五十六、なぜか夏の第二種軍装を着込んで庭に座っています。
4月18日なので参謀の着ている第一種が正しいんですが、
映像的に白の制服が緑に映えると判断されたのかもしれません。
こちら、ハワイのパールハーバー、カネオヘ基地。
と言う設定ですが、このどんよりした天気といい、
生えている独特の植物といい、どうみてもサンフランシスコの
バッテリー(砲台)のうちのどれかです。
彼がジープで坂道を下っていくシーンでは
よくみると遠くにベイブリッジが映り込んでいます。
ここにやってきた一人の軍人、それは
マット・ガース大佐(チャールトン・ヘストン)でした。
ちなみに彼の乗っているジープのフロントグラスは一枚面ですが、
1942年当時ガラスをこのようにする技術はまだありません。
このタイプが出てきたのは第二次世界大戦後でした。
何重にも鉄格子の扉を通り抜けた先にあるのは諜報部?
ここでガース大佐をお迎えするのは、いつも軍服の上にガウンを着て
ろくにお風呂に入らなかった、(実話)
ジョセフ・ロシュフォール大佐(1900〜1976)
日本人にはあまり名を知られていませんが、予備士官で、
クロスワードパズル始めゲームが異様に得意であることが認められ、
海軍の暗号解読チームに加わったという天才肌の人物です。
諜報活動のために、日本語の専門的なトレーニングも受けており、
その「仕上げ」その他色々のために一度は来日もしたそうで、
「アドルフに告ぐ」に出てきた諜報員並みに日本語が喋れたと思われます。
かなりのイケメン
映画でも描かれているように、ロシュフォール大佐の暗号解読が
ミッドウェイでアメリカに勝利のきっかけをもたらしたと言ってもいいのですが、
ニミッツがサービスメダルの授与を推薦したとき、彼は
「面倒の種になる」”make trouble"
といってあっさり断っています。
そこでふと思い出すのが我が海軍の黒島亀人ですが、
両者に共通するのがお風呂に入らなかったということ。
天才肌の軍人=変人=風呂に入らない
という漫画的キャラが、偶然にもミッドウェイ海戦においては
日米双方に生きていたということでもあります。
ガース大佐は、ここでロシュフォール大佐と、
東京空襲の報復として日本軍がどこを攻めてくるか
あれこれと会話します。
「日本海軍の司令部間での無線連絡が多くなっているんだ。
何かが起こっている」
次にガース大佐が現れたのは・・・・。
おやここは、サンフランシスコのプレシディオではありませんか。
太平洋艦隊の司令部があるところ、つまりハワイという設定ですが。
昔要塞があった関係で、今でもここは一部陸軍が
地本に相当するリクルートの事務所を置いていますが、
軍が撤収してからはレストランや郵便局、銀行、そして
ディズニーの博物館などがあって、普通に一般人が行き来しています。
映画が撮影された1976年はまだ陸軍が使用していました。
今でもここ一帯を「プレシディオ」といいますが、
もともとPresidioとは要塞という意味があります。
公開時、将官たちの年齢が行き過ぎている、という批判があったそうですが、
チャールトン・ヘストンは映画撮影時53歳ですから、
大佐定年年齢54歳としてちょうどいい感じの配役です。
「キャプテン!」
階級を呼ばれて振り向くと、そこには息子のトムが。
彼はここカネオヘのVF-8に配置されたといいます。
「あそこの隊長は昔ラングレーで私の列機だったよ」
「ラングレー」はアメリカ海軍が初めて持った航空母艦です。
ガース大佐が航空士官であることがここでわかります。
その夜ガース大佐は、三年ぶりに再会した息子の口から、
彼が日本人女性と結婚したがっていることを打ち明けられます。
彼女とその家族がハワイの抑留施設に入れられていて、
数日中に本土に送られるので、なんとかして欲しいと訴えるのでした。
「僕が日本人と結婚したいって不愉快かい?」
と息子が聞くのに対し、ガース大佐は
「racial bigot(人種偏見主義者)呼ばわりはやめてくれ」
といいつつも、何しろ今は真珠湾攻撃の6ヶ月後なので
タイミングが悪いがなんとかしてみる、と約束します。
さてこちら聯合艦隊旗艦。
日本海軍の模型を使ったシーンの多くは
『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』
から取られています。
評価の高い当作品ですが、ここが残念というか、泣き所なんですよね。
スマイト監督は、模型による特撮を全く行わず、
130分あまりの上映時間のうち、30分以上を
実写や他の映画からの流用ですませてしまっているのだそうです。
元軍人だけに、撮りたいテーマありきで、映像のクリエイトには
全く興味がなかった、ということなのかもしれません。
んん?
山本提督、今度は冬の第一種軍装で出てきたぞ?
なぜさっきのシーンから季節が逆行しているのかな?(棒)
それはともかく、当作品での三船は大変流暢に英語を話しますが、
吹き替えを、俳優のポール・フリーズが行っています。
フリーズは「三船敏郎御用達」の声優で、アメリカ人の三船の声のイメージは
この人だったのですが、先日お話しした「1941」では吹き替えなしだったため、
全てのアメリカ人はこの作品で初めて三船敏郎の声を聴くことになりました。
日本語のwikiポール・フリーズの欄には、なぜかこのことが
全く書かれていませんが、英語の方にはクレジットされています。
この映画の特色は、山本提督以外の聯合艦隊の軍人たちが
日系アメリカ人俳優によって演じられていることです。
いつの頃からか、アメリカ映画の日本軍人役は、ほとんどが
アジア系(中華コリアン)でお手軽に済まされるようになりましたが、
これは、日本人から言わせてもらうと、アメリカの鮨屋のオーナーが、
昔は日本人か日系人だったが、今は以下略、というのに似ています。
中韓系の演じる日本人は、アメリカ人から見たら同じに見えるかもしれませんが、
特に旧日本軍人は、似て非なるもの、我々にはどうにも珍妙に見えるものばかり。
(例・パールハーバー、ファイナルカウントダウン、その他)
まだこの頃は日米の大々的な合作というプロジェクトは一般的ではなく、
さらに、字幕を嫌うアメリカ人観客の嗜好に合わせたのでしょう。
これは、1976年当時、こんな日本人の雰囲気を持った日系アメリカ人が
アメリカの映画界にまだたくさんいたということの証拠でもあります。
今の日系アメリカ人で、彼らのように旧日本軍人の演技ができる役者を
これだけ揃えることはおそらく不可能でしょう。
このときに日本軍人役をした日系人のうち何人かは
実際に日系人部隊陸軍第442部隊に加わった経歴があり、
パット・モリタをはじめ何人かは強制収容所に収監された経験を持ちます。
聯合艦隊図上演習中。
聯合艦隊旗艦の上で行われている会議では、
いわゆるMI作戦(ミッドウェイ攻略作戦)について、
軍令部の近藤信竹中将が、
「(図演によると)米空母がほぼ無傷な状態であり、
ミッドウェー基地にも敵戦力があるため、
MI作戦は中止し、米豪遮断作戦に集中すべき」
と懸念を述べたという史実が再現されています。
真ん中、南雲忠一中将を演じるジェームズ・シゲタ。
海兵隊に入隊し、朝鮮戦争出征の経験があります。
この繁田さんは南雲忠一にこれっぽっちも似ていませんが、
日本人将官を演じるにあたり、役作りに腐心したそうで、
その真摯な態度は三船敏郎を感激させるほどでした。
後年「ダイハード」で、彼は墜落する富士航空に乗っていた
日系人社長の役で強い印象を残すことになります。
彼は2014年に85歳で亡くなり、ハワイの国立太平洋記念墓地に
アメリカのために尽くしたひとりの退役軍人として葬られました。
最近HULUで配信された「ビバリーヒルズ青春白書」を見ていたら、
主人公のスティーブが結婚する日系人女性の父を演じているのが
シゲタさんで、監察医の役で前述のクライド・クサツが出ていました。
日系人の俳優そのものがいかに希少だったかということでしょう。
さて、史実ではこの図演で近藤の具申に対し、山本長官は、
「奇襲が成功すれば負けない」
と言ったとされますが、(作戦を推したのは幕僚だったという説もあり)
映画では南雲長官に同様の反論させています。
ここはハワイのカネオヘ基地。
ここで使われるのがPBYの実機で、この水上艇は
いまだに世界中に機体が残されています。
ガースとロシュフォール中佐がお出迎えしたのは
御大ニミッツ提督。(ヘンリー・フォンダ)
フォンダはニミッツ提督を演じることになった時、
髪の毛を白く染め、さらに左手の指をいつも閉じて
薬指がないということを表現していたそうです。
わたしは出演シーンのたびに左手に注目していたのですが、
たしかに言われてみると左をグーにしていることが多かったようです。
薬指にご注目
偶然ですが、山本五十六も爆風で吹き飛ばされて
指が欠損していたのは有名ですよね。
この撮影で三船はわざわざ山本の失った指の部分を
短くした手袋をあつらえて登場したそうですが、
どちらも映画を見ている者にはわからないレベルの演出です。
移動の車で、ロシュフォール中佐が、暗号で読み取った
「A-F」がミッドウェイではないかという仮説を披露しました。
「しかしなんの証拠もないじゃないか」
アメリカ統合参謀本部では、日本軍の攻撃目標をハワイ、
陸軍航空隊ではサンフランシスコと考えていました。
というわけで、偽の電報で日本軍が引っかかるか
ロシュフォール中佐のアイデアが実行に移されます。
「ミッドウェイの蒸留施設がこわれました・・・と」
ぽちぽちぽちぽち
そして見事に引っかかる日本軍。
「AFは真水不足、攻撃計画はこれを考慮すべし」
これでしっかり
AF =ミッドウェイ
が証明されてしまいましたとさ。
これを受けて「大和」上では再び連合艦隊の作戦会議が。
細萱中将の北方部隊がアッツ&キスカを攻略している間に
本来の目的(ミッドウェイ)から機動部隊を引きつけるというわけ。
「空母の指揮を執るのはおそらくハルゼー提督でしょう」
と出してきたのはロバート・ミッチャムのプロマイド写真。
「勇敢、タフで危険を恐れない男ですが、
我々はその強さを彼自身に向かわせましょう」(直訳)
そして聯合艦隊は、二式大艇二機を投入した真珠湾作戦の時の
『K作戦』に続く『第二次K作戦」として今度は潜水艦と二式で
ミッドウェイに向かう米艦隊への哨戒網を貼る計画を立てましたが、
結論として暗号が解読されてしまったため、
中継地であるフレンチフリゲート礁は封鎖され、失敗しました。
問題は、この報告を受けても、聯合艦隊は暗号が解読されている
可能性を疑わず、さらにはなんの対策も取らなかったことです。
日本人の陥りがちな正常性バイアスを見る気がするのですが、
・・まあ、後からならなんとでもいえますわね。
さてこちらアメリカ参謀本部の作戦会議中。
手前にいるのはニミッツ提督ですが、図上に置いた手の
薬指を折りたたんでいる様子にご注目ください。
この会議では、ニミッツが日本軍の侵攻に備えて
太平洋南西部からフレッチャー少将の第17任務部隊を
ハワイに呼び戻すことを決定しました。
第17任務部隊は、珊瑚海海戦でポートモレスビー防衛を成功させ、
日本海軍に打撃を与えたものの、自身も主力空母「レキシントン」を失い、
「ヨークタウン」は中破し燃料が漏れ出している状態でした。
そこでなんとか帰ってきた「ヨークタウン」のために、
メカニックが総動員で働くことにになりました。
ところでこのシーンに写っている後ろの艦のマストの形状は
どう見ても1942年のものではないですよね。
後ろのボートにも、短距離UHFアンテナがはっきりと見えているそうです。
それから、ここにきて修理をしている人たちに声をかけ、
励ましているガース大佐なんですが、諜報部に行ってみたり、
参謀本部にふらふら行ってニミッツと気やすく話したり、
甲板の修理を見に行ったり・・・・。
この人の本業ってなんなんですか?(大疑問)
続く。