そもそも論者の放言

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『日本の景気は賃金が決める』 吉本佳生

2013-07-15 15:08:41 | Books
日本の景気は賃金が決める (講談社現代新書)
吉本佳生
講談社


Kindle版にて読了。

いわゆるアベノミクス本の一つに数えられるのでしょうが、著者が展開する議論は典型的なリフレ賛成論/反対論とは一線を画しています。
タイトルにもある通り、著者の議論は賃金にフォーカスされています。
著者が最も問題視しているのが「男性・大企業・正規雇用・長期雇用」のグループに属する層と「女性・中小企業・非正規雇用・短期雇用」のグループに属する層の間の賃金格差。
本著の中でも明言されているように、著者は公平性の観点から賃金格差を問題視ししているわけではなく、あくまで日本経済の景気回復を実現することを目的とした場合に、賃金格差を縮小して消費性向の高い層にお金が回る状況を作ることが肝要であると主張されています。

一般にリフレ政策の波及効果のルートは、金融緩和→インフレ期待→設備投資・消費増→賃金増→…と説明されるわけですが、著者は金融緩和が資産バブル・資源バブルを引き起こすことに懸念を示します。
そしてそのバブルが国内で起こればまだしも、どこで発生するかは制御できない、と。
2000年代中盤に日銀が金融緩和を進めた際には、円キャリー取引を通じて資金が資産市場や資源市場に過剰に流れ込んでバブルの要因となり、日本の企業は資源価格高騰によるコスト増を賃金を抑えることにより乗り切ることになった教訓から、アベノミクスによる強力な金融緩和がむしろ賃金デフレを惹起させるリスクを指摘します。

そして、リフレ政策が標榜するインフレ目標の定義について十分な議論や説明がされていないことについても批判されます。
インフレは全ての人に須らく平等に影響を与えるわけではなく、子育て世代に過大な皺寄せを与える危険がある、と。

ということで、著者はリフレ政策を積極的には支持していないのですが、もしどうしても金融緩和を進めるが前提なのであれば国内で不動産バブルを起こす方向で政策を動員してはどうか、という提言がされています。
都市部に不動産バブルを起こしてサービス業を集積させることで、雇用が生まれ、賃金を上げることができる、と。

正直、最後の提言部分についてはあまり腹に落ちなかったのですが、序盤から中盤にかけての経済状況や金融政策の仕組みについての解説部分は非常に丁寧で解りやすく、これまで得た知識を整理するのに役立ちます。
使われている図表・グラフも著者オリジナルにデザインされていて見やすく、解りやすいし。

ただ、これだけ状況把握と解説が解りやすいにも関わらず結論(提言)がモヤモヤっとしているということこそが、問題の根深さを示しているような気もします。
結局のところ「何が問題の本質であるのか」についてのコンセンサスが全く無いままに、いろんな人がいろんな切り口で主張をしているのが、アベノミクスを巡る議論の実態のような。
例えば、著者は「公平性の観点で賃金格差を批判しているのではない」と言い切ってしまっていますが、一方で公平性が失われていることこそが問題であるとする立場の人も多くいるし、説得力もあったりするわけです。

議論を整理する一助となるという点ではとてもいい本だと思うんだけど、なんだかやっぱり先は見えてこないのです。

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