若年寄の遺言

リバタリアンとしての主義主張が、税消費者という立場を直撃するブーメランなブログ。面従腹背な日々の書き物置き場。

応召義務と法治国家と残業ゼロ

2019年04月04日 | 労働組合

【医者の応召義務】

医者には、法律で「応召義務」というものが定められています。
医者は患者を選べません。患者から診察してくれと言われたら、医者が拒むことは法律上認められていません。
○参考 医師の応召義務について
============
医師法
 第19条 診療に従事する医師は、診療治療の求めがあつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

============

ここに、「正当な事由」という文言があります。
これに該当すれば医者も診療を拒むことができるようになります。

ただ、この「正当な事由」の意味内容はあいまいであり、法律の中だけでこれを明確にすることはできません。
このため、所管官庁から解釈のための通知が幾つも出されているわけですが、その中には、

「医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない」
「診療時間を制限している場合であっても、これを理由として急施を要する患者の診療を拒むことは許されない」
「『正当な事由』のある場合とは、医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られる」

等々、医者自身が病気になるまで患者の求めに応じて診察しろと言わんばかりの恐ろしい内容が書かれています。
この応召義務に反して患者への診療を拒否し、その結果損害が生じた場合に、医者に対し賠償責任を認めた裁判例もあります。

理不尽だなぁ、曖昧だなぁ、複雑だなぁ。
そんなルールであっても、法律が法律である以上はこれに従え、というのが法治国家というものです。

この法治国家の理念がさらに過激になると、

「法治国家なんだから法律は守れ。法律を守れない事業者は廃業してしまえ」

といった主張につながります。

【医療費無償化の弊害】

さて他方で、患者側の事情を見てみますと、健康保険法や国民健康保険法に基づき原則として自己負担3割で受診することができるようになっています。
さらに、高齢者であれば、高齢者の医療の確保に関する法律に基づき原則として自己負担1割で受診することができます。
おまけに、生活保護法に基づき生活保護受給者であれば自己負担無しで受診することができますし、自治体の条例に基づき子どもも自己負担無しで受診することができます。

すると、

「子どもがちょっと風邪気味だから病院連れて行って薬貰ってこよう。無料だし」
「婆さんが血圧上がったとうるさいから病院に連れていこう。自分もちょっと腰痛だからついでに受診してこよう。自己負担1割だし」

みたいな安易な発想による病院通いが増えます。
(老人医療費が無料だった頃、病院が高齢者のたまり場と化していたのは有名な話です。)

法律に基づく国民皆保険と各種医療費助成制度によって、見かけの負担が減って医療への需要が膨れ上がり、その結果病院へ通う人数が膨れ上がりました。

法律による規制や助成制度に沿って、人々は自分に都合の良い方向に行動します。その結果、特定の商品やサービスに対する需要が異常に増えたり減ったりすることがあります。
これも法治国家の1側面と言えるでしょう。

【法治国家が医師の過重労働を生んでいる】

このように、法律によって医師の応召義務が定められており、同時に、法律によって医療費自己負担を低額または免除とすることで膨大な需要を喚起しました。

このため、医者は、その膨大な数の患者を拒むこともできず、自分が病気で倒れるまでひたすら義務として診療しなければなりません。

この法律や解釈通知には問題や矛盾点が多々あると思うのですが、これが廃止されるまでは従わざるを得ません。
日本が法治国家だからです。

こうした法律上の義務がなければ、

「あの患者は代金を払わないから、次回から診療拒否しよう」
「この患者は暴力をふるってくるので、次回からそもそも出禁にしよう」

といった対応をすることができます。
しかし、医療分野ではこれができません。
法治国家だからです。

このように、医療分野においては、

残業禁止にするために顧客を選ぶ
残業ゼロにするために理不尽な要求を断る

といった方法を採用することはできません。
法治国家だからです。

【悪法もまた法律、をわざわざ強調する必要はない】

上記リンク先の残業ゼロの話は、私が大変尊敬している経営者が書いているブログのものです。

残業ゼロにするために様々な努力をし、工夫をし、結果、従業員の労働環境を改善しています。
非常に素晴らしい内容です。

その素晴らしいのは、「法律を守っている」からではありません。
従業員の労働環境を改善するために、他の多くの企業では諦めていることに挑戦し、実現し、さらには収益まで改善させたからこそ、素晴らしいのです。

そして、改善された労働環境に優秀な労働者が集まり、この企業がさらに伸びていく。
これに対抗すべく、人材確保のために他社も労働環境の改善に着手せざるを得なくなる・・・
という好循環を期待しています。

さて。

そんな尊敬する経営者が携わるIT業界に、医療業界で適用されているような応召義務が法制化されたとしましょう。

同時に、

「IT分野の製品やサービスを、法律・政令・省令を通して網羅的かつ詳細に規定します」

という規制が敷かれたとしましょう。
きっとIT業界に携わる多くの方が

「政府は余計なことをするな!」

と言うことでしょう。

こうなった時に、残業ゼロを貫くことができるのでしょうか。
顧客を選ぶことはできません。理不尽な要求でも断れません。
それでもなお、

「法治国家なんだから法律は守れよ。法律を守れない企業は潰れた方がいい」

という声が多く上がるのでしょうか。
「法治国家なんだから法律を守れよ」
という主張は、悪法のせいで困っている人にとってはなんとも嫌なものです。
(記憶に新しいところでは、障害者強制不妊手術も悪法に基づくものでした)

繰り返しになりますが、法律を守っているから素晴らしいのではありません。
従業員の労働環境を改善しようと努力し、工夫し、これを実現し、さらに収益を上げ続けて雇用を維持し続けているから素晴らしいのです。

世の中には悪法がたくさんあり、また、一見良さそうだけど副作用の大きい法律もあります。
全国一律に馴染まない分野に法律で網をかけてしまっているものもあります。
作った側がそもそも漏れなく適用出来ると思っていない法律もあります。
そんな無数の法律がある中で、個人の側が
「法治国家なんだから法律を守れ」
と強調する必要はありません。
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