朝3時半に宿を出て会場に向かいます。会場についても当然外はまだ真っ暗。
それに、とにかく寒い、気温は氷点下みたいです。
朝焼けの中、アームウォーマーにウインドブレーカー、さらにその上に百均で買ったサウナスーツを使い捨て用に着込んでスタート。
まずは山中湖へ向かう道、水溜りには氷が張り、所々に雪が残り、畑は一面に霜が降りて真っ白。
身体が温まってきたのでサウナスーツを捨て、山中湖の周回路へ、ここは山中湖ロードレースで走ったことがある道、でもこんなに綺麗に富士山が見えたのは初めてです。
山中湖を1周し再び河口湖方面へ、かなり暖かくなってきたのでウインドブレーカーも脱いでユニフォーム姿に。
30kmを過ぎ、街中入ったところで72kmの部のランナーと合流、同チームのH田さんに追いつきました。
ここからしばらくは、狭い歩道の走りにくい道が続きます。
100kmの部のランナーの方がスピードが速いのですが、追い抜くのもままならないし、信号待ちで大集団になってしまう。ここは我慢です。
河口湖大橋を渡り、42.5kmを過ぎたあたりで街中を抜け、信号のない道に出ました。
H田さんはスタートしてまだ10kmちょっとなので元気、でもこっちはもうフル以上の距離を走っているわけで、彼と抜きつ抜かれつの状態が延々続きました。
そうこうしているうちに50kmを5時間44分で通過、ここまではかろうじてプランの範囲でした。
実は、目標は自己ベスト(12時間21分)更新、あわよくば12時間切りということで、いろいろと作戦を考えていました。
でも、51km地点の第一関門で長めのレストを取り、58kmのエイドでまったりうどんをいただいてしまったのでかなりのタイムロス、65km地点通過が7時間55分、まだ1/3を残して12時間切りはもちろん自己ベストもかなり無理っぽくなってきました。
ここから第二関門の本栖湖県営駐車場までは折り返しコース、チームメイトとハイタッチをしながら走ります。やっぱりウルトラはこれが楽しいです。
第二関門で少し長めの休憩を取り折返し、ここで身体に異変が来ました。序盤から右の足首が痛かったのですが、それをかばって走ってたからでしょうか、今度は左ひざに痛み、その上ふくらはぎにも疲労から来る激痛が来て歩くのがやっとの状態に。
おまけに疲労から胃が食物を受付けなくなってきました。
78km地点のエイドで、何かを食べなきゃと思って、座ってゆっくりうどんを食べたら、今度は足に来て立てなくなった。
もうこうなったら記録などもうどうでも良い、とにかく制限時間内にゴールにたどり着こう、もうそれだけ。ラップを取るのもやめてしまいました。
こうなると1kmがもうほんとに長いです。
80kmを過ぎるくらいからやや足が復活したので走ったり、歩いたり。
90kmで自分よりさらにつぶれているチームメイトの真猿さんをパス、いよいよラスト10kmです。
スプリットは11時間40分、普通は13時間は切ろうと思うところですが、このコース、ラスト5kmはかなりの上りと聞いていたのでがんばる気になりません。
95km、最後の関門を12時間30分で通過、なるほど、走る気になれない坂です。ただひたすら歩きます。
完走は間違いないのですが、このまま歩き続けると自己ワーストの13時間21分を更新してしまいそうです。
ラスト2km、幸いコースが下りになったので、今日の自分の弱さを全部ぶつけるつもりで走りました。20~30人は抜いたかもしれません。
そのまま13時間15分36秒でゴール、自己ワーストは回避したし、なによりもウルトラは完走することが大事ですから、今日のところはまあこれでいいです。
チームメイトも、112kmの部1名、100kmの部3名、72kmの部2名、みな無事ゴールまで帰ってきました。
惜しむらくは、100kmの部に出場した紅一点のマッキーが、制限時間に9分及ばず完走メダルが貰えなかったこと。
残念だけど、ウルトラは最後まであきらめずにゴールすることが大切、良くがんばりました。
桜は満開、それぞれの湖から見る富士山は、神秘的なくらいに綺麗でした。
こんな綺麗な富士山は初めてかも、カメラを持って走ればよかったと、本当に後悔しました。
それに、とにかく寒い、気温は氷点下みたいです。
朝焼けの中、アームウォーマーにウインドブレーカー、さらにその上に百均で買ったサウナスーツを使い捨て用に着込んでスタート。
まずは山中湖へ向かう道、水溜りには氷が張り、所々に雪が残り、畑は一面に霜が降りて真っ白。
身体が温まってきたのでサウナスーツを捨て、山中湖の周回路へ、ここは山中湖ロードレースで走ったことがある道、でもこんなに綺麗に富士山が見えたのは初めてです。
山中湖を1周し再び河口湖方面へ、かなり暖かくなってきたのでウインドブレーカーも脱いでユニフォーム姿に。
30kmを過ぎ、街中入ったところで72kmの部のランナーと合流、同チームのH田さんに追いつきました。
ここからしばらくは、狭い歩道の走りにくい道が続きます。
100kmの部のランナーの方がスピードが速いのですが、追い抜くのもままならないし、信号待ちで大集団になってしまう。ここは我慢です。
河口湖大橋を渡り、42.5kmを過ぎたあたりで街中を抜け、信号のない道に出ました。
H田さんはスタートしてまだ10kmちょっとなので元気、でもこっちはもうフル以上の距離を走っているわけで、彼と抜きつ抜かれつの状態が延々続きました。
そうこうしているうちに50kmを5時間44分で通過、ここまではかろうじてプランの範囲でした。
実は、目標は自己ベスト(12時間21分)更新、あわよくば12時間切りということで、いろいろと作戦を考えていました。
でも、51km地点の第一関門で長めのレストを取り、58kmのエイドでまったりうどんをいただいてしまったのでかなりのタイムロス、65km地点通過が7時間55分、まだ1/3を残して12時間切りはもちろん自己ベストもかなり無理っぽくなってきました。
ここから第二関門の本栖湖県営駐車場までは折り返しコース、チームメイトとハイタッチをしながら走ります。やっぱりウルトラはこれが楽しいです。
第二関門で少し長めの休憩を取り折返し、ここで身体に異変が来ました。序盤から右の足首が痛かったのですが、それをかばって走ってたからでしょうか、今度は左ひざに痛み、その上ふくらはぎにも疲労から来る激痛が来て歩くのがやっとの状態に。
おまけに疲労から胃が食物を受付けなくなってきました。
78km地点のエイドで、何かを食べなきゃと思って、座ってゆっくりうどんを食べたら、今度は足に来て立てなくなった。
もうこうなったら記録などもうどうでも良い、とにかく制限時間内にゴールにたどり着こう、もうそれだけ。ラップを取るのもやめてしまいました。
こうなると1kmがもうほんとに長いです。
80kmを過ぎるくらいからやや足が復活したので走ったり、歩いたり。
90kmで自分よりさらにつぶれているチームメイトの真猿さんをパス、いよいよラスト10kmです。
スプリットは11時間40分、普通は13時間は切ろうと思うところですが、このコース、ラスト5kmはかなりの上りと聞いていたのでがんばる気になりません。
95km、最後の関門を12時間30分で通過、なるほど、走る気になれない坂です。ただひたすら歩きます。
完走は間違いないのですが、このまま歩き続けると自己ワーストの13時間21分を更新してしまいそうです。
ラスト2km、幸いコースが下りになったので、今日の自分の弱さを全部ぶつけるつもりで走りました。20~30人は抜いたかもしれません。
そのまま13時間15分36秒でゴール、自己ワーストは回避したし、なによりもウルトラは完走することが大事ですから、今日のところはまあこれでいいです。
チームメイトも、112kmの部1名、100kmの部3名、72kmの部2名、みな無事ゴールまで帰ってきました。
惜しむらくは、100kmの部に出場した紅一点のマッキーが、制限時間に9分及ばず完走メダルが貰えなかったこと。
残念だけど、ウルトラは最後まであきらめずにゴールすることが大切、良くがんばりました。
桜は満開、それぞれの湖から見る富士山は、神秘的なくらいに綺麗でした。
こんな綺麗な富士山は初めてかも、カメラを持って走ればよかったと、本当に後悔しました。
ウルトラは帰って来ることが大事、タイムはオマケでしょ。
そりゃ遅いより速いほうがいいでしょうが、その程度のものって私は自分で自分を慰めていますよ。
100kmにもなると、コースの特性や気象条件で変わってくるので比較なんてあまり意味がないと思いますけどね。
お仲間も皆さんゴールされて素晴らしいじゃないですか!
もう、走ってきたんですね。
完走、どうもおめでとうございます。
途中でつらさが伝わってきました。
それでも、完走されて本当に良かったです。
途中でユニフォームを替えていくので、大変ですね。
でも、長丁場、帰ってくるのが一番大事です。
本当にお疲れ様でした。
100kmが3回、村岡88kmが1回、奥武蔵75km/77kmが都合7回、ウルトラは全部完走していて、これだけはこだわりたいなと思っています。
完走率が70%程度の大会で、仲間がみんなゴールまで戻ってきたのはうれしいですね。
夜は盛り上がる元気が残っていませんでしたが、日を改めて祝賀会をやりたいと思います。
いやー、朝は寒かった。
キャンドゥで買った100円サウナスーツが役に立ちました。
山用の薄手のウインドブーレカーとアームウォーマー、手袋とサングラス、これだけをウェストポーチに入れて走りながら脱いだり着たりしてました。
おかげでウェストポーチにカメラが入らず、絶景の写真が取れませんでしたが。
4年前の100kmも、きっとつらかったんでしょうが、人間ってつらかったことを忘れちゃうから、楽しかったゴールのことしか覚えてなくて、それでまたレースに出ちゃうんでしょうね。
あなたが転勤しても、ランニングクラブはしっかりがんばっていますってことで。
同じ会社から7人もウルトラに出て、しかもみんなゴールに帰ってきたので、本当によかったです。
ラスト30kmは生き地獄でしたが、例によって、これでコースは分かった、もう一度走ればもっとうまく走れる、次はカメラを持って走ろうとか、いろいろもう考え始めちゃってます。