ショッキングなニュースが、、、_| ̄|○
「ノリック」の愛称で親しまれていたライダー、安部典史さんが交通事故で亡くなりました。
GPレーサーが、公道でトラックと衝突死って、ちょっと信じられません。
阿部さんは1993年に全日本ロードレース選手権500ccクラスで史上最年少の18歳で優勝。94年にはWGP日本GPに参戦し、シュワンツ、ドゥーハンら世界の強豪とトップ争いを繰り広げました。
F-1で言えば、アイルトン・セナが事故死して、シューマッハが若き皇帝とか言われ始めた頃の話。
その後WGP(今のmotoGP)にフル参戦、96年の日本GPで、20歳という史上2番目の若さで優勝。99年にリオデジャネイロGP、00年に再び日本GPで優勝。世界の舞台で計17回も表彰台に立った日本人レーサーとして、日本だけでなく欧州のファンの間でも「ノリック」の愛称で人気は高かった。
ちなみに、F-1では、鈴木亜久里と佐藤琢磨が3位を1回ずつですから。。
しげの秀一さんの「バリバリ伝説」という漫画が少年マガジンに連載していました。
その主人公、巨摩郡(こま・ぐん)が抜け出てきたような、マシンを思いっきり倒す若者の天才肌の走りに興奮させられたものです。
その頃を知っている人からすれば「もう32歳」という印象ですが、まだ32歳だったんですね。
サーキットではなく、公道の事故で命を落としてしまうなんて、無念だったでしょう。。。
心よりご冥福をお祈りします。
「ノリック」の愛称で親しまれていたライダー、安部典史さんが交通事故で亡くなりました。
GPレーサーが、公道でトラックと衝突死って、ちょっと信じられません。
阿部さんは1993年に全日本ロードレース選手権500ccクラスで史上最年少の18歳で優勝。94年にはWGP日本GPに参戦し、シュワンツ、ドゥーハンら世界の強豪とトップ争いを繰り広げました。
F-1で言えば、アイルトン・セナが事故死して、シューマッハが若き皇帝とか言われ始めた頃の話。
その後WGP(今のmotoGP)にフル参戦、96年の日本GPで、20歳という史上2番目の若さで優勝。99年にリオデジャネイロGP、00年に再び日本GPで優勝。世界の舞台で計17回も表彰台に立った日本人レーサーとして、日本だけでなく欧州のファンの間でも「ノリック」の愛称で人気は高かった。
ちなみに、F-1では、鈴木亜久里と佐藤琢磨が3位を1回ずつですから。。
しげの秀一さんの「バリバリ伝説」という漫画が少年マガジンに連載していました。
その主人公、巨摩郡(こま・ぐん)が抜け出てきたような、マシンを思いっきり倒す若者の天才肌の走りに興奮させられたものです。
その頃を知っている人からすれば「もう32歳」という印象ですが、まだ32歳だったんですね。
サーキットではなく、公道の事故で命を落としてしまうなんて、無念だったでしょう。。。
心よりご冥福をお祈りします。
500ccのスクーターはバイクと同じようにスピードが出ます。コノくらいの方になると、事故にあうのは技術うんぬんじゃない気がします。
ビトッチ博士の造ったミニバイクで、ノリックもダイジローも子供の頃走っていたんですよーーー。
ノリックって、転倒はするけど、確か大怪我はしてなかったように思います。なんで、、、って思ってしまう。
最初のニュースではスクーターって聞いたけど、500ccのバイクだったみたいですね。
トラックの運転もひどいけど、スピードも出てたのかな。レーサーの技術を持ってしても回避できないとは。。。
けーぜさん
命は大切にしましょう。
絶対はないけど、走っている分にはまあ大丈夫。
私自身2度事故っているし、友達も亡くしています。
自分が今、こうして生きているだけでも奇蹟かもしれない。
ご冥福を…としかいいようがないです。
ノリックってレースでも突然なんでもない場面で転倒することも少なからずあった選手ですが、まさか公道で事故るなんて信じられませんわ。危機回避の能力は高いだろうに、スクーターだったので操縦性ももう一つだったのでしょうかねえ?
おっしゃるように「まだ」32歳。さぞ残念でしょうね。