なぜかこのところ、この2011年の古いブログを読んでくださるかたが何人かいらっしゃって、内容も今からみるとかなり不十分な感じがしますが、一応、再録をしてみます。
そろそろ、もう一回読んでしっかりとリポートをしろ、ということかもしれませんし、じーじ自身も、そろそろ再読をしなければいけないな、とも思っています。
そういうことで、こんな形でさらに勉強ができるのもいいな、と思ったりしています。 (2018?記)
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2011年のブログです
松木邦裕さんの『不在論-根源的苦痛の精神分析』(2011・創元社)を読みました。
なかなか難しい本でじーじには2~3割くらいしか理解ができていないと思いますが、それでも力の入ったいい本だということは判りました。
フロイトさんを着実にたどりながら(そういう意味では藤山直樹さんと似ている面があると感じました)、そこからさらに深く考え抜いていく姿勢は凄いです。
当然、クラインさんやビオンさんにも言及がされますが、基本はやはりフロイトさんでした。
いろいろなことが述べられていますが、やはり松木さんのいう「喪の哀悼の過程」を興味深く読ませていただきました。
わたくしごとながら、じーじも今年は喪の作業の最中で、そういう時期にこのような本を読めたことに感謝したいと思いました。
今後も何度か読み返していきたい本だと思いました。 (2011 記)
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たぶん2018年の追記です
久しぶりに『不在論』を読もうと思って、本棚の前に立ったのですが、どういうわけか『不在論』が不在(?)で見当たりません。
これが本当の『不在論』です。
ここで「不在」の悲しみをしっかりと味わいなさい、という神さまのご配慮(?)かもしれません(本当はただの整理整頓不足なのですが…)。
「不在」の意味をよーくかみ締めながら、さらに学んでいこうと思います。 (2018?記)
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2019年の追記です
『不在論』はまだ不在中です。
どこに隠れているのかな? (2019 記)