たぶん2016年ころのブログです
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藤山直樹さんの『集中講義・精神分析(上)』(2008・岩崎学術出版社)を再読しました。
なぜか下巻の感想は2011年に書いているのですが、上巻の感想は初めてです。
おそらく3回目の勉強だと思うのですが、3種類の付箋とたくさんのアンダーラインで本の中がとてもにぎやかになってしまいました。
藤山さんの本は、読めば読むほど勉強になるところが多くて、いつも刺激的に読めます。
ましてや、フロイトさんが相手ですから、こちらの経験に応じて、読みも深まってくるのだろうと思います。
本書は藤山さんの上智大学での2006年の講義が元になっていますが、レベルはかなり高いと思います。
こういう講義が学べる上智大学の学生さんがちょっとうらやましくなりました。
さて、今回、印象に残ったことを二つ、三つ書きます。
一つめは、精神分析のあり方。
やはり、治療者が投影同一化で揺さぶられながらも、なんとか生き残ることが重要なようです。
その時に、もの想いをしながらボーとしていることも大切なようです。
たいていの人は患者さんの攻撃に生き残ることができずに、患者さんの傷つきをさらに深めているので、ここはぼろぼろになりながらも生き残ることに意味があるようです。
そして、このことは親子関係にも通じるのではないかと思いました。
二つめは、エディプス・コンプレックスが世代間境界をつくり、それが道徳などにつながっていくということ。
世代間境界のことは、家庭内暴力の家族でその不十分さが指摘される点ですが、エディプス・コンプレックスや道徳との関係で考えたことはなかったので、新鮮でした。
三つめは、精神分析を転移の場にしていくということ。
反復強迫は患者さんなりの努力の結果ですが、その反復強迫を転移の場で、遊びにできると治療につながる、というお話は魅力的です。
フロイトさんからウィニコットさんにつながる点を指摘してもらって、勉強になりました。
まだまだ学ぶところが多い本で、今後も読みを深めていきたいと思いました。 (2016?記)
先日注文し読んでます。
簡単には読められないのですが、どなたかの目に留まればと近日紹介いたします。
臨床になれば、ものすごい勉強が必要なようですね。って!私はカウンセラーではありませんが、
家庭で忙しくて、とてもボラでもできないのですがいつか役に立つかなと学びだけは少しつづけてようかな・・・と思ってます。
忙しすぎる家なのですが…読書くらいは(;^_^A
なんというか、落ち着きのあるブログでいいですね。
ジャンルの幅も広くて、すごいです。
カウンセリングは特別なものではなく、おそらくは育児や看護などの延長のような気がします。
学び、考え続けることが大切なのではないかと思います。