活動がなく休眠状態にある宗教法人の整理が進まない。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題を発端に、文化庁は実態把握を急ぐが、所管自治体の人手不足や法人格売買の横行といった課題は残る。
監視が及びにくい法人はマネーロンダリング(資金洗浄)や脱税に悪用されかねない。国際機関も警鐘を鳴らしている。
熊本県内のある仏教系宗教法人は休眠状態が続く。登記上の住所に境内はなく、駐車場として開放する。
本堂は約50年前の水害で全壊し、前住職は約20年前に死亡。60代の男性親族が引き継ぎ、書面上は代表代務者に就いている。
男性は宗派の上部団体と協議して法人の解散を目指した。だが解散に同意が必要な門徒が亡くなっているなどの理由で断念した。後継者はいない。「いずれ法人格が悪用されないか」と懸念する。
文化庁と都道府県が所管する宗教法人は2023年末時点で約18万ある。そのうち代表の死去などで活動実態のない不活動宗教法人は4431。22年末比で1000以上増えた。文化庁が実態把握を強めたことで「急増」した。
同庁は不活動法人の整理を掲げる。23年3月末、役員名簿や財産目録が不提出で連絡が取れないなど、不活動認定の基準を明確化し、都道府県に示した。
活動再開や合併、任意解散の見込みがなければ、裁判所に法人の解散命令を請求できる。
背景には旧統一教会問題を巡る国会の動きがある。与野党の論戦は同教会と長年関係を保ってきた政治家の姿勢から宗教行政全般に及んだ。宗教法人の実態把握のあり方や不活動宗教法人を巡る対応も問われた。
宗教法人は税制上の「公益法人等」に該当する。お布施などの宗教活動で得た収入にかかる法人税、礼拝施設の土地・建物の相続税、固定資産税は非課税。営利事業にも免税措置がある。
第三者が法人格を不正に得れば、犯罪収益の隠れみのになりうる。
近年は国際的な観点からも対応を迫られる。各国のマネロン対策を調べ、国際基準づくりを担う「金融活動作業部会(FATF)」は21年8月、宗教法人を含む日本の非営利法人に関し「テロ資金供与に関連したリスクベースの監視は行われていない」と指摘した。
非営利法人のなかでも宗教法人の潜在リスクは高いといえる。マネロン対策に詳しい鈴木正人弁護士は「信教の自由に配慮し、行政・捜査機関は介入に慎重になりやすい。マネロンに悪用された場合、他法人に比べて発覚しにくく、犯罪者からは使い勝手がよいという側面がある」と解説する。
宗教法人の法人格取引は横行している。「兵庫県、境内なし、3000万円」――。公然と売買を呼びかけるウェブサイトは少なくない。
役員登記変更を代行し、取引額の数%を仲介料として得るビジネスとされる。
大阪市内のある仲介会社は18年以降、売買を約20件成立させたという。男性経営者によると、売り手で多いのは特定の宗教グループに属さない「単立宗教法人」。買い手は資産形成や新規事業に備えた「節税」目的が目立つ。
こうした売買について、文化庁は「宗教法人法が想定する法人の目的にそぐわない」と問題視する。ただ、明確に禁じる法律などはなく、取引は放置されているのが実態だ。
自治体のマンパワーは限られる。不活動法人が341と全国最多の大阪府の場合、職員6人で約5900の宗教法人を受け持つ。
ある自治体担当者は「活動実態がないのを確認するだけでも一苦労。不正に気づくのは難しい」と話す。
文化庁は23年度、人材支援の制度を新設した。約4億4千万円の予算を確保し、調査員の依頼費や弁護士への相談費などを助成。23年度の活用は8府県だったが、24年度は33都道府県に広がった。
宗教行政が見直される契機は過去にもあった。1995年、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起き、宗教法人法が改正された。法人に役員名簿や財産目録などの提出を義務付け、会計年度末から4カ月未提出の場合は過料の対象になった。
不活動法人の解散命令請求は95年からの3年で計131件に上った。請求はその後減少に転じ、2012〜22年は97件だった。
求められるのは付け焼き刃ではない対策の徹底だ。文化庁の担当者は「不活動宗教法人への対応は昭和から続く課題だが、時代によって対処の強弱があった。FATFの指摘なども踏まえ、恒常的に把握や整理できる体制を構築したい」と話す。
〈Review 記者から〉米国は税務当局の関与強く
日本と同様に、宗教法人に税制上の優遇措置がある国は少なくない。米国は法人に免税資格を与える過程で一定のチェック機能を働かせている。
資格審査は日本の国税庁にあたる内国歳入庁(IRS)が担う。寄付などで年平均5000ドル以上の収入がある法人の場合、寄付金総額や職員報酬などを記した年次財政報告書の提出が義務付けられている。
財産部門を別法人として切り出し、透明性を高めている州もある。日本の宗教法人は年収8千万円以下なら収支計算書の提出義務はない。
憲法が「信教の自由」を規定するなかで、所管官庁は宗教法人と適度な距離を保ちながら接点を維持していくほかない。
宗教法人審議会(文部科学相の諮問機関)元会長で中央大学研究開発機構の新井誠教授によると、ドイツでは伝統的なキリスト教教会などの地位が憲法で定められている。社会福祉事業で協力するなど、政府と宗教が近い関係にあるという。
新井教授は「行政機関と宗教法人は互いに干渉しないのが原則だが、日本では両者の日常的なコミュニケーションが不足している」と指摘する。
不活動法人の実態把握は徐々に進み始めたが限界もある。株式会社は12年、一般社団法人や一般財団法人は5年にわたり登記更新がなければ解散したとみなされる。宗教法人でも同様の制度導入を検討する余地がある。
(浅野ジーノ)
宗教法人の解散
任意でする場合のほか、合併、破産手続き開始決定などによる。信者や利害関係者らの意見も考慮する必要がある。
解散後は残余財産整理などの清算手続きに移行する。裁判所は国や自治体、検察官らの請求で解散を命令できる。
法人の代表不在や宗教活動の休止が1年以上にわたるケース、礼拝施設を失った状態が2年以上続く場合などが想定され、不活動宗教法人も該当する可能性がある。
要件は他に「法令に違反し、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」がある。この要件による命令は、刑事事件を起こしたオウム真理教と明覚寺の2例のみ。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の解散の適否を巡る審理は東京地裁で続いている。
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