EUの欧州対外行動庁の入り口に掲げられたEU旗とウクライナ国旗(11月25日、ベルギー・ブリュッセル)
「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」。2022年2月のロシアによるウクライナ侵略以降、日本の首相が繰り返すフレーズだ。
不安定な安全保障環境を共通項に欧州と結びつきを強めたい意図を込める。欧州との距離は実際に縮まったのか。現地の安保の現場から日欧関係の現在地を探った。
現代安全保障、地理的概念を越える
日本の外交・安保政策を担当する筆者は11月下旬、駐日欧州連合(EU)代表部が主催する日本メディア向けの研修でベルギー、フィンランド、エストニアの3カ国を訪れた。
ロシアのウクライナ侵略と向き合う最前線だ。
最初にベルギーの首都ブリュッセルのEU本部に隣接する欧州対外行動庁(EEAS)を訪ねた。「EUの外務省」と呼ばれ、安保政策を担う。同庁の官僚から最新の国際・地域情勢への認識や日本との協力の方向性を聞いた。
日本は周辺で軍事的挑発を強める中国、北朝鮮、ロシアへの対応に迫られる。欧州はロシアはもちろん、同国を裏で支える中国を警戒する。
日々の取材から、欧州とは安保を通じ物理的な距離を越えて近づいていると感じ、実態を確かめたかった。
「安保に地理的概念はない」「欧州はロシア、日本は中国や北朝鮮のことをよく知っている」。答えは取材実感に近かった。
EUのアジアを見る目は中国の軍拡に加え、10月に北朝鮮がロシアに兵士を派遣したことでより厳しくなったようだ。
25年1月に米大統領に返り咲くトランプ氏の影も感じた。
EU軍事幕僚部で講演したホルバート幕僚長は北米と欧州の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)とは異なる欧州独自の防衛の取り組みを説明した。
トランプ氏はNATOとの協力に否定的な発言を繰り返し、安保での米国への依存はリスクを伴う。
EUは正式な軍をつくる構想を持つ。ホルバート氏は「欧州の防衛を強固にしていかなければいけない」と語った。
次に北欧フィンランドに向かった。ロシアと1300キロ以上、国境を接する。ウクライナ侵略を受けて軍事中立の立場を改め、23年にNATOに加盟した。
首都ヘルシンキの中心部にある「メリハカ民間防衛シェルター」は核攻撃に備えるための施設だ。地下30メートルに6000人ほどを収容でき、普段はスポーツセンターや子どもの遊び場として開放する。
案内役の市職員、アンナ・レヘティランタさんは「フィンランド人はロシアに攻撃されてきた歴史から、常に自己防衛の意識を持ってきた」と話した。
最近はシェルターを維持するためのボランティアが増えたという。
冷戦期に旧ソ連による核攻撃に備えたのを教訓に、国内には5万超のシェルターがある。人口の8割程度を収容できる約450万人のスペースを確保する。
士官学校で中国が研究科目
士官を養成するフィンランド国防大学で中国が研究科目になっていたことに驚いた。
担当者は「直接の脅威というより、あれほど大きな国が何をしたいのかに関心がある」と明かした。欧州では特に経済安保の観点から中国への違和感が広がっている。
担当者は11月中旬にフィンランドとドイツを結ぶバルト海の海底光ケーブルが破損した事案を挙げ「中国が遠回しに何かを仕掛けていることはあり得る」と指摘した。
最後に旧ソ連の支配から1991年に独立したバルト3国のエストニアを訪れた。ハイテク産業の優位性を生かし、NATOのサイバー防衛協力センターを首都タリンに置く。NATOの認証のもと研究や演習に取り組む。
ウクライナではサイバーと現実の空間の攻撃を組み合わせたハイブリッド戦が進行する。
NATO加盟国軍出身のセンター員は「戦争での人工知能(AI)の役割も研究課題だ」と解説した。日本も防衛省の職員を派遣している。
今回、訪れた国で聞いた話に共通したのは①「ウクライナの次に侵略される国」になる不安②米国の不確実性への懸念③中国に対し芽生え始めた疑念――だった。
複合化する危機は欧州と日本が連帯を強める機運を急速に高めていると感じた。
日欧、互いの戦略的価値高める
従来、経済が中心だった日本と欧州の協力は2020年ごろから安全保障に軸足が移り始めた。新型コロナウイルスの感染が世界的に広がり、重要物資のサプライチェーン(供給網)を確保する経済安全保障上の連携が関係を強めた。
中国の外交での威圧的な振るまいや軍事力の急速な増強が目立ち、中国との経済的な結びつきを重視してきた欧州も疑念を持ち始めた時期だった。
日本は東アジアの安保環境の悪化を受け、12年発足の第2次安倍政権以降、米国以外の同志国にも協調の輪を広げてきた。日欧双方にとって互いの戦略的価値が増した。
ロシアによるウクライナ侵略は中国の台湾侵攻を想起させ日本の危機意識を高めた。ともに不安定な安保環境に置かれる日本と欧州にとって部隊間交流の重要性は強まっている。
英国やフランスは空母を、ドイツは戦闘機などを相次ぎインド太平洋に派遣し、自衛隊と共同訓練する動きも出ている。
日本とEUは安保協力の枠組みを多様化し、サイバーや宇宙、偽情報、防衛装備など幅広い分野で協力を進める方針だ。
23年に外相間の戦略対話の立ち上げを決め、24年11月に結んだ「安保・防衛パートナーシップ」では「欧州とインド太平洋は高度に相互連結し、相互依存している」と記した。前述のホルバート氏は「日本にEUの軍事アドバイザーを派遣する計画がある」と明かした。
NATOとの関係も強め、日本は22年以降、3年連続で当時の岸田文雄首相がパートナー国として首脳会議に出席した。24年7月の首脳会議では協力を具体化する方針を決めた。
記者の目 危機の現実、伝える責任
ロシアがウクライナを侵略した2022年2月当時、外務省を担当していた。ロシアが暴挙に出るか否か、日本政府内では楽観論が多かった。
3年近くがたったいま、なお戦争は続く。北朝鮮がロシアに兵士を派遣する事態に行き着いた。
研修で訪れた3カ国は「自分の国は自分で守る」意識が定着していた。
エストニアでは歴史研究家の男性が「私は58歳で予備役が残っている。ロシアが攻めてきたら戦う。誰も守ってくれない」と切実に話してくれた。
日本はどうだろう。防衛費増額の国民負担の議論から逃げ続けてきた政治を見るにつけ、自国を守る覚悟の乏しさを感じる。
不安をあおるのは避けながら現実の危機を伝える記者の責任を研修で再確認した。
(三木理恵子)
普段のニュース記事だけではわからない、政界の話題を詳しく解説します。
日経記事2024.12.13より引用