11月5日の米大統領選が、いよいよ半年後に迫った。米世論調査だけでみるなら、トランプ前大統領が明らかに優位だ。勝敗を左右する激戦州では、トランプ氏のリードが目立っている。
だが選挙資金では、バイデン大統領が大きくしのぐ。トランプ氏は数々の訴訟も抱える。一寸先は闇であり、選挙の結果を予測するのは難しい。
しかし、ひとつだけ確実なことがある。仮にトランプ氏が敗れたとしても、彼を支持する約半数の米有権者はいなくならないという現実だ。
ライアン元下院議長の予言
トランプ支持者の多くは28年の大統領選でも、「トランプ的」な候補者を求めるだろう。だとすれば、彼の強い人気はどこからくるのか、各国は米国社会の内実にもっと目をこらした方がいい。
40歳代で将来の大統領候補に目されながら、19年1月に48歳の若さで政界を去った共和党の元首脳がいる。ポール・ライアン氏(54)だ。
12年の米大統領選挙で共和党の副大統領候補になり、15年10月〜19年1月に下院議長を務める。最終的にはトランプ氏とたもとを分かち、政界を後にした。
共和党内で底堅いトランプ人気をどうみたらよいのか。テキサス州ダラスにライアン氏を訪ね、問うてみた。すると、トランプ現象は「知的運動でも政策でも、理念でも改革でもない。長続きしない」との即答が返ってきた。その主張をざっくり意訳すると、次のようになる。
トランプ氏は富の格差や人種問題への人々の怒りを不必要にあおり、支持を集めている。米国社会の二極化は、彼のカルト的な個性がもたらした一時的な現象にすぎない。彼が表舞台から退けば、分断は和らいでいく――。
癒えがたい二極化の現実
つまり、カルトの「教祖」であるトランプ氏がいなくなれば、米国内の亀裂も和らいでいくという見立てだ。ライアン氏に限らず、米共和党主流派には、似たような楽観論を説く声がある。
これと対極なのが、トランプ氏個人がいなくなっても、問題は解決しないという仮説だ。分断の元凶は、格差や人種対立といった問題にある。二極化した社会の傷を癒やすには、元凶を改めなければならないという構造論だ。
どちらが正しいのか。トランプ氏が分断をあおっているという点では、ライアン説に一理ある。それでも総じて言えば、後者がより現実に近いだろう。
米国内では、気が遠くなるほどの格差が広がる。世界不平等データベースによると、上位1%の富裕層が全体の約35%の資産を保有する(22年時点)。
人種間の対立も深まっている。米連邦捜査局(FBI)によると、22年、米国内で約1万1600件のヘイトクライムがあり、約6割の原因が人種問題だった。
こうした火種があるかぎり、トランプ後にも新たな「教祖」が現れ、分断をあおろうとするだろう。
もっとも、米国の対外政策に限っていえば、25年以降の行方にあまりにも悲観的になるのは早計かもしれない。「偉大な米国の復活」というトランプ氏の目標そのものは、同盟国の利益とは必ずしも逆行しないからだ。
米同盟国の外交当局者らの間にも、トランプ外交がもたらした「プラスの遺産」に着目する向きがある。たとえば対中政策だ。
トランプ前政権は、中国によるサイバースパイや国家主導のハイテク育成、軍備増強に対抗し、厳しい対中政策を進めた。
日米、インド、オーストラリアによる「Quad(クアッド)」を外相級に格上げしたのも同政権である。こうした流れは、いずれもバイデン政権に継承されている。
トランプ氏が同盟国に応分の負担を迫ったことで、各国の防衛支出も増え続けている。
北大西洋条約機構(NATO)メンバーのうち、防衛支出が国内総生産(GDP)の2%に達していたのは、14年にはわずか3カ国だった。ところが、24年には18カ国にふくらむ見通しだ。
トランプ外交の得失見極めを
もちろん、トランプ外交の復活がもたらす危険を挙げればきりがない。最大の懸念の一つが、対ロ政策だ。ウクライナの一部領土の割譲をロシアに認め、ウクライナ側に停戦を迫る恐れがある。
トランプ氏は在任時、経験が豊かな元政府・軍幹部らを側近に起用した。
だが、再選されたら忠臣だけで周囲を固めるだろう。中国や北朝鮮の強権リーダーを相手に、トランプ氏が危うい外交取引を交わそうとしても、いさめる側近はいない危険がある。
米同盟国にとっての上策とは、こうしたリスクへの対策を急ぐとともに、トランプ外交からプラスの効用を引き出す道も探ることだ。米シンクタンクの上級軍事アナリストで、米軍事戦略の分析で知られるヤン・バン・トール元海軍大佐は、こう指摘する。
「米国ファーストというトランプ氏のスローガンは、国益第一という点で他国の指導者と変わらない。彼の大げさで威圧的な言動は交渉術の一部だ。
彼が『何を言うか』ではなく、『何をするか』に注目し、政策を分析することが肝心だ」
日韓豪、欧州などの米同盟国はこれからも長年、内部に深刻な亀裂を抱えた米国とつき合っていく宿命にある。
ただ、分断が米外交にもたらすリスクを制御し、国際政治への悪影響を最小限にとどめることは無理な話ではない。