イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

手品かよ!

2008-10-28 21:57:18 | 世相

“携帯電話”と“自分の個人的な心情”が密接かつ切実に結びついた経験がないので、ドラマや映画の劇中で人物が携帯を扱い出すと、一気に疎遠に感じられる…という意味のことを先日ここに書きました。

最近ドラマで「あ、携帯もこういう使い方ならいけるな」と思ったのは、『相棒season4の『最後の着信』(本放送20061月)。

(…このところ『相棒』がらみで書く機会が増えていますが、現行TVドラマで“1話完結でありながら世界観が一貫経過”作としては、ひとつの頂点を提示してくれる例には違いないと思うので)

当地でここのところ春先から何回か反復再放送されている同シリーズseason45、全話というわけにはいかないのですが視聴できた中では月河、いちばん好きなエピソードかもしれません。

この時点ではいまだ独身の亀山(寺脇康文さん)が夜さり屋台ラーメンのあと一服つけようとすると煙草の箱がカラ。そこへ一杯機嫌のチンピラ・脇(桐谷健太さん)が箱ごと差し出し、気安く話しかけてきます。「煙草はやめとき、自分、独りもんやろ?結婚でけへんよ、煙草やめな、オンナに嫌われるさかい」「オレもやめんねん、結婚するからやめんねんけどな」…千鳥足で去っていった彼を、美和子さんとの入籍待望な亀山は憎からず「ヘンなやつ」と見送ったその3日後、脇は自宅近くの公園の石段から転落死体で発見されます。

手には携帯を持ったまま。爪の間から皮膚断片が発見され、何者かに突き落とされた殺人の線が濃厚に。手にしていた白い携帯のほかにも赤と青、都合3台の携帯電話を所持していて、赤に登録された電話帳は実家や銀行、行きつけ飲食店などプライベート用、青はカタカナファーストネームか名字のみ。そして白への登録は2件だけで名前はなし。

(記事タイトルは鑑識米沢(六角精児さん)からトリコロール携帯を見せられた捜査一課伊丹(川原和久さん)のリアクションです)

直前に通話していた白の通信記録が国際電話転送利用のマスキングをされていたことから亀山が見当をつけた通り、脇は覚せい剤の売人で、青は商売の相手。白に登録されていたもう1件の電話番号から、生活安全課は仲買人の鷲津を連行しますが、鷲津は薬物を卸した件だけは認めたものの、殺害は否認。

脇の過去の、薬物がらみの最初にして唯一の逮捕時の状況を、当時の担当所轄刑事菱沼(中西良太さん)から聴取した右京(水谷豊さん)は、いくつかの不審な点から菱沼刑事が脇の罪状を軽く報告、送検を免れさせる代わりに以後情報屋として使っていたことを突き止めます。

殺害される当夜の脇は、最近再会した大阪時代のガールフレンドでOLの由美(黒坂真美さん)とデート、彼女を送ってから自宅近くの行きつけのバーに立ち寄り、深夜の公園で白の携帯で、鷲津ではないもう1件の登録先と通話し、切った直後転落したとわかる。犯行時刻近辺に公園で鷲津が目撃されており、薬物取引がらみのトラブルで殺した可能性がまず考えられますが、右京らの調べで菱沼刑事が鷲津に、脇が情報屋であることをわざと漏らしたこともわかる。脇が警察に通じていたと知ったから消そうとしたのか?鷲津はこれも否定。確かに脇を痛めつけてやるつもりで待ち伏せはしていたが、脇の携帯での通話を盗み聞くうち相手が菱沼刑事だとわかって退散したと供述。

菱沼刑事は脇から「結婚して大阪に帰る、ヤクから足を洗う、情報屋もやめたい」と告げられて困惑していました。脇を使って管轄外押収で検挙実績を上げ、何度も総監賞を受けるなど腕利きで通ってもいる。情報屋をひとり失うだけなら代わりを見つければ済むが、脇には実績水増しの手口を知られている。思い余って鷲津に脇の正体をバラし暗に“処刑”を示唆したのではないか。あるいは当夜待ち合わせて自分で…しかし大河内監察官(神保悟志さん)の聴取に、菱沼は「“これから会って話し合おう”と約束はしたが、行ったらすでに脇はいなかった」と。

しかし右京は、脇が殺害直前に会っていた由美と、デート場所お好み焼き屋店員との、脇の携帯が何色だったかという記憶の食い違いから真犯人に至りました。実は当日店内での脇の携帯大声会話を注意した店員が突き落としの犯人。注意されたばつ悪さと、由美から「あんたと居ると大阪の頃を思い出して楽しい、一緒に暮らしたいわ」と言われた有頂天がだぶって、脇は店員をテーブルに呼びつけ「お好み焼きの焼き方が悪い、(お好みの本場)大阪人にようこんなもん出すわ」と因縁をつけていました。店内だからと店員は我慢して引き下がり、その場はそれで済んだ。

由美を送った後「彼女に“一緒に暮らしたい”まで言われたら男としてけじめつけな」となじみのマスターにものろけてグラスを重ねた脇は、帰宅途中公園で菱沼に携帯からかけ、足を洗いたいと相談。菱沼はどうにか思いとどまらせたく「すぐそっちへ行く」と約束し電話を切る。そこへたまたま勤務を終えて帰宅途中の店員が通りかかり、脇が見咎めてしまった。

これから堅気になるべく決着をつけようという高テンションと酒の勢いで、脇は携帯を切ったあと店員を追いかけて再びしつこくからみ、無視されるとさらに罵倒。堪忍袋の緒が切れた店員が「うるさい」と突き飛ばして脇は転落。普段おとなしい店員でしたが、巨漢でした。

店員は右京と亀山に「店内で注意した携帯は白だった」と答えましたが、実は由美の答えた赤が正しい。白には店内滞在時間の通話記録はなかったのです。公園でからまれ突き落としたとき脇が持っていた携帯が白だった記憶があったから、店内で大声通話していたのも白と店員は思い込んでいたのです。

結局は薬物売買も、そのさらに裏の情報屋稼業も直接は関係なく、意中の彼女からの逆プロポーズに舞い上がり、足を洗おうと意気込んだあまりの尊大な言動が、行きずりの店員を激昂させ、殺される運命になったのでした。

赤は実家や友人たちとの明朗なプライベート、青はウラの薬物顧客。白はその顧客達にもさらにウラの、仕入先と情報提供先。赤の登録先の人々は、脇に青や白の交際があったことを知りません。青の顧客たちも、白の付き合いがあったことを知らない。脇という、根は気のいいヤンキー青年の複数の世界を象徴するツールとして、携帯電話を登場させた実に周到な脚本。

“彼女の前で偉そうぶりたいための大声通話”“公共の場所での迷惑通話で店員に注意される”“注意したほうとされたほうとの心理的わだかまり”など、携帯が生活感情と密着する世代ではない月河にも「さもありなん」と思わせる絶妙の活用です。

右京と亀山が脇の当日の足取りをトレースするくだりでは、自宅アパートの固定電話に残された、大阪の実母からの「急に電話してきて“結婚する”なんて言うから驚いたわ、どんな娘さんやの?お母ちゃん嬉しいわ、待ってるさかい帰ったら電話しい」との留守電メッセージも流れました。録音の時刻には、脇はすでに殺されていますが、実家のオカンは知るよしもない。再生して聴く亀山も、右京さんも複雑な表情。携帯が事件の主モチーフとなる話に、固定電話ゆえの哀しさをちゃんと併行描写している。ちなみにこのオカン、警察から遺体確認引き取り要請を受けたらしい描写はあるものの、この留守電の声だけで画面には登場しません。

『相棒』シリーズの脚本家さんは、再放送のスタッフクレジットで確認できただけでもざっと5人は揃っていますが、月河と同年代かもうちょっと上ぐらいの人が多いのかもしれない。携帯電話を、身近で一体化した自明のツールではなく“観察対象”として客観化しているふしも見受けられ、これは心強いことです。

結局殺人容疑で送検されたのはお好み焼き店員。鷲津は覚せい剤取締法違反容疑のみ。情報屋を使っての薬物捜査自体は違法ではないので菱沼はお咎めなし。

「まさか売人やってたなんて…騙された気持ちです」と顔をこわばらせる由美に、亀山は「でも、あなたから一緒になりたいと言われて、足を洗おうと思っていたのは彼、本気だったんですよ」と精一杯のフォロー。亀ちゃんにとっては「オレ結婚するから煙草やめんねん」と満面の笑みでのろけていた脇がどこかいじらしく、浮かばれなく思える。

しかし由美は「久しぶりに同郷の友達と会って、お酒も入っていたから、軽い気持ちの冗談で言っただけです。そういうことあるでしょ?」とにべもなく背を向け去って行きました。

「刑事に利用され、行きずりの相手に殺されて命を落とした…薬物などに手を染めた報いだったかもしれませんね」と右京さん。「右京さんは厳しいっすね、オレはそこまでは…」と亀山。「それがキミの良いところですよ」と右京さん。

でも、月河にとっては『冬の輪舞』で親しい黒坂真美さん演じる由美は、足早に右京たちの前から歩き去った後、一度歩をとめて脇の写真を取り出し、振り切るようにひとつ吐息をついてまた歩き出すワンカットもあり、「冗談だった」は警察の前での強がりで、本音では本気だったともとれます。

お好み店員にしても、由美ほか店内に居合わせた客や、先輩店員から脇の態度にも非があったとの事情が聴ければ、殺人ではなく傷害致死で済む目もあるでしょう。

「脇に結婚を約束した女がいたとは、自分が迂闊だった」と大河内の聴取に悔しがった菱沼は、次の情報屋を探す前に若干は脇を哀れむこともあるのか、それとも早晩上手の手から水がこぼれて懲戒の憂き目を見るか。想像力次第で全員に少しずつ救いがある辺り、よく出来た短編小説のような味わいのエピソードです。

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