ちょっと遅くなりましたが、『相棒 season 8』、13日放送の11話『願い』・20日の12話『SPY』ともに余韻のある、いいエピでした。『相棒』全般にありがちなように、動機や手口、解明経路はやや無理スジなのだけれど、無理スジ気味なのが全体の出来においてマイナスにならず、プラスに貢献している。
そもそも犯罪を犯す、法に触れるという行為自体、“無理”の心理無くしては生じないものですから。
『願い』は、16年前の少女失踪事件で人生を狂わされた人々の“願い”を意味するサブタイでした。殺人事件の時効は15年。別の強盗殺人で服役出所後、もう遙ちゃん誘拐殺人では逮捕も訴追もされないと安心し切った実行犯が「事件の一分始終を話す、名乗って出てやるからカネを払え」と卑劣な要求をしてきた。遙の実母が心労で病死したあと、共同経営の会計事務所をひとりで切り盛りしてきた叔母・涼子(黒田福美さん)は要求を一度はのみ事務所口座から現金を引き出しますが、実行犯は当時の共犯で、いまは大学教授になっている香坂に、共犯暴露を怖れて毒殺され、以後の連絡は途絶えました。
涼子たち事件“遺族”は、時効が過ぎても遙ちゃんの生存を信じてきましたが、実は遙ちゃんは身代金の要求が不首尾に終わった当日のうちに殺され山中に埋められていた。人々はここへ来て絶望と怒りのうちに覚悟を決め、実行犯が電話口で涼子に得々と語って聞かせた手口、香坂との共謀の経緯を書き取って“実行犯が自分の息子に宛てた犯行告白の手紙”を捏造。香坂に「金を出せ、出さないとこの手紙を公表する、教授の地位も終わりだ」と迫ります。香坂が払えないと言うと「もう一度16年前と同じ誘拐で金を作れ、標的に盗聴器を仕掛けるのも、人質の始末も俺がやる、おまえは死体を隠したボックスを遺棄して金を運べ」と持ちかけた、その男は実は………
…劇中、特命コンビ(水谷豊さん及川光博さん)の捜査劇と並行して挿入される、香坂に再びの誘拐共犯を唆し盗聴する男が、ラストの解明シーンで初めて“名乗って”正体を明かす、そのサプライズに多くをたのむような構成になっていましたが、16年前に容疑者扱いされ仕事が減って自殺した近隣在住男性の職業が“絵本作家”、当日自分が待ち合わせに遅れたために遙が連れ去られてしまったと長く悔やんでいた級友・夏樹(肘井美佳さん)の結婚相手の職業が“気鋭の画家”と来れば、おおかたの視聴者がなんらかの連関を予測はできたでしょうね。ただ、予測が当たった時点で「なーんだ」で終わらないところが良かった。
絵本作家は制作の傍ら、近隣の子供たちにお絵描き兼読み聞かせ教室のようなこともしていた様子で、自宅兼アトリエには子供たちが頻繁に出入りしており、外出しのゴミ箱から遙のマフラーが発見されたとき、こうした状況も不利にはたらいた。しかし子供好きだったのであろう彼もご近所の遙ちゃんの無事を心から願っていた証拠に、夏樹との待ち合わせ場所だったお寺の大きな桜の木と、樹下にたたずむ遙ちゃんを描いた版画を作っていました。
この版画の出し方が、地味ですけれど好モチーフとして効いていましたね。まかり間違えば絵本作家の息子が「あの事件のせいで父さんが自殺した」と逆恨みに転じてもおかしくなかったのに、悲運の父が悲運を恨むことなく、善意に満ちた絵を残してくれたことで、遙ちゃんの無事を願う思いを息子も妻も共有できた。長じて画家となり成功したこの息子が夏樹と結婚するとは、偶然にしては出来すぎており、やはり事件によって負った心の傷、大切な人を理不尽に奪われた喪失感の共有が接点を作ったに違いないのですが、そこをそれと指摘特定するような台詞がなかったのも節度があってよかった。こういう人心の綾や襞は、説明するより、想像させるほうがいい。
一方、16年前当時、遙ちゃんは父の早世後、未亡人となった母と、母の(独身の)妹涼子と女性3人で暮らしていたわけですが、こういう形の家族もいそうで、そんなに多くはいない気がします。黒田福美さん演じる美人の会計士涼子は、いい年なのに結婚歴どころか、男性の影自体なさげで、解明シーン後の、事件前の平和な暮らしの回想場面など見ると、姉妹の間には『ミス・グリーンの謎』の老姉妹の若い版的雰囲気があったようです。
香坂を陥れ旧悪を暴くための一連の企ての中で涼子が果たした役割もかなり男性的。「姉は遙の名を呼びながら死んだんです」と訴える涼子は、ある意味遙の母の“兄”的存在であり、遙ちゃんには“きれいでハンサムなパパ”的存在だったのかもしれない。“タネや苗を持ち込むのは涼子、根づかせ開花させるのは姉”と、擬似“性分担”を思わせる象徴的な場面もありました。
今話の脚本、期せずして『ミス・グリーン』と同じ太田愛さん。女性脚本家(ですよね?)だから思うのかもしれないけれど、“庭で花を育てともに愛でつつ(男性を容れずに)年齢を重ねる姉妹”のイメージを、原風景としてお持ちなような気がします。
これは脚本の責任ではないけれど、山口馬木也さんが画家に見えにくかったかな。角田課長(山西惇さん)が持ってきた週刊誌のグラビアからすると、コズミックな抽象画の人らしいですが、正体と顛末が明らかになってからの回想でいいから、制作シーンがワンカット欲しかったですね。『剣客商売』のイメージがある山口さんには、画家より、袴でタスキ鉢巻き締めて、箒みたいなでっかい筆を墨バケツに漬けて、床に画仙紙敷いて墨痕淋漓と書く前衛書道家のほうがよかったような。
12話『SPY』はがらりと趣を変えて、相棒シリーズ得意の警察組織内部暗闘もの。現在の神戸くん(及川光博さん)の立場と、右京さん(水谷豊さん)との、協調のコロモの下で繰り広げられる腹芸駆け引きを下敷きにした適時エピでした。これはまた後日再見。
さて21日(木)は『不毛地帯』12話。死にそうで死なない里井副社長(岸部一徳さん)が鏡の前で、垂れた頬っぺた瞼をリフトアップしようとする場面が秀逸でしたな。心臓病じゃなくても、鏡見てアレやりたくなる時あるんだよね。岸部さんの里井がまた、メイクによる強調もあるんだろうけど、餡とか入ってそうな目袋してるし。
命削っても壹岐(唐沢寿明さん)の足を引っ張り先んじようとする里井、この後ヒゲ剃ろうとしてまた発作に襲われるのですが、夫がNYで救急搬送されたことも知らされずにいたらしい妻(江波杏子さん)が必死に二トロを探すこのシークエンスの間じゅうずっと、電源入ったまま洗面台に取り落とされたシェーバーのモーター音がジージー鳴り続けていたのは、里井の焦りを象徴して巧みな演出でした。
里井はとてもわかりやすいのですが、彼にいちいち釘刺され排除されるときの壹岐の心情が、もうひとつ掴めないんですよね。「くっそー」と憤懣を抑えているようにも見えるし、隙だらけな里井のプランを「ほら見ろ、あーあ」と突き放して眺めているともとれる。里井案が言わんこっちゃないぽしゃって、鮫島(遠藤憲一さん)の東京商事に油揚げさらわれるほうが、壹岐としては快哉なのか、その逆なのか、どっちにワクワクしていいのかわからない。
里井を退けつつテメエひとりの手柄にしない、舌をまくようなクレバーな大逆転策のひとつも見せてくれれば、「コイツ、商社ビジネスの右京さんか」と、壹岐追尾ウォッチングに醍醐味も出てくるんですが。“心臓に爆弾”描写をこれでもかと重ねられる里井のほうがいっそ「もうちょっと死なないでがんばって」と応援したくなってくる。
それにしても今回は、次回13話へのブリッジ、田淵幹事長(江守徹さん)の、自邸庭先でのペットに餌やりシーンが圧巻でした。アレで何もかんも吹っ飛んだに等しい。てっきり故・田中角栄元総理をモデルに、池の錦鯉に餌やってるんだと思ったら、芝生にクジャクと見まがうカンムリヅル。しかも4羽も。
山崎豊子さんの原作では田淵、どう描写されてるかわかりませんが、07年の『華麗なる一族』での“将軍”がありますからね。「意地でも鯉にしないぞ」というスタッフの気概すら感じます。気概出すトコ違うような気もするけど。でも「ナニに餌やってる場面にするか」でかなりスタッフ間に議論があったのは確実でしょう。
トラ案なんか出なかったのかな。ゾウ案とか。マイケル・ジャクソンになっちゃうか。
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