★カワサキの国内販売関係を今担当しているのは『カワサキモータースジャパン・KMJ』なのだが、このグループはその生い立ちというか歴史からもなかなか複雑で、一般の会社のOB会とはちょっと違った形になっているのである。
もともとのカワサキの国内販売を担当していたのは『カワサキ明発』だったし、その後はメグロとも一緒になったのである。
普通一般の会社のOB会は最後その会社を退職した方で構成されるのが普通なのだが、カワサキの場合は、川重関係から出向してた人は、川重に戻ってしまうし、従業員でオートバイ屋を独立開業した人は、途中退社してしまうのである。
そんな会社のOB会を創ろうと言われたのは元田中誠社長や苧野豊秋専務で当時の国内販社を担当していたのは私だったのである。
1989年当時の話だから、もう30年くらい前の話なのである。
そんなに大きな会社ではないのだが全国展開だし、前述したような事情もあって、私が具体的に起案した内容は『カワサキの国内販社に1日でも在籍した人はOB会に入る権利がある』そして各地に幾つ創ってもいいし、『複数の慶睦会』に入ることもOKという非常に柔軟なルールにしたのである。
当初は明石の他に東京・仙台・九州などに『慶睦会』があったのだが、いまは関西と東京の二つになっている。
今日の出席者を見ても販売店主や川重に戻った方たちもいて、なかなか多彩な顔ぶれなのである。
集まったメンバーはこんな顔ぶれでホントに多士済々なのである。
今回は昨年秋に叙勲を受けられた吉田純一さんのお祝いを兼てやろうという、平井稔男さんの起案で、吉田さんには会から記念品が贈られたのだが、肝心の平井さんが先月突如入院されて、いまは退院はされたのだが、残念ながら欠席だったのである。
平井さんがいたら、もっともっと賑やかな会になったであろうに誠に残念だったのである。
荒木会長から吉田さんに記念品の贈呈である。
吉田さんからは、お礼のお言葉も頂いた。
私も久方ぶりの出席だったのだが、乾杯の音頭と簡単なご挨拶を申しあげたのだが、このグループは『カワサキ自動車販売ーカワサキオートバイ販売ーカワサキモータースジャパン』と3度の社名変更がなされているのだが、当初は川崎航空機はホントに4輪の開発も手掛けていて、当時の自販の社長は川崎航空機の専務が兼務されていて、明石工場部門との会議などでは圧倒的に販社側が強かったのである。
そんな由緒のあるグループなのでかってのカワ販・KMJの社長は事業本部長が務められていて、歴代の社長は大庭・髙橋・田崎など川崎重工業の社長・副社長が兼務されていたのである。
そんなカワサキグループだが、叙勲を受けられたのは今回の吉田純一さんが初めてで、業界の発展に尽くされた吉田純一さんの功績は大きいものがあると思っている。
★なかなか和やかな雰囲気で進行した。
寺西社長のご挨拶もあったが、事務局の上条さんのスピーチもよかった。
帰る間際のワンショットだが、満足度がお顔に正直に現れている。
2時間を1分に纏めてある動画だが、相変わらず『吉田一郎』さんは元気である。
ご覧になってみてください。