林 住 記

寝言 うわごと のようなもの

楽しく老いる極意

2017-11-30 | 重箱の隅

さて、池内紀著「すごいトシヨリBOOK」毎日新聞出版・税込1080円です。
新書版の腰巻には

  人生の楽しみは70歳からの「下り坂」にあり 
  
ドイツ文学者の楽しく老いる極意 
  リタイア後を豊かに老いるヒント

とあった。
この謳い文句。しかも高名な池内紀先生のくだけた本なので、迷わず購入しました。

   

しかし初版本を読み「なぁんだこの程度のモノか」とガッカリ。
ところがいま、売れてるらしいんですねぇ。

昨日の朝日新聞の広告では、8月発売後3ヶ月で既に6刷にもなっているとか。
そして嘘か創作か、読者の感想がある。

  ・これは「すごい」内容の本。余生の送り方をこの1冊から学びました(男性76歳)。
  ・池内さんの思いに共感したり参考にしたり。考えをまた一歩進めます(女性75歳)。
  ・軽いタッチなのに深く考えさせられます(男性69歳)。

この3人、70歳前後にもなって「アホか」と思いますね。
だって書いてあることは全て当たり前のこと。
80じじぃにとっては承知していることばかりだ。

  

  ・読書してはじめて声を出して笑いました(女性66歳)。

うん、これはそのとおり。何気ない高尚さが売りだった先生にはなかった弾けっぷりだ。
でも声を出して笑うほどのものではなく、頬が歪む程度ですかね。

  

  ・感銘深き書物。色々の感想浮かび、得るところ多し(男性93歳)。

まぁ、そういう文語体的な受け止め方をするご老人もいるだろう。
特に10章「老いと病と死」を読み、いろいろな感想が浮かんだにちがいない。
この章は要するに良寛和尚の、

  ・人は死ぬときには死ぬのがいい

の様々な言い換えであり、先生なりのご提言です。
特にこれから老人の面倒を見ることになる若い人たちに、読んでおいてほしい。

   

9章「老いの旅」は、これまで旅を書く際に、誰も触れなかった頻尿対策が示されている。
「誰もがシモの問題に悩んでる。解決策は尿漏れパンツを恥ずかしがらず穿くことだ」と。

TVではジャズの綾戸智恵さん。
女だてらに「さっ、次どこへ行きまひょ」と宣言しているんだからね。

また「老夫婦の旅は気まずくなりやすい。途中は別々に、宿だけ一緒に」などとも提言
している。
この章も未熟なじじばばにはためになる

  

だが4章「老いとお金」にはいささか腹が立ちました。
お金のことをいつも考えているのは貧しい」。それはそのとおり。
だけどもそうならないための、先生の対策が不愉快なのです。いい気なもんです。

  ・小銭入れとは別に、財布に3万円を入れておく。
  ・行き先と用途別の
三つのリュックザックに、お金を5万円ずつ入れておく。
  ・これらを毎朝点検しお金を補充し、小銭入れ+財布+リュックの3点セットを持ち歩く。

あなた、こんな贅沢できますか?  
年金だけでこんなことができるヒトとは、付き合いたくありませんな。
お金をふんだんに補充可能な、売れっ子随筆家の自慢話じゃないですか。バカにすんなっ。

  

あとがきを読んで呆れた。
やはりこの本は、池内紀先生が直接書いたものではなかった。
本の題名にある「すごいトシヨリ」も、何が凄いのか分からない、と告白している。

この本は先生の雑記帳を基に、週1度の編集者と先生の質疑応答を編集者がまとめたのだ。
養老孟司先生のベストセラー「バカの壁」に似た成り立ちだったのであります。

  

   全10章は以下のとおりです。

     1.老いに向き合う 2.老いの特性 3.老化早見表 4.老いとお金 5.老いと病
     6.自立のすすめ 7.老いの楽しみ 8.日常を再生する 9.老いの旅 10.老いと病と死

   挿絵の舟は池内先生が描きました。10章目の挿絵なので、多分、三途の川の渡し船でしょう。
   表紙や本文中の挿絵は先生が描いておりますが、すごくヘタです。

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神楽坂食べ歩き

2017-11-29 | 風に吹かれて

何年ぶりだろうか。偏屈3爺の蕎麦食べ歩きが突然復活し、近頃評判の神楽坂へ行った。

本当の行き先は、ミシュランで星一つの「蕎楽亭」だったが、「今日から夜のみの営業にします」とのつれない貼り紙。
仕方なく、その先の「東白庵 かりべ」にした。

この店、外観はいささかガサツだが、蕎麦・つゆ・薬味・器・内装・什器・接客・客層とも素晴らしい店だった。
藪系の蕎麦つゆは塩辛く、苦手。でも、かりべの塩辛さには丸みがあり、口当たりがいい。
蒸篭そば、税込み1000円は安い▲

  食後は「毘沙門天」の奥にある浄土宗寺院を訪れ、花も線香も用意せず、今回が2回目になる先輩の墓参り。
  突然にも関わらず、故人の甥にあたる新住職が案内してくれ、先輩の生い立ちや、先輩夫人の最晩年を聞かせてくれた。
  そして異国での寂しい境遇に胸を衝かれた。南無阿弥陀仏。
  

  宮城道雄記念館は、生憎ここも休館日。坂ばかりの迷路のような「袋町」を彷徨った。
  いわゆる花街とは反対側の街区だが、住んでみたい変化に富む閑静な住宅街だ。

歩き回ると、昼飯が蕎麦では、いくらじじぃたちでも、身が持たぬ。
坂の下にあるあんみつ屋「紀の善」に殆ど倒れ込み、栗ぜんざい税込み924円を注文▲
ボリュウムたっぷりの甘さが五臓六腑に染みわたり、直ちに元気回復。

紀の善は入口や店内とも一新して明るい。2階には畳敷きの部屋もある。神楽坂見物の締めくくりに最適だった。

  まだ日は高かったけれど、地下鉄飯田橋駅から帰途に着いた。
  以前はこの日の3倍は歩いた。終末期3爺には、このくらいがちょうどいい行程だった。

                                                           

神楽坂は坂の街。結構キツイ坂でじじばばには辛い。
坂の下にある飯田橋駅よりも、坂の天辺にある地下鉄東西線神楽坂駅から出発するのがラクです。

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秋はたそがれ

2017-11-28 | 高麗便り

秋はたそがれ。



小春日和の巾着田を一周。

錦をまとった山並みを、夕日が際立て美しい。



新聞社のツーデーウォークがあり、幟旗が林立。車が何台も狭い道路を走行する。

 

そういう無粋な風景には目を瞑り、いいとこだけを撮りました。

山の端に日が落ち、急に寒くなってきた。

そろそろ帰る時間だ。

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合計800歳

2017-11-27 | 林住期

小坂小学校桃組の同窓会が、モノレール大船駅前で開催された。
全員が80歳になったので、合計年齢800歳というおめでたさ!であります。
同窓会は5年くらい前から再開し、以後、今年で5回目かな? じじばばはすっかり打ち解け、互いにあけすけの境地。

この2年、元気が無かった幹事君は見違えるほど回復し、びしばし。
相変わらずいちばん華やかなおばばは、最近、なんと栄養失調と診断されたとか。
大恋愛したおばばは、6歳上のおじじから上げ膳据え膳され、煩くてイヤなんだそうな。全員「ふんっ、ごちそうさま」。

森生のマドンナは、高校時代の同級生と一緒になり、それなりに満ち足りているご様子が、いささか残念だった。
もう一人のマドンナだった、ご令嬢・ノミヤマキヨミちゃんは、どこでどうしているのやら。


6人のおばばの中4人は、連れ合いに先立たれ、いまは独り暮らし。全員「自由でいいわぁ」と初冬を謳歌。
これに対し、おじじたちは「一人暮らしなんて想像もできないよ」とは情けない。
常連だった2人のおじじが、体調不良で不参加だった。

海鮮料理は分量が足りずイマイチだったけれど、がやがやわいわいが大ご馳走だった。

会費が少し余った。みんな夕暮れ以後の予定がないので、近所のイタめし屋で2次会を開催。

それはそれで愉しかったが「来春、みんなで高麗の里へ行こう」という成り行きになった。
う~む「原っぱか川原のコンビニ弁当で充分」というけれど、合計800歳だぜ。欠席した二人を加えれば960歳だぞ。
住めば都のわが高麗は、繁華な大船駅前とは大違い。野っ原での宴会はじじばばには到底無理。危ない。
嬉しくも難しい宿題を抱えての年越しになったよ。

 

鎌倉市立小坂(オザカでなくコサカだよ)小学校はいま教室が余っているらしい。
当時は桃・桜・梅・椿・桐組があり、1学級50人で1学年250人。全校で1500人内外という大きな小学校だった。
戦中戦後の大混乱期。食料品も教科書も無く校庭は畑に。授業は算盤の練習と自習ばっかりだった。
あの頃、粗食と頭でなく身体を使ったことが生き延びた原因、という結論になりました。

同窓会の1時間前に大船に着き、旧松竹大船撮影所の辺りにあった、高校時代の友だちの家を探した。
真冬でも靴下を履かなかったカレは、いい大学を出て、いま大揺れの大会社を勤め上げ、大学の先生になった由。

多分まだ生きているだろうが、当時、田園都市と言われた住宅街は、道に迷うほど激変していた

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経済気象台を読む

2017-11-24 | 拍手

朝日新聞朝刊の金融情報頁に連載されている「経済気象台」をよく読む。
この囲み記事は、第一線で活躍している経済人や学者等社外の人が執筆しているそうだ。
例えば11月17日のこの記事▼、いいですね。

  ビジネスマン大統領の誤算

  日本訪問を皮切りとするトランプ大統領のアジア歴訪が終わった。
  この歴訪で印象的だったのは、世間を騒がせるトランプ節が聞かれなかったこと。
  大統領が終始上機嫌だったことだ。

  それもそのはず、日本や中国などで大統領は最大級の敬意をもって歓迎された。
  もし、欧州を訪問したらビニネスライクな対応と盛大な反トランプデモの洗礼を受けただろう。

  それだけではない。特に日本と中国で多額の米国製品・サービスを購入させることに成功した。
  さぞ、支持者たちの目には大統領は期待通りの有能なビジネスマンだと映っているに違いない。
  しかし正確にいえば、日本はまだミサイルを発注していない。
  訪中した大統領の目前で成立した多くの契約も、中国が必要とするもので、大統領との関係は薄い。
  などとの指摘もある。
  大統領はアジアの洗練された接待文化の手玉に取られたという見方もできるかもしれない。

  また大統領は公約通りTPPを離脱し、日本他各国に2国間の貿易協定を迫っている。
  2国間なら米国は優位に立てるとの算段だ。
  しかし、この点でも思わぬ誤算が生じている。
  米国第一の行動が、米国を除いた地域における貿易協定を促進しているからだ。
  米国抜きのTPPも存続が危ぶまれたが、逆に大筋で合意された。

  最も成功したかに思われる日本へのミサイル売り込みさえ、これで北朝鮮のミサイルを撃ち落とせ、
  などと言われたら日本人も引いてしまうだろう。
  トランプ大統領は有能なビジネスマンなのだろうか?

 

トランプ大津領が有能なビジネスマンとは思わない。
日本のマスコミは肯定的に、取引に巧みなビジネスマンとしている。
しかし実態はゴロツキビジネスマンだ。

あんな大統領と親しくしていては、この先、ろくなことはないのではないか。
付き合いは、ほどほどがいい。

22日付では、別の人が「黒田日銀総裁は留任を」と書いている。
2%の物価上昇約束が果たせなかったが、国際的に著名な人物だから留任してもらいたいそうだ。
でもね、じじいは金融や経済のことは分からないけど、就任時、あんなに意気揚々としていたのに、今は元気がない。
約束が無理だったことを分かっているからに違いない。いざぎよく退任すべきである。

年金しか収入が無いじじぃにとって、物価上昇はたとえ2%であっても、御免蒙りたいのだ。
異次元の金融緩和に拘る黒田総裁の続投していては、何か恐ろしいことが起きそうだ。

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ひらけ!! 築地本願寺

2017-11-22 | 重箱の隅

地本願寺がゴツイ新聞広告を出した。何事か?とよく読むと、

  ①お墓=合同墓販売
  ②カフェ=和風カフェ開業
  ③学び=仏教関連の講座・書店・図書館など
  ④くらし=相談受付電話サービス開始

等のお知らせである。
そして④では不安・気がかりの相談や、葬儀・仏事・お墓・相続などの相談も受け付ける由。
なぁんだ、④は①を補完するのが目的じゃないか、と邪推できる。

築地本願寺は都心の一等地に、印度様式の壮麗な伽藍を擁している。
今年で創建400年にもなるそうだ。ま、いうならば仏教界の老舗大企業ですね。
その大寺院が、合同墓を売り出したのだ。

  テラ to PROJECT

だなんて恰好付けちゃって、笑わせます。
お寺だって経営が大切だから、お墓大売り出しの広告を出してもいい。
しかし老舗大寺院なら、もう少し④の不安・気がかり相談を強調すべきだった。

神奈川県座間市で、9人もの自殺志望者が、殺害された。
全国では、われわれ老人がなかなか死なず、高齢化の諸問題が起きている。
これら
は、SNSなどの隆盛を無視し、葬式と観光業に終始するお寺の怠慢が遠因、とじじぃは見ております。

  

   なお、「寺と」プロジェクトについては、ありがたい説明文が載っております。
   バチが当たるといけないので転記しておきます▼ 期待しましょう。

     「寺とブロジェクト」
     それはお寺が、みなさまの人生に、くらしに、寄り添う取り組み。
     お寺本来の役割を、いまの時代に合ったカタチに。より多くの人へ。新しい築地本願寺に、どうぞご期待ください。

   写真は「墳丘からの眺め」さまからお借りしました。重要文化財・築地本願寺の詳細が分かります。

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彩の森公園 晩秋

2017-11-21 | 風に吹かれて

寝坊したので、飯能の山奥で開催された「お散歩マーケット」は諦めた。
代りに、入間市にある県営「彩の森公園」へ行った。

国営「昭和記念公園」にはかなり負けてるけど、頑張っている。
なだらかに起伏がある芝生広場、模範的な渓流、広い池二つ。山地に住むじじぃは、のびやかな風景に満足。

北風が冷たく、歩いても歩いても、汗をかかなかった。
近くに寄って来る鴨を、枯枝で追い払う子がいた。元気があっていいが、親は止めさせなくちゃ。

公園は駅から遠い。欅並木は長い坂道で、車が多く排気ガスを浴びる。
帰りは県営向陽台団地を経由し、西武入間市駅の駅ビル2階に直接入れた。駅の階段や長い坂道を歩かないで済む。

行けなくて残念だった「お参歩マーケット」のチラシの一部です▲
来年は行きたい。鬼がせせら笑うだろうね。

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今朝のテレビ

2017-11-20 | 林住期

国営TV。いつもの大柄姉さんが日替わり完全防寒服姿で「寒い寒い」と叫んでる。
冷気が肩から侵入し布団から出られならないところに、あんなに寒さを強調されたら寝てるしかない。

寒さは血圧に悪い。ヒートショックというそうだ。
対策をいろいろ教えてくれたけど、急に寒くなったので猫額亭は準備ができておらず酷寒地獄。
それでもお叱呼が我慢できなくなって布団から出た。7時50分だ。

毎朝のお勤め、血圧測定。あんれま! 到底容認できる数値じゃない。
深呼吸して測り直すと、まぁまぁの数値になるのでそうしても、そうならない。
期待値が出ず、6回目の156・80で妥協した。

民放TV。日馬富士の暴力事件でもちきり。
原子力村・東芝村・日産村・国会村・団地自治会村。どこも村社会は同じ。村外住民のじじぃには分からない。
まぁ、相撲村のことなんか放っとけばいい。

でも、いちばん怪しいのは貴乃花親方ですな。隠れる才人は策に溺れ、困ってるようだ。
相撲ジャーナリストとかいう杉山さん、出ずっぱり。小言幸兵衛みたい。

171120


寒い一日

2017-11-17 | 林住期

随分寒くなった。昼近く、室内は20度である。
春先の20度は随分暖かくなったと感じるが、今日の20度は、あの暑さを体験した直後なので、バカに寒い。

引き籠っていては不経済だし、煮詰まってしまう。広くて暖かい総合福祉センターへ行き、お昼は食堂で済ませた。
普段はごく簡単にしている昼食に、牡蠣フライ定食を奮発したのは、エネルギーを補充するためである。

風呂上がりなのか、寒暑に鈍感になったのか、半袖肌着のおじいさんがいた。
ここにはじじばばしかいないんだから、無理しない方がいいと思うよ。

牡蠣が小粒のため、体は殆ど暖まらなかった。
誰憚ることなく着膨れるおばぁさんになり、暖かい股引を穿きたい。

立冬を過ぎても、高麗の里の秋は、まだ本番ではない。
今からこんなに寒くては、この冬を越せるだろうか。

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新しい電子辞書

2017-11-16 | じゃじゃ馬馴らし

10年以上は使ってきた電子辞書が突然壊れたので、買い替えた。
時代物になった広辞苑は、いちいち頁をめくるのが面倒くさいし、活字が小さくて読めないからね。

カシオとシャープで迷、結局、安いシャープBrainにしたけれど、それでも税込み3万円もした。
これじゃ生きてるうちに、モトが取れないよ。

昨夜遅く、そして今朝早くまで取説を読んだ。
何が何やらさっぱり分からない。壊れた電子辞書に較べ、呆れるほど沢山の辞書や知識が入っているのがいけないのだ。
ま、習うより慣れろ、だろう。さぁ、これから、いろいろ試してみるか。

えーっ!? 始めに5時間も充電しなくちゃいけないの? 面倒臭い電子辞書だわぃ。

171116


おろおろうどん

2017-11-15 | 林住期

日高ベイシア・モールの広大な駐車場の隅に、さぬきうどんの店がある。
店名にはうどん県丸亀市の名前を付けているので、多分本場物だろう。

ベイシア電器に買い物があり、空腹を感じたのはちょうど昼飯時。
今日こそは讃岐饂飩を、と勇んで店内に入った。

と、驚くじゃありませんか、大学の学食よりも省力化が進んでいる。
少し怯んだけど、広い厨房を囲む狭い通路を先へ進んだ。



厨房の角を2か所曲がったところで、先ずお盆を取り、空の角皿を載せる。
次に、暖かいうどん選び、カウンター内のおばさん注文する。
と、湯気が立った饂飩だけが、丼に入って出てくる。

更に、各種天麩羅から好みの天麩羅を選び、角皿に載せる。
ここでは痩身の海老二尾と野菜の掻き揚げにした。

その先には刻み葱が山盛りになっているので、好みの量を丼に投入。

レジに辿り着く。
キャッシャーが、選んだものの金額を打ち込み、出て来た合計金額を支払う。


最後に饂飩つゆタンクの蛇口を捻り、好きなだけ汁を丼に注ぐ。
このつゆ、あまりにも色が薄いのでだし汁だけかと思った。

これらを全部やらされた。
この間、おろおろきょろきょろどきどきはらはら。

箸や七味唐辛子を探していたら、厨房内のおばさんから、席にありますよ~。
最後に給湯器からお茶を注ぐ。

殆ど満席の中から空いてる席を見つけ出し、席に着いた。
ここで、ぅどどんと疲れが出た。

で、味はいささか薄味過ぎる。(席には「だし醤油」が置いてありました)
うどん県の住民に高血圧症が少なければ結構なことだが、でなければ如何なものか。
じじぃは、ここまで生きて来たらもぅ、健康より味、ですな。

それに、このシステムに慣れたらいいのかもしれない。
支払った金額は720円。もう少し高くても、落ち着いて、味の濃い饂飩を食したい。

  

  写真は「丸亀製麺」さまからお借りしました。

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席を譲られて

2017-11-14 | 林住期

昭和記念公園からの帰り道。モノレールは混んでいた。
着席を諦め、連結部分でよろよろしていたら、若いおばぁさまに手招きされ、席を譲られた。
いいです大丈夫です、と言っても、直ぐ降りるから、とやんわり言い返された。

可愛げのないじぃさまだ、と我ながら思う。

結局、坐ることになったが、歳を見破られて口惜しいような、ラクになって嬉しいような、複雑微妙な気分だった。

外出時、森生は敢えて若作りにしている。若い頃の服がまた着られるようなサイズになったのである。
.......というよりも、捨てるのが惜しいのね。
実際、ここだけの話、ズボンの一番上のボタンは外してます。

でもなぁ、帽子を目深に冠っても、最近のたそがれ振りは甚だしく、隠しようがないようだ。
なんたって、80の大台を超えちまったんだから、身体全体で老人光線を周りに発っしていたのだった。
ましてソフトクリームだけで、21045歩も歩いたんだもの。

これからは素直な可愛いじぃさまになって、ラクをしようか、と思ったりするのであります。
できるかなぁ。

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21000歩

2017-11-13 | 風に吹かれて

カラリと晴れ渡った青空だ。
急に思い立ち、国営昭和記念公園へ行った。

日曜日のため広い園内は大入り満員。レストランはどこも長蛇の列。順番を待っていたら日が暮れそうだ。
最短の列でもフランクフルトは売り切れ。池を渡って来る木枯らしに震えながら、さつま芋ソフトクリームで昼食。

12時に入園し、退園したのは4時。
園外の歩行も含めれば、優に5時間は歩き詰めで、合計21045歩も歩いていた。最近の1週間分より多い。

黄葉と紅葉は既に散り始めたものから、これからのものまで色々あった。
相当草臥れたけど、数日続いていた頭痛は治まり、行って良かったようだ。

立派なカメラを3台も首に掛けたじいさまもいたが、森生は、前が見えないバカチョンカメラ。
いいカメラに買い替え、冬ざれた公園へもう一度行ってみたい。

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哀れなお月さん

2017-11-10 | 歌の翼に

    

福祉センターで自主開催するじじばばの手作り昼食会のメインディッシュは、みんなでこしらえたコロッケだった。
松茸の土瓶蒸しや、しめじの茶碗蒸しよりずっと美味かった。

締めは、恒例の童謡の斉唱である。
今回は「十五夜お月さん」を満月のように大口を開けて熱唱した。
季節外れな歌になったのは、集まったじじばばが季節外れだから仕方がないよ。


ところであなた、この歌の歌詞をはっきり覚えていないでしょ?
じじばばたちもあやふやだったけど、指揮者のアグリーじぃさんが歌詞を配ってくれた。

  

  ◎ 十五夜お月さん 野口雨情作詞 本居長世作曲

  十五夜お月さん ご機嫌さん 婆やは お暇(いとま)とりました

  十五夜お月さん 妹は 田舎へ貰(も)られてゆきました

  十五夜お月さん 母(かか)さんに も一度 わたしは逢いたいな

歌い終わって、ひと騒ぎになった。

  何て暗い歌だったんだろう、アタシ、知らなかった/そうねぇ、このお月さんって、可哀想だわ。

と言うおばばの発言をきっかけに、

  お母さん死んじゃったのね/いや若いツバメと駆け落ちしたんじゃないの? 
  お月さんの家、婆やがいたなんて相当裕福だわ/でもお暇を取ったのは破産したのさ、きっと。
  妹が田舎に貰われたそうだけど、養子縁組じゃなく子守か便所掃除なんかだと思うよ。
  お月さんって、可哀想。・・・・
がやがや、わいわい。

やっぱり、亀の甲より歳の効。野口雨情も裸足で逃げだす凄い妄想力だね。
若いじぃさんが言った。

  こんな歌詞だったかなぁ。お嫁に行くのに傘があるとか無いとか言ってたようだけどなぁ。
  う~ん、そうだったかもしれない。・・・・がやがやわいわい。

別の爺さんが言った。

  そうだっ! こんな歌だったと思う。別ん家のお月さんだよ。

  

森生は帰宅してから調べてみた。作詞は雨情だけど別の歌だった。

  ● 雨降りお月さん 野口雨情作詞 中山晋平作曲

  雨降りお月さん雲の蔭 お嫁に行くときゃ誰とゆく

  ひとりで傘(からかさ)さしてゆく 傘(からかさ)ないときゃ誰とゆく

  シャラシャラシャンシャン鈴付けた お馬にゆられて濡れてゆく

でも雨降りお月さんと十五夜のお月さんは、同一人物だったのかもしれない。
傘も無く、付き添も無い哀れなお月さんだった。

 

挿絵は氏原忠夫卓上暦から。

171110


高麗川にも秋がきた

2017-11-09 | 高麗便り


高麗の里の立冬は、小春日和だった。
夕方、丘の町を下り、高麗川辺りをブラカメラ。



コンデジカメには覗き小窓がなく、液晶モニターには顔が写り、被写体が見えない。
それで撮りまくった中から、人さまにお見せできるのはたったこれだけ。


高麗川の秋は、まだ始まったばかり。
夕暮れに猫額亭に辿り着いたじじぃは、長い坂道でへとへとだった。

じじぃは既に晩秋であります。いや、やはり立冬だな。

171109