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老化制御の切り札として、老化細胞を除去する薬(セノリティクス)が世界的な注目を集めている。その中で、種類の異なる老化細胞を一網打尽に取り除く、世界初の老化細胞除去薬の開発を進めているのが、東京大学医科学研究所副所長で、癌防御シグナル分野の中西真教授らの研究グループだ。中西教授は、日本発の破壊的イノベーションの創出を目指して内閣府が進めるムーンショット型研究開発事業「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」のプログラムマネジャーも務める。老化細胞除去薬の実用化の可能性と、老化研究を進める目的について、中西教授にインタビューした。
東京大学医科学研究所副所長・癌防御シグナル分野の中西真教授(写真:川田 雅宏、以下同)
老化細胞の除去で老齢マウスの臓器の機能低下が改善し筋力がアップ
種類の異なる老化細胞を一網打尽に取り除く画期的な新薬候補として、世界的にも注目されているのは、GLS1(グルタミナーゼ1)阻害薬という老化細胞除去薬だ。「老化の大きな要因の1つは、慢性炎症を引き起こす老化細胞が臓器や組織の中に蓄積することです。実は、一口に老化細胞と言っても非常に多様なのですが、細胞分裂の停止後も生体内に生き残っているのが共通点です。私たちは、個体の中で、多種多様な老化細胞を生き延びさせているのがGLS1という酵素であることを見出しました。この酵素の働きをブロックして細胞死を誘導し、老化細胞を取り除くのがGLS1阻害薬です」と中西教授は解説する。
ヒトで言えば70歳代くらいに相当する老齢マウスに、週3回合計9回GLS1阻害薬を腹腔内投与して1カ月後の変化を分析した研究では、加齢に伴って生じる腎機能の低下、肺の線維化、肝臓の炎症などが抑えられ、各臓器の機能が改善した。通常、老化細胞が蓄積すると、慢性的に炎症が起こって血液中にTNF-α(腫瘍壊死因子α)やIL-6(インターロイキン6)などの炎症物質が増える。しかし、老齢マウスにGLS1阻害薬を投与すると、血液中のTNF-αやIL-6が若いマウスと同程度になり、また肥満による動脈硬化の顕著な改善もみられた(※1)。
「マウスもヒトも高齢になると筋肉量が減って握力などの運動能力が低下し、脂肪組織が萎縮して代謝異常が生じます。ところが、興味深いことに、老齢マウスにGLS1阻害薬を投与すると、握力の低下や脂肪組織の萎縮も抑えられることが分かりました。マウスを棒にぶらさがらせて運動能力や握力をみたところ、普通の老齢マウスは平均30秒くらいで棒から落ちてしまうのに対し、GLS1阻害薬を投与すると平均で100秒程度ぶら下がり続けられるようになりました。ヒトに例えれば70~80歳代のはずなのに、40~50歳代程度まで握力が若返ったような感じです」と中西教授は語る。
図1●GLS1阻害剤による老化・老年病の改善
中西教授らによるマウスを使った実験によれば、グルタミン代謝を標的とした阻害剤は老化細胞除去の作用を有し、加齢現象や老年病、生活習慣病の症状を改善することが分かった(出所:「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」、以下注記のない資料は同)
GLS1阻害薬により120歳まで元気に生きられる可能性も
中西教授らが行った実験によれば、老化マウス以外でも、様々な肥満に伴う生活習慣病モデルマウスにGLS1阻害薬を投与すると、2型糖尿病、動脈硬化、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)も改善することも分かっている(※1)。NASHは、過食や肥満といったアルコール以外の要因により、肝臓に脂肪が蓄積して炎症や線維化が起こる病気だ。肝臓は〝沈黙の臓器″と呼ばれ、自覚症状がほとんどないまま、肝硬変や肝臓がんに進行することも少なくない。GLS1阻害薬を用いて老化細胞を取り除くことで、NASHや動脈硬化など、過食による肥満に伴って起こる様々な病気や臓器などの機能低下を、一挙に改善できる可能性があるということだ。まだマウスでの実験段階だが、ヒトへの効果はどうなのだろうか。
この問いに対し中西教授は、「GLS1阻害薬を用いて老化細胞を取り除くことで、将来的には、ヒトの老化が“治る病気”になることを期待しています。GLS1という酵素の発現は、ヒトでも、加齢に伴って増加することが分かっています。GLS1阻害薬を用いれば老化によって増加する病気の発症が抑えられ、最大寿命の120歳くらいまで元気に生きられるようになる可能性があると思います。まずは、現在有効な治療法のないNASHの患者さんにGLS1阻害薬を投与する臨床試験を開始し、ヒトへの効果を検証していきたいと考えています」と話す。
GLS1阻害薬は既に内服薬として製剤化されて、米国ではがん患者に対する治験に用いられ、ヒトへの安全性は確認されている。この製剤を使うことができれば、1~2年以内にNASHの臨床試験を開始できる可能性もあるという。GLS1阻害薬は、NASH以外にも、2型糖尿病、腎不全、動脈硬化、慢性閉そく性肺疾患(COPD)など様々な加齢性疾患や生活習慣病の治療にも役立つ可能性がある。
この薬が画期的なのは、老化細胞のような異常な細胞だけを選択的に除去し、正常な細胞は攻撃しない点だ。これまで米国などで開発されてきた老化細胞除去薬は、特定種類の老化細胞をターゲットとしたものである上、正常な細胞まで殺してしまう可能性も指摘されていた。
「少し専門的な話になりますが、GLS1阻害薬によって除去されるのは、細胞中にあるリソソーム(異常なタンパク質の処理を行う役目を持つ小器官)という小器官のうち、膜に損傷ができている細胞です。リソソームの膜に損傷があると細胞内が酸性化して強い炎症性の物質を分泌します。酸性化した細胞は通常は細胞死しますが、老化細胞はGLS1酵素のタンパク質を増やしてアンモニアを産生し、細胞内酸性化を中和させることで生き延びています。従って、GLS1酵素の働きを阻害すれば、細胞は生き延びられなくなり、老化による臓器や組織の低下も防げるのではないかと考えました。老化細胞の多くはリソソームの膜が壊れているため、GLS1阻害薬を用いれば、正常な細胞は傷つけずに、多様な老化細胞を一網打尽に除去できるのです」
「GLS1阻害薬で老化による病気の発症が抑えられれば、120歳くらいまで元気に生きられるようになる可能性がある」と中西教授
老化細胞を除去して健康寿命を延ばす国家プロジェクトも始動
中西教授がプログラムマネジャーを務める、内閣府のムーンショット型研究開発事業のテーマは、「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」だ。2040年には、老化細胞などの炎症誘発細胞を除去する技術を、がんや動脈硬化などの老年病や生活習慣病、加齢に伴う多様な臓器機能不全を標的とした治療として、社会実装することを目指している。また、老化度や老化速度を簡便に測れる検査技術を確立し、老化細胞除去薬の適応や効果を確認できる医療システムの構築も進めるという。
このプロジェクトは、中西教授を筆頭に、肥満による糖代謝異常や動脈硬化、早老症などを改善する老化細胞除去ワクチンを開発中の南野徹・順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学教授、微生物学・免疫学が専門の吉村明彦・慶應義塾大学大学院医学研究科教授など、様々な専門分野を持つ10人の研究者で進められている。老化細胞除去薬を実用化することで、老化による臓器や体の機能低下を抑え、健康寿命を大幅に延ばそうとする国家プロジェクトだ。現在の構想が実現すれば、年齢だけでは測れない人の老化度を簡単に測れるようになり、老化に伴う臓器や組織の機能低下やがん、動脈硬化などの病気の発症が抑えられ、高齢社会の到来で膨らむ医療費や介護費を削減できる可能性がある。
「GLS1阻害薬は内服薬で比較的安い薬です。簡単に飲める安価な薬で老化に伴う病気を治療したり予防したりできるならそれに越したことはありません。また、私たちの研究グループでは、アルツハイマー型認知症など神経性疾患の制御につながる、別の老化細胞除去薬の創薬研究も進めています。現在、予防医療は保険診療ではありませんが、将来的に、保険診療が適用される老化予防薬として使えるようになれば、劇的な健康寿命の延びも期待できます。GLS1阻害薬などによる予防医療が実現すれば、多くの人が、ヒトの最大寿命である120歳まで元気に過ごせるようになることも、夢ではなくなるかもしれません」(中西教授)
図2●中西教授がプログラムマネジャーを務めるムーンショット目標の概要
中西教授がプログラムマネジャーを務めるムーンショット型研究開発事業のテーマは、「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」。老化測定技術の開発も研究テーマだ(出所:「教えて平野先生!ムーンショット目標7のこと」日本医療研究開発機構・AMED、ムーンショット型研究開発事業)
臨床試験を進める資金と研究を担う人材確保が課題
ただし、その実現には超えなければならないハードルがあるのも事実だ。
「まずはNASHやCOPDなど、疾患ごとに臨床試験を進め、どういう病気に効くのか検証し、より多くの人に効果が出る投与法などを検証しなければなりません。しかし、日本の場合、臨床研究のための資金と治験を担う人材が不足しています。米国のように老化細胞除去薬の開発に取り組むベンチャー的な製薬会社がどんどん出てきて欲しいと思いますが、意欲的な投資家や人材が少ないのも事実です。日本発の開発であっても、海外の投資家にも投資してもらえるような体制を整える必要があるのではないでしょうか」と中西教授は、指摘する。
ところで、ヒトの最大寿命は約120歳というのが定説(※2)だが、老化細胞除去薬によって全体の健康寿命が延びれば、さらに長生きする人も出てくる可能性はないのだろうか。最新の老化研究によって健康寿命を延ばしても、結局、最後の10年くらいは、要介護になるのではないかという悲観的な見方もある。
しかし、中西教授は、「最大寿命は、老化や病気の発症とは異なる仕組みで決まっています。そのため、老化細胞除去薬によって100歳を超えても元気に自立して過ごす人が増えたからといって、ヒトが生きられるのは最長で120歳というのは変わらないと思います。老化のない動物は、若い個体と高齢の個体では体の状態はあまり変わりありませんが、やっぱり死ぬのです。ですから、介護が必要のない状態で寿命を全うすることは可能だと私は考えています」と話す。
健康な状態のまま元気に年を重ねられるのなら、高齢者が増えたとしても医療費・介護費が過剰になることは避けられ、高齢者の人材活用や人生を楽しむための新たなビジネスも生まれるかもしれない。日本発の老化細胞除去薬の実用化に向け、まずは、NASHの臨床試験の行方に期待したい。
図3●老化を制御する2つの仕組み
「ヒトの最大寿命は、老化や病気の発症とは異なる仕組みで決まります」と中西教授
※1.Science. 2021 Jan 15;371(6526):265-270.
※2.Nature. 2016 Oct 13;538(7624):257-259.
中西真(なかにし・まこと)氏
東京大学医科学研究所副所長・癌防御シグナル分野教授
1985年名古屋市立大学医学部卒業、1989年同大大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。自治医科大学医学部生化学講座講師、国立長寿医療研究センター老年病研究部長室、名古屋市立大学大学院医学研究科基礎医科学講座細胞生化学分野教授などを経て、2016年より現職。
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