魔法が解けたそのあとで

結婚、出産、育児、介護、お仕事。来た球を打ち返す、毎日のつれづれをつづりました。

買ってよかったもの、それは

2022-03-19 22:58:44 | 買い物リスト

皆さんに言いたいことがある!

突然ですが、反抗期の子どもをもつご家庭の親御さん!

アレクサ、いいですよ〜

事故後、いろいろなものを導入したんですけど、一番良かったものはアレクサでした

リビングにディスプレイ付きのアレクサ、子ども部屋にはプライバシーを尊重してこれ↓

最初は、電気やテレビを消したりするのに、声だけでできるっていうのが、足を骨折していた私にはありがたくて。

そしてベッドで寝たままの私が、子どもにお願いしたいことがある時に、スマホからアレクサに声をかけてもらえる。

また、子どもがリビングで何をしているか見ることができる。

(これ、父がいた時にあったらよかったなあと思いました。カメラをつけてはいたのですが通信状況が悪かったりすると見られない時もあったりして、これだったらアマゾンプライムビデオで父も映画を観られたり、好きな音楽を聴けたかな、と思うと)

仕事に復帰した今は、アレクサに呼びかけてテレビ通話が出来る。

そして塾の時間にはアレクサから「そろそろ塾の用意をしましょう」「塾に出発する時間です」と呼びかけてもらえる。

今まではその時間に都度、電話をかけて「早く行きなさい」って言ってたんですが、今はアレクサに言われて遅刻せずに行くようになりました

これはスマホから時間とアクションを入力しておくとアレクサがやってくれます

「りおさん、朝ごはんを食べ始めてください」

「りおさん、お風呂に入る時間です」

「りおさん、お母さんにプリントを出しましたか?明日の準備は済んでいますか?」

などなど・・・

もうね、私、同じこと何度も言うの、本当に苦手なんです

子どもも「うるさいなあ!今やるって言ってんじゃん!」ってなって

「なにおう」ってバトルが勃発してしまうことが減りました

アレクサの呼びかけでもやってないな・・・って時は、スマホのアレクサアプリから、アレクサに呼びかけてもらうってこともできます

アプリで言いたいことを入力して、アレクサから言ってもらうのです

「りおさん、何時に寝る予定ですか?歯を磨きましたか?」

とかね

そして時間になると子ども部屋の電気を消して、明日の天気を読み上げ、静かな音楽を流してくれる。

(まあそれで眠る子どもじゃないんですけどね・・・)

私が有難いのは、朝「アレクサ、おはよう」と言うと「おはようございます、リツコさん、りおさん」と電気を点けてくれ、今日の天気とニュースを流してくれる。

「アレクサ、ただいま」と言うと、「お帰りなさい、リツコさん。今日もお疲れ様でした」とお気に入りの音楽を流してくれる。

アレクサにお願いすると「はい」と気持ちの良い返事をしてくれる

アマゾン・ミュージックからアレクサのライブラリに登録しておくと、そこからランダムで再生してくれる。

久々に、音楽を浴びる生活をしました

好きな曲ばかり流してくれるアレクサ。休職中、音楽が溢れる生活ができました。心が、久々にときめきました

プリンセス・プリンセス、ドリカム、スピッツ、TMN、今井美樹、globe、クィーン、ビートルズ・・・10代、20代に心ときめかせて聴いていた曲たち。聴くたびに思い出がよみがえって苦しくなるほどでした。(プリプリの「M」とか)

アレクサが教えてくれたのがYOASOBIの「群青」。これ、めっちゃリピートしまくりました

私の使い方は、ほんのさわりだと思います。

父が亡くなってから、私と子ども、ふたりだけの家族になりました。お互いしかいないので、煮詰る時もあります

アレクサは私と反抗期に入った子どもの間に入ってくれる、助っ人。

子どもはアレクサに英単語の意味やスペルを教えてもらったりしています。

思いもしなかったですが、アレクサは緩衝材となってくれています

反抗期や思春期に入ったお子さんがいるご家庭に、アレクサ、結構良い仕事してくれますよ

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親が去ること。

2022-03-19 21:31:25 | 日々のこと

こんばんは

この一週間で葬儀も終わり、やっと落ち着いて来ました。

姉の義父だったので、私は傍観者だったんですけどね

認知症のお義母さんのアテンドくらいで、姉夫婦のサポートに回っていました。歩行介助したり、車椅子押したり。

正直、父の時は悲しみが深くて、お骨も見れないくらいだったんですが、

今回は「いや〜、お義父さんのお骨、太くてしっかりしてるな」くらいな感じで。悲しくてもひとの親だから、やっぱり違うよね・・・と思いました

と思うと、私たちの両親が亡くなった時は、義兄や元夫も、こんな感覚だったんだろうな〜と。姉も言ってました。

そう考えると、私の母が亡くなった時、あまりにひどいことを言う元夫の心境が分からなかったんですが、今思うとまあ、彼にはひと事で、むしろ「うるさい母ちゃん(彼は私の母のことをこう呼んでいた)がやっと死んだ」くらいに思ってたんだろうな、と。

あまりにひどいことを言うので、私は「あなたも母親が死んだ時に、私の気持ちが分かるだろう」と言い返したことを思い出しました

さて、あれから7年。彼の親が生きているか死んでいるか、娘が手紙を書こうと、留守電にメッセージを残そうと、一切音沙汰ないので全く知りません。

なんかいろいろ思い出しちゃったんですが

今回、家族みんなに手を握られ、声をかけられ旅立った姉の義父は、幸せだったなあ、とつくづく思います。

コロナ禍で、病院に入ったらそうそう面会できなかったこのご時世に、自宅で看取れたのは、ちょうど定期通院で診察してくれたドクターの判断、すぐに動いてくれた病院側、ケアマネジャーさんのおかげです。

亡くなる3日前に自宅に往診に来てくださって、そのためにいろいろなことがスムースに運んだ。

(自宅往診していない方が自宅で亡くなると、警察が入ることになります。そうするとご遺体もしばらくかえってこない可能性があります)

訪問看護・介護も、ドクターの指示によって、ケアマネジャーがケアプランを立案し、それに基づいて看護や介護のケアが実施されます。

義父はこんなに早く、とは思いましたが、適切なケアを受けさせてもらった旅立ちでした。

それにしても、やはり親を看取った経験がある、なしでは違うなと思いました。

両親を見ていたので、様子を見ていると遠くないな・・・と思っていたのが姉と私。

でも義兄は「今週越したら仕事が片付く」、そのお兄さん(ややこしいですね)「今年は越せないな」と言っていたそうで、それは無理だろう・・・と。誰しも、親がいなくなるとは思いたくないものでしょうし。私もそうでしたが。

順番からいったら、親がこの世を去るのは当たり前のことなんですが、本当につらいものです。

父が亡くなってから2年が過ぎました。

やっと先日、父の衣類を整理し、綺麗なものは寄付しました。

まだ父の読んでいた文藝春秋は捨てられません。

葬儀で会った弟が「夢でお母さんがリッちゃんのことを怒っていて、『人のことをそんなふうに言うのやめなよ』って俺が怒ったら寝言がデカかったみたいで妻と子どもが起きた」って言ってました

「なんでお母さんが怒るの・・・」と思っていたら、先日の大きな地震の際に、和室に置いてあった母の遺影と分骨した小さな骨壺が落下していたのを発見したんですよね。そのせいかな?と思い当たりましたが、お母さん、何怒ってるんだろう・・・

私の夢に出てくる両親は、喋りません。いつも黙っています。

なんででしょうね?

母の声、父の声、今は鮮明に憶えていますが、いつか忘れてしまう時が来るんでしょうか?

 

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