続きます。
私の陣痛は2日目になって1分間隔が丸一日続きました
もう本当につらく、夫に腰をさすってもらっても要領を得ず、飲み物を飲ませるとか気も利かない。はっきり言って役に立たない。むしろ邪魔。
いつもケアしてもらうことが当たり前な人は、出産に付き添うなんて、どだい無理な話だったのです。
俄然役に立ってくれたのは、母。
痛みが和らぐようにマッサージをしてくれたり、温めてくれたり、口に入りやすいゼリーなどを買ってきてくれたり。
なぜかまた義両親が来ていましたが飲み物一本持ってこず、ただ見て帰って行きました。(何のために来ていたんだろう・・・)
「やっぱりお母さんじゃないとダメだ」
そう思いました。つらい朝昼が終わり、夜になり、誰かひとり、付き添うことになりました。
私は迷わず「お母さん、お願いします」と頼みました。夫はさっさと帰宅して行きました。
夜11時くらいになり母も疲れ果ててしまった様子で、それを見た助産師さんが、「そろそろ分娩室に移って、お母さんはここで寝てください」と言ってくれました。
日中買い物に走ったり、腰をさすり続けてくれたので、母もベッドでバタンキューという感じ。
それから長い夜が明ける頃、やっと産まれる、と母が夫に連絡してくれました。でも、夫は1時間もたってからやっと生まれる直前になってやってきました。
うちから歩いて10分もかからない病院なのに、夫はシャワーを浴びて髪を整えてやってきたそうです
丸2日苦しんで、眠れなくて、食事もろくにとれない状態でやっと出産が終わり、部屋に帰った私。
でも、そこに夫が付いてきたのです。ずっと椅子にただ座っている。
「お前の母ちゃんが電話するのが遅いから、急いで来て病院の入り口で滑って転んで胸を打った」と言うのです。
どうも雨が降ったらしく、そこで滑ってしまったらしいのですが、ずっと肋骨あたりが痛い、と私に訴えるんです。
こっちはやっと出産が済んで眠ろうとしているのに、そばでうーんうーんと唸っている。なら病院に行ったら?と言うと「行きたくない、いい」と言う。うちに帰って湿布でも貼ったら?と言うと「お前の母ちゃんについててやれって言われた」と言う。だったらナースさんに言って湿布をもらって、と言ったら出て行って「ここでは湿布は出せないって言われた」とのこと。
そりゃそうですよね、ここ、産婦人科で整形外科じゃないし、あなたは患者じゃないし。
でもそこにずっといられても私も眠る事もできない
そもそも、なんで私があなたの心配をしなきゃいけないんだ?
夫は自分一人で病院に行かない人です。身重の私に付き添わせて食中毒で受診した時も、「奥さん妊娠してるのにこんなところに連れて来ちゃダメだよ!」と医師に怒られた人です。
もうだめだこりゃ、と思って私は苦肉の策、ナースさんに「頭痛がするから冷やすものを貸してください」とお願いして、それで夫にアイシングをさせました。
それで終わりではありません。
その後、夕方になり夫が「一旦帰って、出生届を書いてもらうから持ってくる」と言うのです。
は?産んだばっかですよ。しかも休めてないですよ?私。
自分で書けばいいじゃん、とお思いのみなさま。
夫は字が書けないんです。というか、字が汚すぎて、全ての書類は全部私に書かせるんです。
夫が帰ってやっと休める、と思ったのに。
恨めしく思いました。
一旦ホテルに帰った母が、戻ってきてくれていつも家族で行っていたお寿司屋さんからトロの握りを持ってきてくれました。
でも、私は妊娠高血圧で、出産時も光が目に入らないようにサングラスをかけ、産んだ後もカーテンを閉めた部屋で血圧が上がらないよう、病院食以外のものを食べないように言われていました。
私は食べられないよ、と言っても、母は「良いの、いいの」と言って冷蔵庫に置いていきました。
夫が戻ってきたら持たせよう、と思ったのですが、その夜夫が9時ごろ戻ってきて、医院のインターホンを鳴らしたのですが、開けてもらえなかったそうで、電話がかかってきました。
そして、その電話は2時まで続いたのです・・・
内容は主に「父親になっての感動」でした。それを延々と私に語る夫。
ハイになっていたんでしょうね、自分の子どもが生まれて。
でも本当につらかった
そして食べられなかったお寿司は、結局無駄になってしまいました。
お母さん、本当にごめんなさい。あのお寿司を食べなかったことは、ずっと後悔しています。
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